第48話 冒険者は忠実なる獣人と衝突する
遠くで爆発音が聞こえた。
清らかな水流に交じって聞こえたその音は,この場所には似つかわしくない地響きだった。
水が一定の速さで流れ、すぐ近くには岩場が広がり、下には細かい砂利が敷き詰められており、歩くたびに小石同士に小さくこすれる音が聞こえる。
ここは魔境の森の中でも水源が広がる川。そこに3人の男たちがいた。そのうち二人は、この川辺を戦いの場として駆け巡っていた。
二人の持つ武器が互いに打ち付けられ、甲高い音が鳴る。
一人は、両手剣を片手で軽々しく持っているオオカミの耳と尻尾を持つ獣人族のジンガ。
もう一人は、大の大人でも持つのに一苦労しそうな巨大な戦斧をこちらも軽々しく持っている大男の冒険者ヴォルグ。
最後の一人は、二人から少し離れたところにある大きな岩に腰掛けながら観戦している犬耳に尻尾の獣人族のレイン。
ジンガとヴォルグとの戦闘が始まって、かれこれ十分ほどの時間が経過していた。その間彼らは、お互いの武器を手に小細工なしのぶつけ合いを繰り広げていた。
意外にも人間よりも身体能力の勝る獣人族相手にヴォルグは、相手の力量に押し負けることなく戦いは拮抗していた。
「師匠。苦戦しているようですし、そろそろボクも加勢に出ていいですか?」
なかなか勝負が決まらない状況を見て心配したレインがそう問いかけていた。
紫音同様、レインも二年前ほどからジンガに戦い方の指導を受けており、それからジンガのことをそう呼ぶようにしている。
その師匠であるジンガは、助けなどいらないと言わんばかりにフンと鼻を鳴らす。
「手出し無用だ! こいつはオレのエモノだ。オマエは師の戦いをその目に焼き付けておけ」
「し、師匠……」
「……そして侵入者の撃退に力を注いだこのオレの勇姿をお嬢に伝えるのだ!」
「……え?」
つい先ほどまで師匠として立派な立ち振る舞いをしていたのに次の打算的な言葉にレインは呆れていた。
「オレはお嬢の右腕となる存在なはずなのにあの小僧が来てからというものあいつにばかりお嬢は構っているのだぞ! そのせいで最近オレの扱いが雑になってきている。……だからこそ、ここで成果を出して誰がお嬢の右腕にふさわしいかはっきりさせる必要があるんだ! お前が出てきたらオレだけの手柄にならないだろ!」
涙目になりながらここ最近の自分の立場に不満を漏らしていた。
(師匠はこういうところがなければいい師匠なんだけどな。だいたいフィリア様は、師匠のことそういう目で見ているとは思えないし、兄貴だって右腕の座を狙っているようには見えないんだけどな。……むしろ眼中にないと思う)
大きな思い違いをしている師匠の姿を見ながらレインは胸中でそう考えていた。
「こいつ……戦闘中だというのにふざけているのか!」
すっかり蚊帳の外にされている様子のヴォルグは、声を荒げながら斧を振り下ろした。
ギイイイイン。
しかしその攻撃もジンガの両手剣によって防がれる。その後、ジンガ相手に腕力で打ち勝とうとしたことで
「別にふざけているわけではないぞ。……だがそうだな。そろそろいいか」
意味深な発言を残しながらジンガは一瞬武器に込めていた力を緩め、後ろへ飛んだ。ヴォルグと少し距離を離したところでレインに視線を移す。
「先に言っておくが、オレは苦戦しているわけではないぞ。こいつの力量を測っていたんだよ」
傍から聞いていると、言い訳じみた内容なのだが、ジンガからしてみると本当にこれまでの戦いの中でヴォルグの力量を測っていたようだ。
「お前、人間にしてはなかなかやるようだな。おそらく、これまでここに侵入してきた奴らの中でも一番強い方だろう」
ジンガから称賛の言葉を投げかけられるもヴォルグは、心を乱すことなく、次の相手の出方を窺っていた。
「お前相手に剣はもういい」
そう宣言した後、ジンガは持っていた両手剣を地面に突き刺した。そして、両腕を前に出しながらまるでボクシングのファイティングポーズのような姿勢を取っていた。
「なんの真似だ……?」
「どっちかというとオレはこっちでやる方が好きなんでね。見せてやるよ、獣人族に脈々と受け継がれている徒手格闘術を」
剣を捨て、格闘術という己の肉体のみでの戦闘法へ切り替え始めた。シャドーボクシングのように交互に両拳を前に放ちながら自分の間合いを確かめていた。
「……いくぞ」
「……な!?」
その言葉を聞いたヴォルグは、ジンガの次の動きを警戒していた。しかし次の瞬間、まるで瞬間移動でもしたかのように一瞬で距離を詰められてしまった。
「くそ!」
咄嗟に後ろに飛んだヴォルグは、そのままジンガに狙いを定め横薙ぎに斧を振るった。
ジンガはその攻撃に対して冷静に対処した。身を低く屈み、斧がその上の空を薙ぎ払った。そのままジンガは、がら空きの鳩尾目掛けて拳に力を入れる。
「
「グハッ!?」
躱すこともできないままジンガの正拳突きが直撃した。それは硬い鎧に包まれたヴォルグでも悶絶するような痛みだった。
ヴォルグが装備しているこの鎧は獰猛な魔獣に噛まれても傷一つ作ることなく、痛みすらないというほどの耐久力と防御力を秘めていた。
