『雑魚』と罵られた少年は、やがて世界を救うのだろう。

望木りゅうか

第1章前編 ーカラリエーヴァ王国編ー

第一話『不遇能力【時止めれるけどめっちゃ疲れる】』

 

 世界。


 それは、一つだと思ってはいないか?


 否。それは違う。


 世界は、一つだけでは無い。


 幾万、幾億と世界は無数に存在する。


 それぞれの世界には、神も魔法も存在し、あらゆる言語や歴史に塗れている。


 人には想像出来ない幻想の世界も、探せばあるのだろう。


 一つの世界にしか無いものなど、数え切れないほどある。


 だからこそ人は探究心を内に秘め、他の世界を見ようとするのだろう。


 それが人の手で作り出された幻想であろうとも、それで満足できれば人は良い。


 ゲームや漫画などを見て、人は喜ぶ。


 自分の知らない世界を見て、人は満足する。


 これが自分の求めていた世界だ、と。


 だが。


 稀にそれに満足できない、本気で今の世界から抜け出そうとする人間がいる。


 そんな人間は今ある世界の現実を捨て、一人世界の真理を探究する。


 抜け出すための策を。自分を魅せてくれるだけの満足な世界を。


 大体の場合それは叶わない。


 世界から抜け出す策など、人の身では出来ないからだ。


 だが、時折それを突破してくる者がいる。


 その域まで行ったら、もう直人では居られない。


 一種の、化物だ。


 世界には二つだけ(例外もあるが)世界から抜け出す方法がある。


 その一つは、世界の理を根本から崩す程の非正規の方法だ。


 それは普通の人間が辿り着ける、ただ一つの世界からの脱出手段。


 だから私欲に塗れたその化物は、それを使うしか無い。


 いや。使うことに抵抗すら覚えない。


 そうして世界を不正に脱出し、世界を壊す化物が生まれる。


 そういう者は一貫して『侵入者』と呼ばれる。



 世界と世界を繋ぐ壁を蹴り破って不正に他世界に踏み入る不埒者。


 放って置くと、世界を壊しかねない馬鹿者。



 だからそれに対抗する、理が存在する。


 世界に反した人間は、理に罰せられる。


 道理に適っているだろう。


 そして先程、世界を移動する手段は例外抜いて『二つある』と言った。


 そのもう一つ。



 ーーそれは世界の理の具現化『防衛者』によって出来るモノだ。



 世界の具現化の様な存在である『防衛者』は、世界を自由自在に飛び回れるのだ。


『侵入者』を抹殺する為に。


 世界の危機を救う為に。



 城に於ける防衛戦では、侵入者も存在すれば、それを防ぐ防衛者も存在するだろう。


 城が『世界』そのもので『侵入者』はそれに踏み入る侵略者。


『防衛者』は世界を守り救う、英雄だ。


 この物語は、そんな『防衛者』の下っ端に運良く入ってしまった少年の物語だ。




 ♢





「ああ……今日も何も無いな……いや何も無いのが良いんだろうけど」


 そう言いながら上に手を伸ばしている少年が、ネフリス・フェンリシス。


『防衛者』の中で一番位が低い、世界戦士ソルジャーの一員だ。


 世界戦士ソルジャーの役目は、至ってシンプル。


 世界に迫っている脅威や侵入者の存在を、上に伝えること。


 上というのは、世界戦士ソルジャーより上位の世界騎士ナイトなど。


 ピラミッド形式で上に行くにつれて人数が少なくなって行く。


 世界戦士ソルジャーの実力は、決して勇者クラスなどの強大な力を持つわけでは無い。


 正直言って彼らは、『防衛者』という肩書きをつけているだけに過ぎない只の人間だ。


 単純に彼らは所詮『防衛者』の誰かにスカウトされただけ。


 だが、必要な職なのだ。


 彼らが居なくては、誰が世界の危機や侵入者に気付くというのか。


 否、ほぼ居ない。


 だからネフリスはこの仕事に誇りを持っている。世界を救うのは当たり前だと。


 だが、覆られない問題がある。


「ーーー暇だ」


 そう。暇。


 世界戦士ソルジャーは大体、世界の危機を知らせる為だけに世界に滞在している。


 ……が、そうそう世界の危機なんて起こらない。


 危機が起こるまでの間は、必然的に彼らは無の時間を過ごす事になる。


 人間とは、暇になりすぎたら死ぬのだ。


 諸説なしだが。


 が、実際それに近い虚無感を暇は与えてくれやがります。


 だからネフリスは、


「冒険者に、なろうかな」


