第四十七話『敵の背中』

 

 血。血。血。


 歩けば歩く程鮮血がこびり付いた壁や床。


 それには、もれなく魔族達の死体が付属していた。


 深く息を吸い込みでもすればむせる程の血の陽炎の中で、一人の協力者は悲愴な表情を浮かべていた。


「酷いな……」


 数体、いや……数十体ほどの死体が転がり、それは薄気味悪い死体の絨毯を作り出していた。


 見渡す限り死体、血。


 この世の物とは思えない程の光景が、そこには広がっていた。


 死体は正確に頭を撃ち抜かれ、付近には脳漿が。


 そこをただ一人歩くのは、ラットという人物。


 ユト達の協力者である彼は、そこに行き着いた。


『社長室』


 そう書かれた扉からは、既に死体がはみ出ていた。


「……」


 恐る恐る彼は扉を開ける。


「……ッ!全滅かよ……」


 そこには、誰も生きている同胞なぞ居なかった。



 ♦︎



 イエロウズ・タワー。


 僕達はそこから帰還した後、一つ夜を重ねた。


 黎明の日差しに瞼が焼かれるのを感じ、僕は起きた。


「……はー」


 あくびしながら僕は寝床から身を起こす。


 頭の中がスッキリした様な感覚を感じながら、僕は部屋の扉を開けた。


「……あれ?結構起きるの早かったんだね。おはよう君達」


 奥で待っていたのはガレーシャとモイラ、そしてラット君だった。


「おはようございます」


「おっはよー」


「起きたか」


 みんなの朝の挨拶に相槌で答えながら、僕は三人の元へ歩み寄った。


 テーブルを囲う様に全員が立つ中、そのテーブルの上に広げられた書類に、僕の目が行った。


「これは?」


 僕が不思議そうに書類を覗き込んでいると、ラット君は言った。


「……イエロウズ・タワーで起こった猟奇的殺人事件のまとめだ」


 僕は目を強張らせた。


「……詳しく聞かせて」


「分かった」


 作戦会議ムードに移った僕達。


 その中で、ラット君は言った。


「今日未明、イエロウズ・タワーの五十一から上階に住む従業員らが、全て残らず射殺されるという事件が起きた」


「銃ですか?」


「そうだな。本来は競技用などに使われるんだが……今回使われたのは50口径のマグナムリボルバーだ」


「へ、へぇ……」


 ガレーシャは、自分で聞いておいて『分からない』という素振りを見せている。



 ……まあ、まだこの世界にはマグナムリボルバーなんて概念すら無いだろうから、仕方ないとは思うけど。



「犯行時刻は僕等が去ってから五時間後位か」


 二人のぎこちない会話が交わされた後、僕は手持ちの魔道具時計を参照しながら呟いた。


 今は六時。


 今日未明となると、大体午前0時から3時辺りの事を言う。


 昨日、僕等がイエロウズ・タワーを去ったのが午後七〜八時辺りだったからね。


 大体五時間後の犯行と言うわけだ。


「と言うか、全てですか……どれくらいの従業員が?」


 ガレーシャは驚きと同情が混じった様な顔でラット君に聞いた。


「大体は数十、から数百だな」


「……やけに大雑把なんだね」


「そこら辺は勘弁してくれ。俺もあんな場所で詳しく調査できる程メンタルは強く無い」


 僕の指摘に、ラット君は嫌なことを思い出す様に呟いた。


 と、言うかこの書類ってラット君が作った物なのね。


 異常に体が腐敗した死体や、四肢が欠損した死体の写真が貼ってあったから、酷い現場だったのは想像が付く。


 その事前情報を込みで見ると、これは……。


「確かに……その気持ちは同意できる。出来れば、僕だってこんな凄惨な現場に居たく無いしね」


 次に、書類を吟味していたガレーシャが懐疑的な声を上げた。


「……今思ったんですが、やけに腐敗している死体が多くないですか?」


「確かにな。その場で銃殺されたんじゃ、ここまで腐敗するのはあり得ない」


 ガレーシャの言葉に、ラット君は激しく同意。


 その理由について考えていた時、僕は魔法異次元空間のことを思い出した。


「もしかして……僕達が入った魔法異次元空間によって、本当の五十一階から上に居た従業員達は閉じ込められていたのかも……」


 そして僕は、更に残酷な事を次いで呟いた。


「……閉じ込められたからには、食料も限られているし、餓死もしやすいだろう……そこで、閉じ込められた魔族達は飢えを凌ごうと……」


「ユト。それ以上は」


 だが、言い切る前にモイラが止めた。


 ふとモイラを見ると、かなり悲壮な顔で書類を凝視していた。


 まるで、親身になって慈悲を与えるかの様に。


「ごめん。失言だった」


 僕含めた四人の間に、一瞬悲しい雰囲気が流れた。


 だが、ラット君はそれでも言った。


「許せないな……同胞を喰ってでも生き残ってきた者達を殺すとは……」


 ギリギリ、とラット君は拳を握りこむ。


 その美しい仲間想いの精神に、僕は拍手を送りたくなった。


 本当にしちゃうと雰囲気ぶち壊しになっちゃうからやめたけど。


 そんな気遣いが交わされる中、ガレーシャは言った。


「あの……また気付いちゃったんですけど、事件の犯人がこの人達を殺す理由って、もしかして魔法異次元空間に閉じ込められていた所為ですかね」


 ……確かに。それを忘れていた。


「……そうかも。魔法異次元空間に閉じ込められていたと知っている人物が一人でも居れば、その情報を町中にばら撒かれる恐れもある……だから殺したのか。閉じ込められていた全員を」


 僕は事件の真犯人の背中が見えて来た事に目を見開いた。


「と言うことはつまり……」



「うん。確実に人型邪龍君の一味が絡んできてる」



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