第22話 フィリアの夢
日が沈み、月が夜空を照らしている中、紫音たちは昼間ジンガと喧嘩を行っていた広場で焚き火を囲みながら歓迎会を始めていた。
魔物や魔獣の肉はもちろんのこと、魔境の森に自生している見たことのない果物や冒険者たちから奪取した保存食や飲み物を広げ、飲み食いをしていた。
この世界の果物は紫音のいた世界の果物と形は少々異なるが、味に関してほぼ一緒であり、むしろこの世界のほうが美味しいと感じた。保存食に関しては干した肉のようなものに噛み切れないほど固いパンがほとんどであり、食べることはできるがあまり美味しいものではなかった。せめて調味料かなにか味を変えるものがあればと、紫音は切実にそう願う。
他の者たちは満足していない表情を見せずに飲み食いしており、ライムに関しては味が分からないのだろうか、ただ食料を体の中に取り込み、消化するという作業感覚で摂取していた。
そんな歓迎会の中、話のネタは魔境の森であったことやジンガたちのことについてだ。
このことでわかったことだが、ジンガはどうやら獣人族たちが暮らす国で傭兵の仕事をしていたが、唐突に一人旅をしたいと思いつき、国を出てからというものの業物の剣を片手に放浪の旅をしていたそうだ。旅の途中、魔物を狩ったり、とある闘技場に参加したりしながらお金を稼いでいた。そんな旅の途中、恐ろしく強い魔物の群れが潜む森があるとのことで腕試しと、金欲しさのために入った森というのがこの魔境の森であり、そこでフィリアと出会ったとのことだ。
ディアナの方は、森妖精として森を守護する役割を果たす生活を送っていた。
しかし、人間たちによる開拓のせいで森が切り倒されたり、嵐や水害などの自然災害のせいで森がなくなったりすることが長い人生の中で度々あった。そういうときは次の森へ、次の森へと転々と場所を変え、最終的に辿り着いたのがこの魔境の森だった。
「そういえば、紫音。あなた異世界から来たようじゃな。」
紫音に絡むようにディアナはそう訊いてきた。どうやら用意した飲み物の中にお酒もあったらしく、それを飲んだディアナがほんのりと頬を朱に染め、酔っ払っていた。
「そうだけど、信じるのか?」
「ああ、もちろんじゃ。異世界人なんて珍しい生き物、出会うのも初めてじゃからのう。儂の探究心を満たしてほしいと私の心が欲しているのじゃ」
「別にいいけど……信じられないようなことばかりだぞ」
最初にそう念押しをしながら紫音のいた世界について話し始めた。
元の世界の科学技術や料理、魔法とは無縁の生活を送っていたことなど、ディアナとフィリアは興味津々な様子で紫音の話に耳を傾け、ジンガはというと馬鹿げた話だと鼻を鳴らしながら聞いていた。
「ふむ、なるほどな。空など飛行魔法があればすぐに飛ぶことが可能だが、魔法を持ち合わせていない人間の場合は金属でできた鳥のようなもので飛ぶのか。それはなんとも興味深い話じゃのう」
一通り話し終えたところでディアナは満足そうな顔を見せる。紫音の突拍子もない話に退屈するかと思いきや案外気に入ってくれたようでほっと安堵を漏らした。
「おい、小僧っ! そんな話はどうでもいいが、これだけは言っておくぞ! お嬢に手を出したら承知せんからな!」
紫音の話にまるで興味のないジンガは酔っ払った様子で紫音の方に腕を回しながらそんなことを言った。
「手ぇ出すわけないだろ! 何度も言わせるな、相手は子どもだぞ!」
「あなたね、まだそんなこと言っているの!? 何度も言うけど私は紫音よりずっと年上なんだからね」
紫音に子供扱いされたフィリアはそのまま黙っていることができず、たまらず反論した。
「でも、子どもみたいな体型だからな……少なくとも年上には見えないぞ」
「っ!? いいことっ! 私達、竜人族は亜人種の中でも長寿の一族だから成長速度はあなたたち人間よりも遅いのよ! 私たちは少なくとも千年は生きる種族だけど少女の姿でいるのは300歳まででそれから成人を迎えると大人の体に成長するのよ」
「……でも結局、竜人族の間でもお前は子どもとして扱われているんだろ」
