第三十八話『石壁の先……。そこは』
書斎だった。
石壁を抜けた先は……見上げる程にまでの本棚がビル群の様に連なった、蔵書の山々。
そこには、探していた敵の背中すら見当たらなかった。
「……え、居ない」
僕達はもぬけの殻、とでも言うべきな人気の無さに不気味さを感じた。
気付けば戦闘体制を解き、その歴史感漂う書斎の風景を見渡していた。
「居ないね。人も、魔族も」
「でも本があると言うことは、誰かが居たという証拠にもなりますよね……」
ガレーシャは、僕の呟きに疑念の声をあげる。
そのままガレーシャは見上げる迄に縦長な本棚群の中に入り、蔵書を物色し始めた。
「何か情報があるかもね!」
と、モイラは言い、本を手当たり次第に見始めた。
確かに、古代遺跡の中にある蔵書は、見る人から見たら宝の山だ。
有益な情報が沢山ある筈だろう。
僕はそんな二人に合流しようとしたが、下の地面に目が行った。
あるのは赤い絨毯。
経年劣化か、若干色が黒ずんではいるが、埃や汚れが全く無い、手入れされた絨毯だ。
それはこの書斎中の床に満遍なく広がり、見る限り全ての部分に汚れが無い。
踏めば足跡が残るまでにふかふかだ。
そんな絨毯に、僕はあるものを見つけたんだ。
僕は屈み、中腰でそれを見る。
「……これは」
それは、僕達三人が誰も踏んだことが無い場所に出来た足跡だ。
足跡のサイズも、僕達の誰にも合致しない、極めて大きなサイズだった。
三十五センチ位はあるだろうか。
「この足のサイズ……並の人間サイズじゃ無いから、恐らく人型邪龍の物だ」
僕はそう考え、その足跡の行く先を追った。
足跡から足跡までの間隔が広い。
それでも足跡の深さが変わらない事から、走ってもいない。
「歩幅からして、身長二メートル以上は確定だね」
そして、その行く先は……石扉から見て、ずっと左へ向かっていた。
それは曲がること無く、書斎の壁に直撃。
……でも、あれはただの壁じゃ無い事が分かった。遠目からでも分かる。
他の壁は若干色褪せた木製の壁で出来ているのに対し、その壁は若干新しい。
そんな壁の一部に若干、擦り切れた様な跡が残っている。
恐らく、あの部分に手を突っ込むかなんかすれば、その壁がなんかなる、と言うことかな。
つまり、隠し扉だよ。
だからこそ、今行っても意味が無い。
行くなら、モイラ達を呼んで万全の体制で行かねばならない。
多分、あの先が最上階……六十一階までの道だから。
そこには、あの人型邪龍が待ち構えているだろうからね。
「今は情報が欲しい。あれは後だ」
そう呟いて僕はとりあえずあの扉を後回しにした。
だって、この人型邪龍君の足跡……ほんの数分前に付いた足跡だからね。
じゃなきゃ足跡なんてそもそも見つけられないし。
つまり、最短距離でこっちに来なければ、この足跡を見逃してたも知れないって事だ。
僕の腕力と観察眼と視力の前では、人型邪龍なんか屁でも無いよ。
……経験なら、僕の方が積んでるからね。
♦︎
僕は情報を探すのをモイラ達に押し付け、書斎の解析に移っていた。
そして、分かった事が一つある。
……警備がザルすぎると言う事だ。
もしかしたら、この六十一階を突破できる物は居ないと勘違いしているのか分からないけど、この書斎には監視魔法やら、罠魔法などが一切敷かれていない。
ちょっと開くのに手間取るだけの石扉君だけで、この書斎はなんの警備も無く、敵を足止めする機構すら全く以って無かった。
完全なるプライベート空間となっていたよ。
あるのは時代と歴史を感じる、巨大で監視も無い書斎。
古臭い木の匂いが漂う、色褪せた本棚もあれば、新品で真っ白な本棚もある。
まだ本棚が置かれていない場所もあり、現在進行形でここの蔵書は増えている様だ。
もしかしたらここに蔵書を蓄えているのは、人型邪龍なのかもね。知的な雰囲気もあったし。
でも危機管理がちょっと足りないのかな。
と、言うわけで僕も暇になったから、僕の横にあった、小さな日記の様なものを手に取った。
その横には静かに火のついたランタンと羽ペンがある。
その奥にも、汚れ方がそれぞれ違う日記の様な本が横に、本棚に並べられていた。
その内でも僕が手に取った本は一番綺麗なものだ。
僕はとりあえずその本を開いてみた。
「日記。……へえ」
目次となる部分には、でかでかと『日記』と書かれていた。
紙を捲ると、そこにはぎっちりと字が敷き詰められていた。
「多分これは、人型邪龍君の物かなぁ……ふむふむ」
僕は、その内容を音読した。
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