第五話『圧倒的強者……の筈なのだが』
投げ捨てられたランタン。
そして映し出される、異形の人影。
それは咆哮と共に、その姿を露わにした。
「ぐがああああっっ!!」
「オークの……成人」
成人男性の二倍ほどある体躯。
ランプの朱色に揺らぐ、ピンク色の肉体。
浮き上がる血管、隆々とした筋肉。
握られた棍棒。
豚をモチーフとした、生命力の高いタイプのオーク。
推定冒険者ランク、銀の魔物。
「皆さん逃げましょう!!幾ら鉄ランクの皆さんでも相手にすらなりません!!」
必死に呼び掛けるネフリス。
喉が枯れる程に声を大にして言った。が。
一歩として引こうとしない仲間たち。
「何やってるんですか!?オークの成人ですよ!?」
ここで、オークの更なる威嚇。
「がああああ!!」
ネフリス、恐怖のあまり腰を抜かす。
立ち上がろうとするも、状況の理解が出来ず、力が入らない。
ネフリスの脳内で、圧倒的士気の低下が起きている。
一番近かった仲間、シリアンにネフリスは更に説得をする。
「逃げた方がーーーー」
それを遮り、
「大丈夫です」
と笑顔で返す少女。
理解出来ない。
自分だけ逃げようと言う訳には行かない。
そんなネフリスを置いて、その凶撃はアサナト達へと向けられる。
轟音立てて振り下ろされる棍棒。
その先には、アサナト。
「あああああああ!!!」
ネフリスの絶叫が洞窟内にこだまする。
……だが。
「っがあっ!!」
その悲鳴は、いつしか人外の呻き声で埋め尽くされていた。
驚きで閉じていた目を開く。
そこには、両腕を吹き飛ばされていたオークが居た。
……アサナトの手によって。
ーーー間髪入れず。
シリアンが浮き始め、フッと、軽く息をオークに向かって吹いた。
普通なら、それが攻撃になる筈は無い。
……そう。普通なら。
『それ』は吹き荒れる冷風へと様変わりし、オークの全てを凍りつかせた。
全てだ。文字通り。
そして、予想外過ぎる事に言葉を失ったネフリスを置いて、すぐさま盾役のイェネオスが足を踏み出し、オークの真正面に詰め寄ったところで。
ーーー拳で粉砕した。
塵となって空気を舞い続けるオークだったものを傍観していたネフリス。
やっと口を動かし、さっき大声を出した所為で掠れたその声で、全力で驚愕した。
「ええええっ!!!」
♢
水で喉を潤して一休憩終え、そのまま洞窟を進んでいる時に、ネフリスは問う。
「なんでそんなに実力があるのに、鉄ランクなんですか!?」
「目立つからだ。私達はそんなに世間から脚光を浴びたいという訳じゃないのでな」
そう剣士のエセウナが説明。
……実力を隠したい冒険者もいると聞く。
ネフリスはあり得ない話でも無い、と口を噤み、洞窟の状況について注力する事にした。
未だに聞きたい事しか無いが、今はクエスト中なので。
「来るぞ……成人オーク三体」
先頭のアサナトがそう忠告。
ネフリスも足音で把握した。
「一体、ネフリスとシリアンで頼む」
……無茶な役だ。
……でも、士気が高い今なら、やれる気がする!