しかしジンガのその拳は、その防御力すら無視したような威力を誇っており、鎧には拳大ほどの大きさのへこみが刻まれていた。
「まだだ!」
腹部から伝わる痛みを抑えながらもヴォルグは攻撃の手を緩めることはなかった。両手で斧を握りしめ、全体重を乗せた袈裟切りを入れる。
「……っ!」
ジンガは横に小さく飛ぶことでその攻撃を僅差で躱す。にやりとヴォルグを小馬鹿にしたような笑みを浮かべていたジンガはさらなる攻撃に打って出る。
「
後ろに体をひねり、そのまま遠心力を利用して上段に回し蹴りを入れる。ヴォルグの頭部に向かって右側からの蹴りが襲う。
「くっ!? お、重い……」
ジンガの蹴りに対して右腕で頭をガードする体勢を取る。しかし思った以上にその蹴りは重く、脚力だけでヴォルグの体は十メートルほど先まで蹴り飛ばされてしまった。
砂利の中を何回転も横に転がっていき、やがてうつ伏せの状態でようやく止まった。すぐにでも体勢を整えるために立ち上がろうとすると、蹴られた右腕がマヒしており、思うように動けずにいた。
先ほどの攻撃はそれほどの威力があり、少しでも気を抜けばガードを通り越して頭部にまで到達するほどだった。
斧を杖代わりとしてなんとか立ち上がることができたヴォルグは、息を切らしつつもジンガから目を離さずにいた。
「もう終わりでいいだろう。オマエはオレには勝てない」
「そう決めつけるのはまだ早いと思うが……」
ジンガの言葉にムッと顔をしかめながらヴォルグは、回復薬を取り出し、一気に飲み干した。
すると、息切れと右腕の痺れが次第に収まり、不自由なく動かせる程度には回復する。
万全の状態となったヴォルグは、再度ジンガに挑もうと固く斧を握りしめた。
「あきらめろ。オマエの攻撃はオレには届かないぞ」
「ほう、それはどういう意味かな?」
相手の動揺を狙っているのか、ジンガは唐突にそのようなことを言ってきた。
「オマエの武器は対人戦には向かねえからだよ。そいつは魔物相手……それもデカブツ相手にぶった切るためにあるようなもんだ」
ジンガの指摘は、あながち間違ってはいない。現にこれまでヴォルグがその斧の餌食となったものは魔物や魔獣ばかりであり、それも自分より何倍もある巨大な魔物相手と戦ってきた。
そもそも冒険者である彼らに人同士で戦うことはほとんどない。もちろん、依頼の中には盗賊団の討伐依頼などはあるが、冒険者同士の戦いはギルド内の規定により禁止されている。そのためヴォルグ自身、依頼以外での対人戦経験はほとんどなく、クライドとの模擬戦でしか経験がなかった。
「……そんなデケェ斧振り回しても当たらなきゃ意味ねえだろ。それに攻撃も毎回大振りだからな……軌道が簡単に読めちまうから躱すことくらい余裕だぜ」
「……だったらこれならどうだ」
すっかり舐めた口をきいているジンガに負けてたまるかという気持ちを強く抱き、ヴォルグは前に走り出す。
「《アクセル・ターン》!」
ジンガの間合いから少し離れたところまで前進すると、そう唱え始める。ヴォルグの体はまるで羽が生えたように軽くなり、動きが俊敏になっていた。
大きな体に加えて巨大な戦斧を持っているというのに敏捷力が上がったヴォルグは、フェイントをかけながら一気にジンガの後ろへと回り込む。
「ハアアアアアアァァァッ! グラン・ディバイダ―!」
天まで掲げた戦斧を力の限り振り下ろす。その速度はジンガを真っ二つにするほどの勢いがあり、それに気づいたジンガの額から汗が流れていた。
「くっ! オオオオオォォォッ!
血迷ったのか、ジンガはヴォルグの強力な一撃を避ける様子もなく、空手割りのように地面に向けて拳を打ち放った。
「……っ!?」
次の瞬間、ジンガの拳によって衝撃波が起きる。それは周囲にまで被害を及ぼした。
地面には砂利が敷き詰められていたためその砂利が四方八方へ飛び散った。ヴォルグにもその衝撃波が伝わり、何十個もの小さな砂利がヴォルグに当たる。
「……くそ!」
さらに不運なことに砂利だけでなく、衝撃波によって生じた砂煙が目に入ってしまい、見当違いのところに攻撃が行ってしまった。
すぐさま体勢を整えようとしたところですぐ近くに殺気を感じた。
まだおぼつかない視界のままさっきの方へ視線を移すと、ヴォルグの懐に入り込んだジンガの姿が見えた。
(ま、まずい……!?)
「
ヴォルグの鳩尾に向かって二度目の拳が放たれた。
「……ガハッ!?」
最初の迅狼拳とは比べ物にならないほどの渾身の一撃がヴォルグを襲う。あまりの威力に一瞬気を失いそうになる。
「フン!」
そこからさらに力を入れたその拳はヴォルグの巨体を吹き飛ばすほどの攻撃となり、後方にあった大きな岩に激突した。
そのまま岩を背に倒れこんだヴォルグは、まるで糸が切れたようにだらりと腕を垂らし、ピクリとも動かなかった。
「これで、終わりだ……」
呟くように言ったその言葉が同時に戦いの終わりを告げた。
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