「なっ!? そ、そうだけど……うぅ、見てなさい。今の私も290歳くらいだから後10年もすれば大人の体へと成長わ。そのときになったら絶対に土下座させてみせるわ!」
なぜそこで土下座という話になるのか、紫音は理解できなかったが、ここで反論しても話がこじれるだけだと思い、この話に関して黙っていることにした。
しばらく文句を言いながら騒いでいたフィリアの意識を反らす意味で紫音は別の話題を振ることにした。
「そういえばフィリアにも故郷があるって言っていたけど、どうして出ていったんだ?」
「ん? 唐突な質問ね」
「お前のことについてまだ知らないことが多いから、ちょうどいい機会だと思ってね」
「そうね……いいわよ。そのついでに私の夢についても教えてあげるわ」
「……夢?」
紫音の振った話題とはまったく別のことについても話してくれるとのことで紫音はフィリアの話に意識を集中させる。
「私はね、代々竜人族の国を治める王様の娘なのよ」
「お前の父親、王様なのか……」
以前フィリアの口から自分はお姫様だということを言っていたが、そんなものフィリアが勝手に言っているただの妄言だと思っていた。
そのときは聞き流してしまっていたがどうやら本当のことだったようだ。
「竜人族は他国との交流を一切断ち切っている鎖国国家だったわ。翼があるのに国を出るためには厳しい審査を通らなければ出ることもできないまるで巨大な鳥籠のような国よ」
「そんな国があるのか……」
「そうじゃのう。儂が知る中でそうなってしまった原因は300年ほど前に起きた戦争のせいらしいぞ」
「あの亜人種と人間との戦争のときにか?」
フィリアの話に付け足すかのように話に入ってくるディアナ。しかし今の話で紫音に新たな疑問が増える。
「そうじゃ。先の戦争で竜人族は戦うことのできるものが数多く参加しておってな。終戦後に生き残ったものは限りなく少なかったそうじゃ」
「そのせいで、竜人族の人口は一気に減少していき、滅亡の危機にまで一時期陥ってしまったわ」
「そんなことがあったのか」
「今では子孫を残しながら人口のほうは回復の道を辿っていったけど、今後そのようなことがないようにするためにも極力他国とは関わりを持たずにひっそりと自国で暮らすようになったのよ」
「なんだか、俺の知っているドラゴンとは違うな。もっと戦いに飢えていると思っていたよ」
あまりにも紫音の抱いていたドラゴンのイメージとはかけ離れていたため驚きを隠せないでいるが、そのようなことがあっては仕方がないと自分に納得させた。
「そうなのよ! もっと私たちの力を知らしめる必要があるのよ! そんな保守的な日々を暮らすのではなく、もっと外の世界に出るべきなのよ!」
紫音の言葉に共感を覚えたフィリアは興奮するように宣言した。
「それで国を出たのか?」
「……うっ!? ……まあ本当は、お勉強や王族としてのマナーを学ぶ毎日に嫌気が差してね……なんというか家出感覚で国を出たのよ」
なんともバツが悪そうにしながらそっぽを向いていた。
「お前単純に勉強がイヤで出ていったのかよ」
「ま、まあ! それもあるけど……力を知らしめたいっていうのは本当よ。あんな閉鎖的な空間にいたらそんなこともできないじゃない!」
「まあ、そうかもな……」
あまりのフィリアの圧に紫音は思わず賛同してしまった。
「それで結局、お前の夢の話はどこに行ったんだよ?」
「まだ途中よ。私が祖国を飛び立ってしばらく旅をしていたときにあることがあってね……それからよ。ようやく私に夢ができたのよ」
あることについてフィリアに問いただしてみようとする紫音の言葉を待たずにフィリアは話を続けた。
「私の夢は人間に迫害を受けている亜人種たちを集め、いつか多種多様な種族たちが住む国を建国することよ!」
とてもではないが、実現が難しそうな夢を恥ずかしげもなく言ったフィリアに紫音は呆れながらなぜか笑みがこぼれた。
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