第七十四話『王族パワー』

 

 鉄ランク冒険者ユト・フトゥールム、ランク認定会議。


 その実質的な調停者を務めるのは、ユークリッド・ミリア。


 リアン王国首都リリアンのギルド長に就任する彼女は、その厳しい眼光で子を問い詰める。


「報告書類に記載されている、この体躯二メートル強の鼠の人型魔族とは何かね?こんな魔物、魔物全集モンスター・ブックには記載されて居ないはずだが?」


 報告書類には僕の底ランク認定の為、相当の虚偽を交えて書かれている。


 ディルッド達の王族ならではの情報規制によって、かなり矛盾は抑えられてはいるが……。


 報告書類をくまなく熟読する、正にユークリッドの様な人間から言葉の隙を突かれてしまうのは仕方のない事だろう。


 だが、これくらいの逆境……彼女が押し進められぬ訳が無い。


「……確かに、その魔族は魔物全集モンスター・ブックには載っておりません。ですが、彼処は未知の古代遺跡。未発見の魔物が居ても何ら不思議ではありません」


 常識的な切り返しを加えるガレーシャ。


 文脈的には何ら問題無い説明の様に聞こえたが。


 これを横で聞いていた強面の男は、何か引っ掛かったのか息を吐いた。


 男は書類を睨み、ガレーシャに向けて呟いた。


「だがガレーシャ、書類によると……この魔物は全てお前が討伐したみたいになっているが。目標の実力を見定める為の監視員なんだから、目標を差し置いて敵を倒すのは……」


 説教に近い言葉を垂れ流し、上司の様に問いただす男。


 いや、態度から察するに男がガレーシャの上司なのは間違い様だ。


 だがそんな言葉も、この場の調停者によって遮られた。


「……君。色々と見落としている様だから忠告しておくが、魔物討伐に踏み切ったのは、魔物の攻撃による冒険者の気絶を確認した為だ、と記載されているぞ。少なくとも、私はそう見えるがね」


 ギルドマスターからの指摘に、男は一瞬「……え?」と困惑の表情を見せた後。


 持っていた書類を再び凝視し、途端。


 己の行動を律する様に、男は自分を嘲笑する様な笑顔を浮かべながら呟いた。


「……いや、済まない。どうやら俺の勘違いだった様だ」


 前言撤回、今までのは忘れてくれ、と言わんばかりに「ははは」と男は笑う。


 周囲からは「ちゃんと書類を見てくださいよ」などの、優しくも辛い言葉が飛ばされる。


 そんな中、ギルドマスターは咳払いをし、場を借りて再びガレーシャに問うた。


「次に移るが、ガレーシャ。この未発見の鼠の魔物について得られた情報はあるかね?戦ったのならば、魔物のサンプルを持ち帰って来たりはしていないか?」


 それに、ガレーシャは首を横に振り、


「……いえ。私が討伐した魔物は直ぐに、魔力の灰となって消えて行きましたので」


「魔力の灰化か……確かに、他の冒険者達からの魔物報告にも、そんな魔物は居たな……名残惜しいが、それならば仕方ないか」


(……ホッ)


 安堵する様に、心の中で一息つくガレーシャ。


 だが、そんな一時も一瞬。


「ならば最後に私が聞きたい事を問うて冒険者ユト・フトゥールムのランク認定を行うことにしよう」


 ゴクリ、と固唾を飲み込むガレーシャ。


「……どうぞ」


 ガレーシャは了承の目線を送り、それを、母ユークリッドは確認し。


 淡々とした目線を向けながら、彼女は二つ目の書類を手に取った。


「この書類は、メイゼラビアンからリアンへの船に搭乗した、全従業員含め冒険者の名前が書かれた名簿であり。これを参照すると……」


「冒険者ユト・フトゥールムは、行きと帰りの船にしっかりと搭乗している事が分かる。だが、それはおかしい……確かに、冒険者ユト・フトゥールムは、名簿では行きと帰り、両方に存在している」


「だが、私独自で行った聞き込み調査によると。『確かに行きの際では見かけたが、帰りには見られなかった』という証言が大半だった」


「なのに冒険者ユト・フトゥールム含めガレーシャは、何食わぬ顔でここ、リアン王国に帰還してきている……何故なのかね?」


 完璧な推理。


 裏付けをしっかりとこなしてからの、逃げ場を無くした切り込み。


「それは……」


 それに、ガレーシャは直ぐに顔色を曇らせた。


 外から見ても明白な程に言葉を詰まらせ、返答に困る素振りを見せて仕舞ったのだ。


 完全に急所。


 流石に、ディルッド達の王族パワーを以ってしても、居なかった人物を居たことには出来なかった様だ。


 そもそも、たかが一人の冒険者の為に何故そこまで肩入れするのかが気になるところではあるが。


 兎に角、これはガレーシャに取っても、僕にとってもピンチだ。


 ガレーシャは反撃の機を失い、うつむいて。


 ユークリッドは、そんな子を淡々とした表情で見つめ続けた。


 ……と、そんな時。


「言いたくないのならば仕方ない。少し客觀性に欠けるが、これで認定会議は終了としよう」


(……え?)


 親子愛でも実ったのか、ユークリッドは話を突然に中断させた。


 そんなギルドマスターの不可解な行動に、他のギルド役員は見逃せる筈もなく。


「いやギルドマスター。そこははっきりとさせた方が良いのでは?冒険者ユト・フトゥールムの移動速度に対しては、今回の議題でしょう?」


 これを言ったのは、さっきの男だ。


「……ふっ。君が言えることでは無かろう?……と言うよりも、今回の認定会議は他、類を見ない行いだ。少しくらい不手際があっても仕方無い上、試験の結果としては上々であろう?」


「……分かりました。ギルドマスターがそう言うのならば」


 男は黙った。


「という訳で……冒険者ユト・フトゥールムに認定された冒険者ランクを発表する……」


 ユークリッドは一度深く息を吸い込み、その間ガレーシャに向かって微笑んだ後。



「ーー冒険者ユト・フトゥールムを……銀下位クラスに認定し、及びガレーシャの監視員としての任を延長させる物とする」


「……え?」


「なにを白けている、我が子よ。まだ目標の情報が足りない様だから、もっと情報の研鑽を図って貰おうと思ってね?」


 ガレーシャは喜びのあまり、気付けば目を見開いていた。


「本当、ですか……?」


「本当だ。この戦場貴族ユークリッド・ミリアに二言は無い」


 ユークリッドは、母の様な慈愛の笑みを見せつけた。



 ♦︎



「ーーと、なった訳ですね」


「いや、勝ち取った訳じゃなくて運が良かっただけじゃ……」


 一連の秘話を聞いてみて、思った事を僕は包み隠さず言った。


「まあまあ、良いじゃない。結果的に底ランクを認定されたんだし。ガレーシャちゃんもまだ仲間やってくれるみたいだしねー」


 と、モイラ。


「……そうだね。まあ他に色々と言いたい事はあるけど……いいか」


 本当に、色々と思う事はあるけれども……。


 僕は仕方なく、銀下位クラスのタグを首に掛けた。


 と、その途端。


「ガレーシャさんとユト様方。三名様に向け国からのお手紙が……」


「……お、やっときたか」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る