第45話 そして彼らも、鷺ノ宮事件へ至る

 ちょうど一年、イヅナは一足先に狩人認定証ライセンスを手にして、育成施設を出て行った。

 だから、そこから半年後のことだ。

 日本に存在する錠戒じょうかいを潰したベルは、野雨のざめに戻って芹沢企業開発課に顔を見せた。

 認定試験は明日だが、特に身構えることはない。何故なら、認定証を所持せずとも、ベルは狩人ハンターだからだ。

 中に入って逢うのは、二村にむら双海ふたみだ。鈴ノ宮すずのみや経由で知り合い、レインを受け取ったのもここ。馴染みとは言えないが、腕は確かだ。

「で、面倒な用件か?」

 腕を組まれて言われたので、ベルは吐息を落とす。

「たとえば?」

「……レインの返品とか?」

「確かにそいつは面倒な用件だ。それと、妙に野雨がざわついてる」

「へえ? そりゃ――ん?」

 そこで、外套コートを着た男に連れられて行き、がらくたの多いスペースでベルはしばらく待つ。

 エグゼ・エミリオンだ。

 戻ってきてから挨拶を交わし、煙草に火を点ければ。

「――気が重いぜ。エルムも戻っているのか?」

「そのうちに来る。どうせ俺には手出しができない」

 ちらりと見れば、ベルの持ってきた車の設計図とにらめっこしている双海と、この男はたぶん、年齢が近い。

 それと、もう一人。

「見上げる必要がなくなったのは、俺の背丈が少し伸びたからか……あんたがアクアか、あまり話は聞いていないが」

「あら」

「ウェルは、なにかと口を開けば、ガーネが知っていると胸を張ってた。お前が覚えておけと殴っておくのも、二回目からは面倒だな……」

「そうか、ウェルの荷物はお前が受け取ったのか」

「まあな。俺にも手に余る代物だ――が、親和性は高い。だが、どうであれ俺は駒だ。特別な何かになったとは思えない」

「自覚があるのか」

「見極めは重要だ。特に、今日みたいにざわついてる時にはな」

「世界にも魔力波動シグナルはある。その事実は、すぐに世界が紅く染まって気付くだろう」

「世界、ね。知らずに済ますつもりはないが、俺みたいな凡人はできることもねえよ。エルムやブルーに任せる」

「……なるほど、な」

 小さく、エミリオンは笑った。

「当時の俺よりも、きっとお前の方が賢いんだろう。魔法師なんかに劣等感を抱く必要はない」

「――いや、違うな。俺だって蜘蛛やスノウが傍にいれば、その違いに目を反らしたくもなる。だが俺の傍にいる連中は、節穴の間抜けばかりだったからな。よっぽどアブの方が面倒だ」

「アブ?」

「お前が拾った野郎だ」

「……、……ああ、あの時のガキか。お前とは同期で、まだ生きているのか?」

「おう」

「そうか。刃物が必要なら顔を見せろと言っておけ、そのくらいの縁はある」

「伝えてはおく」

「得物は?」

「あいつは両刃のロングソードだ。といっても、細身で二振り、1000ミリ前後」

「だったら動きを見てからだな、ガーネに任せるか。変更だ、来いと言え」

「わかった、わかった。いずれにしても、これから起きるだろう問題が落ち着いてからな」

「知っているのか?」

「どうなるかは知らない。ただ、俺は鈴ノ宮とそれなりに仲良くしていてな、内情を知っている。だったらそこから、鷺ノ宮さぎのみやとの繋がりも知れるし――乗っ取ろうと動いていることも気付ける。何故と、疑問を抱くのは自然な流れで、あとはエルムから」

「そうか」

 そうかと、もう一度呟いて。

「……アイツのことは、やっぱり知ることはないんだな」

 そんな言葉を、足元に落とした。

「なんだ公人きみひと、それが残念だと思ってんのか?」

「まさか。どうであれ、あいつはそういうヤツだ。俺やお前が知っている、それでいいんだろう。それとも、双海は感謝でもしてるのか?」

「それこそ冗談だろ」

「名前のない女のことは、スノウから聞いたが、存在そのものは掴んでいない」

「それでいい。仮に掴めたのなら、それは、案内板を見つけた証拠でもある。エルムや、それこそ蓮華れんかの領分だろう」

「駒として、そっちに行くつもりはないな」

「駒、か」

「あんたは違ったのか?」

「さあな。少なくとも、動き回って仕事をするようなことはない。俺はただ、刃物を創っていただけだ」

「そうかい。ただ――駒としてでも、知らないで済まそうとは思っちゃいねえ。野雨が騒がしいなら、それなりに動く」

「そうしておけ。俺も、見届ける必要がある」

「何かあったら連絡しろ、護衛って名目くらいはできそうだ」

「――だとして」

 ふいに、思いついたかのよう、エミリオンが問う。

「お前はその先に、何を求める」

「わからん。早めに継承者を作っておいて、暇を潰しながら――その継承者が俺と越える機会まで、だましだまし生きるくらいなもんだ」

「そうか」

 ベルは無茶をしている。

 片腕、片目、それだけじゃない。普通の人間が魔術回路を譲渡されたり、魔術品を移植されたり――そんなの、

 隠してはいるが、一日に一度は必ず、ベルは激痛で呼吸が止まることがある。まだ生きているんだから充分だと思ってはいるが、当たり前の人間が耐えられる代物ではない。

 それが、ベルの人生だ。

「簡単に死ぬなよ、ベル。最後の花火を、今か今かと待つくらいが丁度良い」

「俺はともかく、お前も無茶は控えるんだな」

「お前に頼まれた仕事は、早くしなくても良さそうだ」

「言ってろ」

 その翌日、ベルたちは認定試験を受ける。三日間続いたその、三日目の日付が変わる頃。

 鷺ノ宮事件は起きる。

 ただしその内容はまだ、少し先だ。



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