「分かりました」
「がああああ!!」
三体のオークの怒号と共に、その戦闘は始まった。
♢
戦闘の経過報告。
順調に順調を重ねた、絶好調だ。
灯りの問題は、魔導師のナミアさんの光魔法で補って貰っている。
僕も雑魚じゃ無い。
『防衛者』の一員なんだ。
「はあっ!!」
ネフリスは誇りを胸に。
その戦闘を、能力を使わずに乗り越えた。
♢
「ふうっ……」
少年、ネフリスは勝利の余韻に浸る。
銀ランク推奨の成人オークを、援護有りとは言え倒したのだ。
しかも、反撃を許さない完封勝利。
これは、武勇伝になる価値があるな。
そんな気分が上の空のネフリスの耳に、凶報が鳴り響く。
「……この量と質……確実にこの洞窟にはオークの上位種が居るわね」
「まじですか……」
一瞬で地に落とされた気分に陥るネフリス。
焦りを胸に、ネフリス歩みを進めた。
そして、さっきから少し進んだ後。
「オーク五体。しかも魔法を使える奴もいる」
満を持して、魔法の才を有したオーク登場。
「はあ……やっぱりですか」
溜息。
「まあまあ。何時も通りやればいける敵じゃねえか」
そんなネフリスをなだめるように、盾役のイェネオスがフォロー。
「そですね」
なんで軽く倒せる敵だと認識しているんだと思い、呆れの意味で軽く答えるネフリス。
「無駄話無しで、行くわよ」
そんな私語たっぷりの二人を、ナミアが少しばかり蔑んだ目で言う。
そして、答える余地も無しにアサナトが突撃。
そのまま、全員が戦闘へと参加した。
話してる暇があるなら体動かせ、と言われた気分だ。
♢
魔法が使えるオークを投入してきたという事は、そろそろ最深部が近いという訳だ。
ここを乗り切ったら、その次が……という可能性もある。
だから、能力を使わない様に、慎重に戦いを押し進める必要がある。
それを可能にするのが……魔法だ。
「ーーー燃焼爆裂!穿てファイヤボール!」
ネフリスの手から、魔法を使うオークに向けてファイヤボールが放たれる。
「……流水の壁。清廉なるウォータウォール」
だが、それは直ぐにオークの放った水の壁にて蒸発させられた。
(僕の放った魔法に瞬時に反応して対抗魔法を発動したのか!?……明らかに場数を踏んでる)
……魔法を使うオークは二人いる。
一人はネフリスの目の前にいる一番強そうなオーク。
もう一人はナミア、シリアンと戦闘中。
そしてほか三体のオークも、他三人が相手取っていて援護は期待できない。
……ネフリスは単騎で、このオークと決着を着けなければ行けないという事が分かった。
近くに寄ろうとも、魔法で安全に遠くから撃たれて終わる。
……魔法で倒さなければならないのか。
ネフリスは最善の策を考えようと思考する……が、当然相手はそんな時間なんて与えてくれない。
「舞い散る火花が、眼前の敵を焼き尽くす……ファイヤスパーク」
「……不味いっ!」
避ける事もままならない火花が、ネフリスに向かって襲いかかる。
避けても当たる。剣で受けても捌き切れない。
ーーなら正面で受けて立つ他ない。
ネフリスは全力で詠唱を始める。
文字通り、本気で。
やるなら、相手が攻撃中の今だから。
「流れ行く河川の様に、我は力の奔流を今ここで解放する。己の善美総てを彼方に捧げよう、蹂躙せよ。ウォーターリベレイション!!」
高速詠唱。並びに詠唱文改変。
どちらも熟練した魔導師しか使えない、玄人の技だ。
それを本気でこなした。
これなら……。
言葉通り蹂躙できる。
轟音を立てて、激流の如く水の柱が放たれる。
それは軌道全ての物質を消し去る、事全ての意思の力。
ネフリスに襲いかかっていた火の粉は消えた。
術師のオークは反応できずに……跡形も無く、断末魔も上げずに消え去った。
ーーーー勝利。
直ぐに他の五名も、オーク達と片を付けた。
詠唱文改変のお陰か、消費魔力が少なめで済んだ。
スタミナ消費もほぼ無し。
だが、高鳴る心臓の鼓動。
深く息を吐き、生きている事を実感し、緊張を解く。
「やったな!ネフリス」
盾役のイェネオスが嬉しそうにネフリスの肩を叩いてきた。
「そうですね。皆さんもよくーーーー」
『やりおったか。我が愛しの兵達を。……この先へは進ませんぞ』
低く、唸る様な声が洞窟内にこだました。
そして、鳴る重い足音。
ネフリス達の正面の通路から、背筋の凍る様な殺気が漂うのを感じた。
ーーーーまだ、終われない様だ。
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