 そう決意した。



 ♢




 冒険者は……ほぼ説明不要だ。


 あらゆる魔法や剣術に長けた者達が集まる謎の集団。


 己の探究心のままに動く獣。


 ネフリスはそう思っていた。


 毛嫌いしていたのだ、冒険者という職業を。


 実際、自分の実力を軽く凌駕する者が沢山集う職業だ。


 尊敬はしている……がなろうとは一度と思わなかった。


 こういうのを、食わず嫌いと言うのだろう。


 だが、暇という圧倒的な原動力がネフリスの重い腰を上げさせた。


 実際ネフリスは、剣術や魔法には自信がある。


 だが、どうしても自分の実力で腑に落ちない部分があった。



 それはーーーー


「きゃあっ!!」


 女性の悲鳴が、歩くネフリスの耳に入る。


「え……!!?」


 即座に悲鳴の方向と目を送る。


 ……すると。


「通り魔っ!?」


 ナイフを持った覆面の男が、女性を襲っていた。


(助けなきゃ……って剣無い!)


 咄嗟に腰で手をさする……が無い。


 ネフリス愛用の剣が。


 その瞬間に、ネフリスの脳裏に蘇る記憶。


 それは走馬灯の様に一瞬で頭の中を駆け巡った。


 それは、剣を家の玄関に忘れてきた、という事のみを伝えた。


 次に、魔法を発動しようとする……が、時間が無い。


 男が女性にナイフを振りかかっている。


(くうっ……やるしか無い)


 ネフリスはおもむろに、走った。


 向かうは覆面男へと。


 ネフリスは足には自信があった。


(このまま行けば……)


 この速度なら、ナイフが女性に当たるよりも早く、覆面男を突き飛ばせそうだ。


 だがそれは、男が迫り来るネフリスに反応しなかった場合だ。


「は!邪魔すんじゃねえ!」


 なんの因果か、覆面男はネフリスに反応した。


 そして粗野ではあるものの、男は完全にネフリスに対応する為の体制を立て直し、ナイフを振り下ろしてきた。


 確実に当たる。しかも首筋に。


 当たれば出血多量で死ぬ。


 ネフリスは、走馬灯を……見かけた。


 そう、見かけるだけで止まった。


 時間が、ネフリスを除く全ての動きが、全てピタリと止まった。


 そして、そこから実に一.五秒。


 それでこの停止した世界は元の世界に戻るという事をネフリスは知っている。


 ネフリスは素早く方向転換し、後ろ足を鞭の様にしならせ、男の後頭部にかかと落としを直撃させた。


 常人ならば気絶する。


 それほどまでに力を込めた。


 本気で、襲われていた女性を守る為に。



 ーーーそして、止まった時間は動き出す。



「があっ……!!?」


 覆面男が呻き声を上げ、地面に倒れる。


 そしてピクピクと痙攣しながら口から泡を吹いている。


「はあっ……」


 深く息を吐くネフリス。


 すんでの所で命の危機を回避したのだ。少しくらい生きている実感を感じたい。


 そして、ネフリスは倒れている女性に向かって手を差し伸べる。


「大丈夫ですか?」


「……はい」

 震えた声で、腕で、女性はネフリスの腕を取った。


 女性の白い肌が、もっと白くなっていくのが分かる。


 相当の恐怖体験をしたのだ。


 女性には身が重い。


「生きてて、良かったです」


 でも、自分には笑顔しか送れない。


 もどかしさを抱きつつも、ネフリスは人を助けた事に対する喜びを感じていた。


「名前は……何ですか?」


「え?」

 女性が突然に名を訪ねてきた。


 何をするつもりなのだろうか。


 だが、ネフリスにはそれに答えている時間も無い。


 冒険者ギルドへの冒険者登録を急がないと。


「名乗る程の者じゃありませんので……」


 そう断り、女性の手を優しく振り切って冒険者ギルドへと向かった。


「じゃあさっきの動きについても……!」


 そうネフリスの耳に聞こえはしたが、もう既に遠い。


 自分の声はもう届かないので無視することとなってしまった。


 いや、返答しなかったのは、自分の能力を悟らせない為だ。


 ネフリスには謎の固有の能力がある。


 自分が傷を負う何かの危険が迫った時に、己の自意識関係なく時間が一.五秒だけ停止する、という能力が。


 しかも、これには欠点がある。


「あいてっ……転んだ」


 物凄い疲れるのだ。

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