第46話 冒険者は血塗られた戦場で戦う

 反撃宣言を告げたローゼリッテは、ビンに入っている血を操り、さらに複数の血の球体を形成する。

 そしてまるで指揮者のように器用に指を動かすと、それに反応するかのようにその内二つの球体は移動を開始した。

 一つはリディアの斜め上方向に、もう一つは後方へと回り込むように動いている。


「《創成クリエイト》――投擲槍ジャベリン


 その一言で斜め上空に浮かんでいた球体が変化し始める。

 まるで生き物のように動くその球体はやがて数十本にもおよぶ投擲槍へと姿を変える。

 そのままその槍は、リディアに向けて照準を合わせ、発射された。


「……っ! 《フレア・ウォール》!」


 突如、リディアの前に炎の壁が出現する。

 その壁は、術者であるリディアの倍以上の大きさを誇り、血で作られた槍に向かい打つ。


「……くっ!」


 ローゼリッテは、悔しそうに下唇を噛んだ。

 放たれた槍は、激しい音を次々と立てながら《フレア・ウォール》にぶつかる。何十本もの槍の衝突により、その壁のところどころに小さなひびを入れる。

 しかし、血で作られているせいか、衝突の途中で水が蒸発するような音を発しながら霧散していく。数で押しても威力が小さいため壁を破壊するほどの決定的な一撃にはならなかった。


(あ、危なかったわ。あと数本、血の槍が多かったら絶対に壊されていたわ。……でも今のってもしかして……)


 元は単なる血だというのにこれほどの威力。リディアは背筋に冷たいものが走る思いをする。

 今の攻撃を防がれたローゼリッテは少し考え込んでいた。


(やっぱり、シオンの言う通り数で押してもすぐに終わりそうにないわね。さっき起きたばかりだから食事を済ませてすぐにでも二度寝したいのにうまくいかないものね。……むう、あれ試してみようかしら)


 そう決めたローゼリッテは、次なる武器の作成に向けて準備する。今度は、さきほどとは違い、複数の球体が集約し、一回りも二回りも大きい球体に膨張する。


「《創成クリエイト》――」


 これまでのローゼリッテの血流操作によって繰り出される物は、武器類ばかりであり、小さく本数が多い物ばかりであった。

 これは、大きな物の作成にはそれだけの集中力とそれを操作するために神経を研ぎ澄ましていく必要があるため、そういったことが苦手だったローゼリッテの妥協策であったためである。


 しかし、「大きければ大きいほど強力な一撃になるはずだから当たれば一発で終われるぞ。そうしたらすぐに昼寝でも何でもできるのにな」という何気ない紫音の一言でローゼリッテの考えが変わった。


 極力動きたくなく、食事と寝ることにだけエネルギーを使いたい。そのため仕事である侵入者の討伐をすぐに終わらせたいのだが、今までのやり方ではそれは叶えられない場合がある。

 しかしローゼリッテは、この二年間で自分の能力をさらに向上させ、技のバリエーションを増やしていった。

 そして今見せるこれがそのうちの一つである。


「ハルバードッ!」


 完成したそれは今までのものとは大きさが圧倒的に違いものだった。自身より何十倍もの面積があり、形状としてはさきほどと同じ槍であるが、先端部分には斧刃が取り付けられている。

 そしてハルバードは斜め下へと角度を変え、リディアに向けて照準を合わせる。


「こ、これは……」


 突然、巨大な武器の登場にリディアは、ただただ恐怖していた。あれをまともに食らえば一溜まりもないことは分かり切ったことであった。


 リディアがこの状況に怖気ついている中、非情にもローゼリッテの反撃が続く。


「これで……終わり!」


 天高く腕を振り上げたその腕を勢いよく振り下げる。それまで制止していたハルバードがそれに続くように動き出す。


(防御魔法……じゃ防ぎきれない。こうなったら……)


