俺の入院日記 その12
次の日のことだ。
朝食の後、大河内美奈から声をかけられた。
今まで挨拶をしても、つんとして何も返さなかった彼女が、向こうから積極的に声をかけてきたのだ。
それも普通の接し方じゃない。
明らかに何だか彼に女性として興味がある。そんな風にしか思えない態度だったという。
確かに彼女は美人ではあるが、壮太にとっては好みのタイプだった訳ではない。
しかも、である。
消灯後に、彼の病室(当時はまだ隣のベッドが空いていた)にそっと忍び込んできたという。
流石に大人しい壮太もこれには辟易し、はっきり、
『折角だけど貴方はタイプじゃない。僕が好きなのは声優の横川めぐちゃんなんです』
と告げたという。
自分の容姿に並々ならぬ自信を持っていた美奈は、まさか自分がふられるとは思ってもいなかったんだろう。
憤然として部屋から出て行った。
それからというもの、彼に対する『いじめ』が始まったのだそうだ。
それも、直接彼女が何かしてくるというのではなく、第三者を介して、つまりは俺が目撃したような、ああいった光景が度々続くようになったという。
たまりかねて彼は看護師に何度か訴えてみたものの、まるで相手にしてくれない。
それどころか、主治医さえも、
『考えすぎでしょう』
と、素っ気なく言われるだけであった。
我慢の限界に来ていた彼は、
『任意入院』を盾に何度か退院させてくれとも訴えてみた。
しかし、どうしたものか、それすらも認めてくれない。
彼にとっての唯一の癒しは、看護師の遠山みつきさんの存在だった。
流石に幾ら何でも患者が看護師をいじめるわけにもいかない。
彼女だけが何かと味方にはなってくれているが・・・・。
『なるほど、な・・・・』
俺は内緒で隠しておいたシガレットケースを取り出し、中からつまみ出したシナモンスティックを咥えた。
『ごめんなさい。検温の時間です』
その日の夕方、四時前のことだ。
看護師が検温にやってきた。
今日の担当は偶然にも『遠山みつき』だ。
この狭い病棟の中で、唯一自分の味方だと、彼が自認しているあの女性だ。
壮太も彼女が部屋に入ってくると、嬉しさを満面に浮かべている。
俺もさりげない風を装って、彼女の行動を観察していた。
彼女は俺と壮太の体温チェックを終えると、いつものように普通に部屋を出ていった。
彼女が出て行ったのを確認して、俺は壮太のベッドに近づき、借りていたCD返すふりをしながら、ベッドの下を探った。
(やっぱり、な)
俺は心の中でそう呟くと、
『ああ、トイレに行ってくるわ』
壮太に断って、俺は彼女の後を追うように部屋を出る。
『ちょっと』
俺は廊下を歩いてゆく遠山看護師の後ろから声をかけた。
彼女は明らかにどきりとしたようだ。
『今、壮太のベッドの下に、何か仕掛けたろ?』
『な、何のことですか?』
俺はスウェットのポケットから、丸く平たい円盤のような形をしたものを取り出してみせた。
『盗聴器だろ?前にも仕掛けてあったよな?』
俺は前に外した、同じものを彼女に見せた。
『おかしいと思ったんだよ・・・・他人の病室に疑いもなく入れるのは、看護師か医者しかいないからな・・・・しかし医者は滅多に病室までは来ない。となると答えは一つしかない』
『こ、このことを先生に・・・・?』
『いや、言ってもしょうがないだろ?どうせあの医者だってぐるなんだから』
『乾さん、貴方は一体?』
『俺は探偵・・・・中村壮太の両親に依頼を受けた』
彼女の眼から大粒の涙が溢れた。
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