第13話 実行処理と創造理念
そもそも、彼女は携帯端末を持たない。
「手軽に連絡できるって利点はあれど、それは損と比較した際に少しばかり上回っている、ただそれだけの話なんだけどね。
気楽でいいだろう、なんて言うが、軽すぎて地に足がつかなくなるだろうと、そのくらいのことは
ただ、他人の生き方に口を挟むほど、公人は大それた人間ではない。
「縁が合ったのなら、あとは必要な時に然るべき出逢いになるさ」
そうじゃないなら、こうして待っていれば良いと、午前中に用事を済ませて帰宅したら、どういうわけか待ち構えていた。
「やあ」
「おかえり公人」
「……ただいま」
ただいま、なんて台詞、およそ人生で使ったことはなかったが、もう随分と慣れた。いや、青葉に慣れさせられたのか。
「へえ? ぼくがそうであるように、君が帰りの挨拶をするだなんて、ちょっと意外だな」
「相手がいれば、やるさ」
「良いことだよエミリオン、忘れない方が良い。そして気にするべきは、帰るのが場所か、相手か」
「俺の口から出た台詞が誰に向かうか、わかった上でか?」
「その自覚が青葉にあればね」
「んー、聞こえてるわー」
聞こえてない時の台詞だったが、公人は鞄を置いてネクタイを緩めた。
「で?」
「ああ、以前に約束していたことだよ。そうだね、じゃあ午後からにしようか? アポイントがあるわけじゃなし」
「予約なしか」
「なんとかするよ」
「場所はどこだ?」
「ぼくとしては、多少のサプライズを含めたいんだけどね」
「ああそう。じゃ、こいつの解析をしといてくれ。昼飯は食うか?」
「あるなら貰おうか」
ひょいと投げ渡されたのは、黒色の金属だ。彼女の手にはやや大きく、そして重い。
「準備するから待ってろ」
「頼んだよ」
なるほどねと呟いた彼女は、金属を手の中で遊びながら、ディスプレイに目を向ける。
「……うん、そうだね。レイン、悪いけれど
『いるわ』
「おや、それは丁度良い。青葉の作業監視かな」
『そうでもないけれど……』
「さっきから見ていると、どうも
『ジニーをベースにしているから、どうしてもこうなるのよ。問題視はしているわ。特に、残ってしまう依頼が目立つから』
「うん、だろうね。だから助言だ、解決策の一つだと思って聞いてくれ。狩人は職業だ、そういう意識をまず棚上げすべきだね」
『職業ではない?』
「間違いじゃあないんだけどね。たとえば農家において、家の目の前に畑があったとしよう。昼食には戻るし、夜だって家に戻るけれど、朝になれば自然と足が畑に向くわけだ。さて、この一連の流れを一年も続けたとして、彼らにとって農業は職業かい?」
『職業よ。でも……仕事というより、生活になるわね』
「その通り。法律がどの程度動かせるかは知らないけれど、犯罪者に対して警察ってのは、後手に回る。たとえば通りかかった狩人が、強盗を発見して足を撃った、そして解決する。じゃあこれは仕事かい?」
『……今の状況では、依頼を受けていない以上、仕事にはならないわ』
「じゃあそれを仕事にするためには?」
『未然に防いだ、という範囲は難しいけれど、行動に対する報酬……そうね、後追い依頼ってかたちで、解決済みの事件に対する依頼を、後から出す形式にすれば……』
「ジニーなら、金はいらんと言うかもしれないね。さて、つまりだ寝狐、そういう仕組みを作れば作るほど、狩人なんて職業は、ただの生活になる。生活とは、生き様のことだ」
ゆえに、だ。
「話を戻そう。狩人になろう、なりたい、そう願って試験を受ける人間は、あまりにも拙速だと思わないかい?」
『……』
それは生き様であり、生活なのに。
そうなりたい、と願うならば、まずはその生活を作ろうとしなくてはならないのに。
試験に合格したら、そんな生活ができる、なんてのは、夢でしかない。
軍人には、軍人のやり方があり、軍人としての生き様がある。狩人になろうと、そう思うならば、生き様を曲げなくてはならない――だったら。
「つまりね、ぼくがジニーを支持して君に逢わせたのは、その仕組みが、ええと、ハンターズシステムが、その程度の便利なものだからだよ。だってジニーはもう、狩人だ。認められていないし、もちろん自由度は低いけれど、ジニーをベースにするくらいにはね。けれど資格が欲しいから、試験を受ける。その方が便利だからだ」
『なりたいのではなく、欲しいのね?』
「うん、そっちの方が近いね。気まぐれにさ、暇だからちょっと試してみよう。必要ないけど、持っていた方が便利だ――理由なんてそのくらい。逆に言えば、そのくらいの理由じゃなきゃ狩人になれないってのが、理想だね。じゃないと錬度がどんどん落ちるよ」
『シミュレートを始める』
「どうぞ」
キーボードの横にサンドイッチを置き、もう一皿は彼女の手元へ。
「手抜きで悪いな」
「んー、ちゃんと聞いてるー」
どうやら聞いていないらしい。
「美味しいねエミリオン。ところで一つ質問なんだけど」
「ん?」
「臭いものに蓋をする、なんて言うけれど、現実にはどうだろうか」
「中の匂いがなけりゃ、何が起きてるのかなんてわからない――まあ、状況次第だろうが、そう考えてもおかしくはないだろ」
「ふうむ……エミリオンは、厳罰に対してはどういう見解を持ってる?」
「それも状況次第だろ? ただ、筋が通っていれば俺は賛成するだろうな」
