第六十話『思い出そう。『あの時』を』
スーツ姿の魔人を、覚えているだろうか。
……そう。
あのマグナムリボルバーを両手に携えた、大量殺人鬼。
僕と戦い、最終的にはローズ社を自分で倒壊させ、逃げ帰った、あの魔人。
牛の角を生やして覚醒した、天性の射手。
二人の大企業を追い込んだ、事の張本人。
人型邪龍君の相棒だと僕が確信した、あの実力者。
まだ、あの子の事について分かってないことがある。
「スーツ姿の魔人君。なんで邪龍君がピンチになってるのに助けに来ないんだろうね」
一撃。
「この戦場にも居ないしさ……しかも、君の相棒じゃないか。可哀想だね。見捨てられたのかなぁ?」
二撃。
僕は、白々しい言葉の二連撃を人型邪龍にかます。
だが当の本人は。
「……知らんな」
顔を俯かせながら、そう断った。
……完全に言葉のバトンが途切れたのを良い事に、僕は言う。
「ちょっと、話を戻すけどさ……。古代遺跡が外界に露出した事を知った邪龍君が、空間を封鎖する為の監視員として送った人物って……」
僕は不敵の笑みで、邪龍君を睨んだ。
『ーー誰だったんだろうね?』
「……う」
邪龍君は返答に困る素振りを見せたーー見せてしまった。
「僕が蹴散らした、ローズ社の社員の誰かかな?……君の相棒君かな?」
当然、僕はその隙を見逃さない。
さながら、僕は邪龍君を言葉のサンドバックとして扱う。
「……」
邪龍君は黙りこくる。
完全に急所へ命中していると言うのに。凄い口の硬さだね。
……でも。
(僕が、その錠を解いてあげるよ)
裁判の様に。
僕は人型邪龍を被告人として扱い、告げる。
「もし、もしだよ……『君の送った監視員が、僕達の近くにいて、逐一行動を報告していたら?』」
瞬間。
被告人のあらゆる動きが止まる。
呼吸、視線、筋肉。
動くものは、風になびく彼の漆黒の羽毛だけ。
「……」
一瞬の静寂。
彼の、突く様な心臓の鼓動音が、こちらまで聞こえてきそうだった。
動きというものを忘れた人型邪龍の姿。
それはまるで今現在宙に浮く、彼の銀の様に。
今まで動揺を示した事が無かった邪龍君が止まったのに対し、僕は心の中で笑う。
図星か、と。
「そうすると辻褄が合うよね?イエロウズ・タワーに居た、君達の仲間を事前に避難させたり、ローズ社で僕達を待ち構えたり……うんうん。やっぱり……」
僕は雰囲気を強張らせた。
「おかしいよね、偶然にしては……正に『協力者』が居ないと出来ない芸当だ」
続け、僕は言い放った。
人型邪龍に背を向け、ただ一人の人物に向かって。
灰色の体毛を有した……魔族。
それは。
『ーーそうだよね、ラット……いや。人型邪龍の相棒、殺人鬼の魔人さん?』
「……ッ!?」
そして、矛先はラット君へと向いた。
♦︎
少し思い出して欲しい。
ラット君と出会った時だ。
あの時、魔族街の空間に忍び込んだ僕達に気付いていたのは、ラット君だけだったよね。
外の魔族達は、僕達の出現などを気にも止めず、嬉々としてショッピングを楽しんでいた。
外は繁華街。
こっちは廃屋。
そんな状況で、彼は居た。
なんの用があったら、人があの廃屋に入って行くんだろうね。
否。無いでしょ。
……『何か』の理由がなければ。
ラット君は待っていたかの様に、その時、その場所に居た。
かなり見窄らしい格好をして、元々からそこに住んでました、とか言えるくらいには。
だけど、全くもって廃屋にはそんな痕跡は無かった。人が生活していた痕跡がね。
じゃあ彼があそこで生活していないなら、廃屋に居る理由は?
肝試し?違う。
溜まり場?違う。
それに……。
あそこを住処や溜まり場として利用するにしても、比べて足跡が少なすぎた。
あんな、歩けば足跡が付くくらい埃が溜まった床に出来ていた足跡は、何故かたったの十数個。
しかも、かなり真新しかった。
まるでついさっき来て、僕達が来るのを待っていたかの様に、それは一箇所に集まっていた。
今思えば、足跡の大きさも違ったかも。
……兎に角、ラット君は僕達を幸運か、気まぐれか……そんな奇跡の出会い方で出迎えた。
そう。まだここでは、僕は気付いていなかった。
だって、まだ『あってもおかしく無い事』だからね。
あんな足跡の数とか、大きさとか……そんな事、気まぐれかなんかで片付く。
僕がラット君を疑い始めたのは、あの時からだった。
ラット君に、魔族街の大体の情報を教えてもらった三日後。
僕達が、イエロウズ・タワーから帰還した翌日の事だったかな。
初めは、薄い疑問だった。
僕は思ってしまったんだ。
アリエット社社長含め従業員猟奇的殺人事件。
……あの痛ましい事件は、もしかしたらラット君が引き起こした物だったのかもって。
だって、ラット君が出した資料の中には、本当に最近殺された様な死体の写真があったから。
まるでついさっき、死んで五分経ってないかくらいの死体みたいに、血飛沫が舞っている物とか。
しかも、そんな写真が複数。
決して見間違いとかでは無かった。
あの時、僕は新しい敵の背中が見えてきた、とかで見落としてたけど……。
『そんな最近に殺された死体を撮影出来たのに、なんで犯人と出くわさなかったのか』って。
ほんの数分前に殺された死体が転がってるなら、遅くてもすれ違いには。
すれ違いには、犯人の姿をラット君は見ていてもおかしく無いのに。
ラット君は、犯人の情報秘匿の為に殺されもしなかった。
至ってフリーに、ラット君は写真を自由に撮ってきた。
かなりの写真の数だったから、大体數十分くらいは撮ってたんだろう。
だが、それでも殺されなかった。
証拠を隠滅するのに人生を注いでる様な悪役、魔人君が、それを見逃さない筈がない。
……何故だろうね。
ーーあと、もっと良い裏付けがあるんだよ。
それが……。
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