 ゴゴゴッと風を切る音を立てるハルバードを前にリディアは最善の手を考えていた。今打てる攻撃、防御の魔法ではあれに太刀打ちできないと悟ったリディアは第3の選択肢に行動を移す。


「《フライ》!」


 詠唱後、地面を思いっきり蹴り上げ、ジャンプする。すると、まるで翼が生えたように地面に着地することなく、空へと舞い上がる。


 ズドオオンッ。

 地面を抉りながら激突するハルバード。そのすんでのところで空へと移動したためこの強力な一撃を回避することに成功した。


「ふう……ぎりぎりだったわ」


 額に冷や汗をかいたリディアはほっと安堵する。

《フライ》は自身に飛行能力を付与する魔法。しかし制御が非常に難しく、多量に魔力を削らなければ飛び続けることができないため上級者向けの魔法である。


(そろそろ地上に戻らないと魔力が……)


 リディアもこの魔法の会得のために幾度となく練習していき、制御には成功したが、魔力の消費が激しいため現段階では短時間しか飛ぶことができなかった。

 このままでは、魔力が尽きてしまう恐れがあるのでいったん森の中にでも隠れようと体を動かす。


「ふわあぁ……逃がさないわよ」


 後方からあくびをしながら眠たそうな声で呼び止める声がした。おそるおそる振り返るとそこには、蝙蝠のような黒い羽根を背中に生やし、リディアと同じように飛んでいるローゼリッテの姿が見えた。


(まずい! 空中戦に持ち込まれた)


 自由自在に何時間でも飛ぶことができるローゼリッテと短時間しか飛ぶことのできないリディアにとって空中での戦いにでは勝ち目がない。


「くそ! 《ヘル・インフェルノ》」


 杖をローゼリッテに向けて魔法を詠唱する。出現した赤黒い炎がローゼリッテに襲い掛かる。

 一瞬、自身の前に壁を作り防御しようとする動作を見せるが、すぐに取り消し、横に飛んで躱した。


(今の……最初みたいに防御すれば防げたはずなのにしなかった。やっぱり……)


 さきほどの不可解な行動に何かの確信を得たリディア。この絶望的な戦況に微かな希望を見出すことができたようだ。


「このままじゃ魔力がもたないわ。……やっぱり一度地上に降りなくちゃ」


 やはり飛行状態を制御しながら別の魔法を放つことが今のリディアには難しいため当初の予定通り森の中へと移動する。


「どうやら感づかれたようね……アタシの能力の弱点に。そろそろ終わらせないとアタシの方が危なくなるみたいだからとっておきのこれでトドメをさしてあげるわ」


 という宣言を発し、最後の攻撃に打って出た。ローゼリッテの周りに浮いている数個の球体は彼女の右腕を包み込む。地面に突き刺さっていたハルバードが元の血へと戻り、それもローゼリッテの細腕に集まってくる。


 ローゼリッテの腕を中心として形状がどんどんと変化していく。今までのものとは使用する血の量が明らかに多い。

 横目でその様子を見ていたリディアもこれはまずいと女の勘がそう言っていた。


「《創成クリエイト》――」


 ローゼリッテの能力によって完成されたそれは、これまでの血流操作によって作り出されたものとは全く異なっていた。

 それは武器のたぐいではなく、まるで生物をしたものだった。


 大男ですら飲み込みそうな大きな口に獣のような鋭利な歯。後ろに反り返っている2本の大きな角に獲物を狙う鋭い眼光を放つ2つの目。


「う、うそ……」


 その正体に気付いたリディアは思わず動きを止めた。なぜならそれは、リディアたちが探し求めていたものとよく似ていたからだった。


「ドラゴン・ヘッド」


 血塗られたドラゴンの首がローゼリッテの右腕から生えていた。そのドラゴンはとても作り物とは思えないほど精巧な作りをしていた。目がぎょろりと動いており、口も開閉を繰り返している。