「じゃあこうだ。一生、陽の目を見ることのない狩人専用の留置所を――考えてるはずだ」
『考えてるわ』
「うん、ありがとう。この場合の仕組みを、エミリオンならどう考える?」
「つまり、厳罰に対する俺の考察だな?」
「参考意見を聞いて、君の考えを知るのが、ぼくの目的だね」
「そうだな……厳罰化を前提にして」
どうしたものかと、サンドイッチを手に取って青葉の口元へ持って行けば、一口。
「……どうだ?」
「美味しい」
「置いてあるから食えよ」
「んー」
食いかけを自分の口に入れながら、ソファに座って。
「仕事の難易度によって、給料は区別した方がいいだろうな。いや、難易度よりも成果そのものにした方が良い。そうなると内職の方がいいかもな、成果がわかりやすいし、ほかのやつの成果を盗むことも難しくなる。となると金の使い道だが……」
「じゃあ、十万円と仮定しよう」
「まず、どれだけ稼いだとしても、半額分は〝家賃〟として接収する。その場で来月ぶんの食費を引くわけだが……最低一万、最高を三万くらいで、食事に色がつくってのはどうだ」
「たとえば、最低ラインだと、朝晩しか出ない?」
「内容も白米だけ、とかな。そのあたりは匙加減だ。残った金は娯楽品や調度品に使っても良いと、ある程度の自由度を与えてもいい」
「残った金額は次に回したいなら?」
「預り料金として三割減らす」
「なるほど? 上手くやれば増やすことはできるけれど、最大効率を目指すには頭を使わなきゃいけないし、だからって楽になるわけじゃない。なら罰則そのものは?」
「人体実験か餓死、それと見せしめ」
「有効利用ってわけだ――
『ジニーに送っておくわ』
「詳細はちゃんと詰めるんだよ」
「おい」
「いやなに、夜間外出禁止なんて状況を作ったら、少しは犯罪率の低下と共に、狩人って連中が同業者で殺し合いをしても、大丈夫かなと思っただけさ」
「俺に考えさせるなよ……」
「悪いね。ぼくはそれほど、大きな干渉ができないんだ。やろうとしていることの背中を押すことも、目印を作ってやることも、あるいはできる。けれど何かを作ろうってのは、影響が大きすぎてね」
「お前の生き方は、制限が多いな。――ま、そのぶんを俺らが動いてると思えば、水準は平均的か」
「――……」
「なんだその顔は。
「いや……その事実はぼくも気付いていたけれど痛いね! 生きている実感ができたよ!」
手が離せなかったが、青葉は左手を拳にして近くにいた彼女だけを殴って、ついでにサンドイッチを口へ。
「まったく……ああ、そうじゃなくてねエミリオン。君はぼくに使われている自覚があって、嫌悪しないのかい?」
「コンビニ店員がレジに立ってて、客に嫌悪するのか?」
「仕事じゃないか」
「それ以前に、人としての問題だろ。俺は嫌なことは嫌だと言う」
「言うくせに、なんだかんだやってくれるわよ」
「好意を見せると迷う女がそう言ってる」
青葉の返答はなかった。
「君たちは良い関係だね。誘導したぼくが言うのも何だけど」
「そういえば、どういうつもりだったんだ?」
「ん? ああ、さすがに青葉はこっちの常識を知らなかったからね。ほとぼりが冷めるまで、君が手を貸せば良いと、そのくらいの判断だよ。言ったろう? ぼくは深く関われないんだぜ、そこから先までの責任は取れないさ」
「拾って責任は俺のものだ。猫の世話くらいで、がたがた言うほどガキじゃない」
まだ中学生だが。
「で、そいつはどうだ」
「ああこれ、ちょっとまずいね」
ずっと手の中で触れていた金属に視線を落とし、彼女は苦笑する。
「一定の結果が出たから、ぼくに見せたんじゃないのかい?」
「ん? ああいや、
「それはねエミリオン、整合性ってやつが均衡を保ってきてるのさ。基本的な仕組みはできてるから、あとはその補強という段階にあるね」
「補強すると整合性が崩れるだろ」
「もちろんそうだ。けれど、一度保たれたものを知っていれば、上手くできるさ。ところでエミリオン、こいつは金属だ。いつ刃物にするんだい?」
「耐用年数って言葉が嫌いでな、それが消えた頃に一度、刃物の体裁を作る」
「じゃ、
「必要か」
「そりゃそうさ」
「じゃあ……エグゼエミリオン」
「
「らしいな、俺は雪芽から聞いた。まあ……だったら、一番目になるな」
「じゃあ次は?」
「次は魔術武装だ。術式を中に組み込んで、どこまでの精度が出るかを確かめる。三つ目はまだ考察してない」
「どんな術式かは、じゃあ考えているんだね」
「
「急ぐ必要はないぜ」
「法則を切断する刃物ってのを、お前がいなくなる前に見せられるなら、な」
「やれやれ、ぼくは要求した覚えもないけれど、まあ、そうだね、そのくらいの約束なら交わしておこうか。ただ、少し心配ではあるよ」
「あ?」
「いつか君がそれを完成した時、その先に何を見るのか。そして、完成されたそれを、一体誰が扱うのか――君が
「狩人ってやつが増えれば、そこそこいるだろ、そんなの」
「そういう考えが心配なんだ。君はきっと、ジニーでさえ扱えない代物を作りそうだし……ああでも、一番目はぼくが欲しいね」
「欲しい? お前が?」
「そうさ」
彼女は言う。
「受け取ったものは譲渡してしまうぼくが、必要な相手へ渡すのさ」
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