 まるで本物のドラゴンがすぐそこにいるような錯覚に陥っている。


「やっぱり生物系の制御は他と比べて難しいわね。直接血に触れていないとすぐに原型が崩れそうだわ。……でもこれで」


 小さく笑みを浮かべたローゼリッテは、ドラゴンをその右腕に生やしたまま逃げ出そうとしているリディアの元まで一気に距離を詰める。


「ま、まずい!」


 作り物とはいえ、目当てのドラゴンに心を奪われてしまったため一瞬反応が遅れてしまった。

 ローゼリッテの飛行速度はリディアよりも速く、逃げ切ることはできない。そのため向かい打つしかもう手が残されていなかった。


「ドラゴン・バイト」


 右腕に生えていた血のドラゴンは蛇のように首の先を細長く形状を変化させながら飛行するローゼリッテよりも速く移動していた。

 リディアの近くまで行くと、大口を開け鋭い牙でリディアに噛み付く


「ああああああぁぁっ!」


 咄嗟に横に移動し、回避しようとするが、残念ながら間に合わず直撃した。ドラゴンはそのまま地面へと落ちていき、リディアを地面に押し付けるようにしながら激突する。


「がはっ!?」


 地面へと押し付けられたリディアは、あまりの衝撃にしばらくの間呼吸するのもままならなかった。

 なんとか息を整えるリディアだが、次に全身に痛みが走った。


「ようやく終わりのようね。……あら? とっても美味しそうな匂いがするわね」


 その言葉を聞いたリディアは嫌な予感がした。頭からたらりと流れる感覚がしたため触れてみると、案の定、頭から血を流していることに今になって気づいた。おそらくさきほどの衝撃の際に怪我をしたのだろうか吸血鬼の前で血を流してしまった。


 戦いの初めに発動させた身体強化魔法のおかげでこれだけで済んだが、もしも発動していなかったらあのドラゴンの牙を防ぐことができず、今頃あの世行きの可能性もあった。


「ま、まだ……よ」


 こんな状況になっても心が折れることなく、痛みの走る体に鞭を打ち、なんとか立ち上がってみせる。


(この血流操作と呼ばれている能力は私の考えが正しければ弱点は火。元が血という液体だから火で蒸発させてしまえば消えてなくなるはずよ。そうすればまだ私に勝機があるわ)


 呼吸が乱れ、体がふらついているが、リディアの目はまだ死んでいない。むしろここから勝つ気でいた。


(でもこのままじゃダメだわ。少しでも時間を稼いで体力を回復しないと。……そういえばこの娘、どこかで見たことがあったと思ったらもしかして……)


 ローゼリッテに出会ったときから見に覚えがあったが思い出せずにいた。しかし、戦いの中で彼女を見ている内にようやく思い出すことに成功した。


「ねえ、あなた」


「……なにかしら?」


「……昔、蛇牢団っていうパーティに入っていなかった?」


 リディアの問いかけにローゼリッテは不機嫌そうに顔をしかめた。


「ああ。あの品の欠片もない前のご主人様たちのことね。……それでそのパーティがどうしたの?」


「やっぱりあのときに見た女の子はあなただったのね」


 二年前にリディアが見かけていた女の子の正体が今になって判明した。それとともにずっと気になっていたことをローゼリッテに尋ねる。


「二年前にそのパーティが行方不明になったんだけど同じパーティにいたあなたならなにか知っているわよね」


 それはクライドたち金翼の旅団はもちろんのこと、冒険者であるのならば誰もが知りたかったことである。

 冒険者として名を馳せ、実力のあるベテランパーティが突然消息をたったため当時はその話題がどこからも出ていた。

 その真実を知るためにも当事者であろうローゼリッテに時間稼ぎも含めて話を聞いてみることにする。


「ああ、そのことね……」


 まるでそのことについて興味がないかのように大きく口を開き、あくびをしながら誰にも語られなかった真実を口にする。


「あいつらなら無残に死んでいったそうよ。あなたたちが探しているドラゴンの手によって為す術もなくね……」


 あまりにも衝撃的な事実にリディアは何も言えず、ただ立ち尽くすだけだった。

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