断章 生かされ、置いていかれた者

「御統所属の傭兵に面白い男がいるだと? どれどれ」


 ファミリアから寄せられたレポートは、思わずバリーが目を見張る程だった。

 ヤスユキが珍しく同席している。


「戦績はやや高めだが平凡。しかし内容が重要だ。数少ない交戦時の敵撃破率が八割とはやるな。通常はファミリア部隊に所属して兵站任務をこなし、時にはラニウスAで護衛する、か。適性検査によってE級構築技士だったことが確認されたと」


 戦績や戦闘成績はとくに注目すべき点はない。

 本人によるトライレームラニウスD型部隊への志願書も添えられている。


「面白い。ほとんどが護衛任務。かつ接近戦で仕留めている」


 とある項目に目が留まる。


「ファミリアの輸送部隊護衛任務中にラニウスA単機でアークエンジェルを撃破しているだと? 戦績だけで見ればエースだぞ」


 ラニウスAでアークエンジェルを撃破するなど、ただ者ではない。また多額の報奨金が出るはずだが、ラニスウAから乗り換える気配はない。

 おそらくはラニウスBに乗り換えるため資金を貯めているのだろうとバリーは予想した。


「だろ? ファミリアたちからも信頼されている」

「これは…… 人望があるんだな」


 匿名の推薦書が三十を超えている。ファミリアだけで三十を超えており、セリアンスロープからも五通ある。

 

「何者なんだ? 誰かさんを彷彿とさせるな」

「何者でもないよ。惑星アシア出身の、ただの傭兵だ。コウほど場数は踏んじゃいないが、根性はあるタイプだ」


 ヤスユキが反応通りのバリーをみて、にやりと笑う。


「転移者ですらないと?」

「そうさ。俺の部下がやってる道場に剣術を学びにきてな。それはもう稽古に熱心だそうだ。この部下がな。俺がいうのもなんだが頑固で融通が利かないヤツでなあ。結構な鬼稽古で逃げ出すヤツも多いんだが、そいつの特訓にも歯を食いしばってくいついてくる。立ったまま気絶しても、次の日には稽古にきて必死に食らいつくと嬉しそうに話していたな」


 ヤスユキと妻のエイラは剣術道場を開いている。この二人の結婚を契機に、プレイアデス隊ではセリアンスロープと結婚する者が増え、剣術を教える者も多い。

 セリアンスロープたちの間では剣術が人気だ。同門からも推薦があるということだろう。


「この男も居合いなのか?」

「違う。ただ剣術のほうはコウと系統が近いタイ捨流という剣術だ。コウは頑として流派をいわないが、察しはつくさ」

「そうか。コウが流派を名乗らないのはこだわりか何かか?」

「居合いはともかく片手間で学んでいた剣術については流派を名乗るなんてとんでもないとのことだ。気にする必要はないと思うんだがね」


 複雑な心境だが、コウの気持ちも理解できるヤスユキだった。


「俺は剣士じゃないからわからんが。それでか。本人がD型部隊を希望しているのに、ファミリアたちがコウ直属に推薦しているところが面白いな」

「構築技士資格もフリギアの要求基準もすべて満たしているぞ。今の所五人目だな」

「経歴は地味だが、兵站任務と護衛を忠実にこなしている。功績狙いではなく、ただファミリアを護る為の戦闘行為がこの成績なんだな」

「真面目すぎるんじゃない。ファミリアに手出しはさせないという強迫観念じみたものすら感じる。そして任務に忠実だ。兵站の重要性をよく理解し、そしてファミリアと共に戦うことを望んでいる」

「そういえばこの青年は名前を呼ばれることを極端に嫌うと記載されているな。コードネームはふむ…… アノモスか。何があったのか?」


 アノモスとは名前がない、という意味。古代ギリシャ語の形容詞だ。

 本名は記載されている。隠す気は無いらしい。ただそう呼ばれることを嫌うだけだ。


「次のページに記載してある。一行だけだが、それで十分だろう?」


 バリーは電子書類の項目に視線を移す。


「これは……」


 彼の身に何か起きたか、瞬時に理解したバリーは言葉を失った。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 師匠であるミノルに呼ばれた青年傭兵アノモスが部屋に入る。黒髪で、色白の青年だった。部屋に入るなり、体が強ばる。

 プレイアデス隊のヤスユキがいたからだ。厳めしい師匠も、この時ばかりは緊張している。


「アノモス。よくきてくれた。君の希望は一部通った」

「一部とは?」

「アストライア直属部隊に配置転換が決定した。希望のD型ではなく、アシアの騎士直属となる」


 コウがウーティスであることはもはや常識に近いが、表面上は死亡したことになっている。

 彼を指す言葉はアシアの騎士であった。


「俺が?」

「彼を援護してアシア救出が任務だ。大任だぞ」


 ミノルが重々しく述べる。言われなくても重大だ。


「君は今ラニウスA型の中古に搭乗しているな? 今のMCSを換装して新型のラニウスC型に機種転換をしてもらう」

「破格な待遇ですね。なおさら、どうして俺が選ばれたんです?」

「選考結果もあるが、君に依頼したいことがある」

「教えてください」

「君にはアシアの騎士の影武者になってもらいたい」

 

 アノモスは思わず息を飲み、師匠であるミノルを見た。やや方言がきついが、真摯に語り出す。


「彼ん剣術とは流派ん源流は同じ。戦い方ば真似れとはいわん。すべてん敵ば斬り伏せろ」


 ざっくりと話す師匠に、何を問うべきか悩むアノモス。


「影武者といっても同型機に乗ってもらうだけだ。あとは作戦に沿って戦えばいい」

「影武者は上等ですよ。俺につとまるかどうか」


 と同じ機体に乗り、影武者となる。これは誉れであり、アノモス自身の大願にもっとも近づける。


 ――彼の影武者なら、彼を付け狙う者を、そしてあいつらを殺せる。


「敵は半神半人が駆るアンティーク・シルエットだ。おそらくは封印区画を防衛している」

「な!」


 アンティーク・シルエットと聞いてアノモスは顔色を変えた。

 アノモスが殺したい相手こそ、アンティーク・シルエットだったからだ。


「アシアを解放することはファミリアの未来に繋がる。アシアしかファミリアを生産できないからな。ファミリアと共同作戦となるD型部隊とは作戦内容も違うが、どうか引き受けてくれないだろうか」


 アノモスは目を瞑った。


「……やります。いいえ。やらせてください」


 アンティーク・シルエットとの対決。ファミリアの未来。そして何よりアシアの騎士の影武者という役割。

 やらない理由など一つも無い。


 アノモスは気付くことはなかったが、ミノルは愛弟子を心痛なまなざしで見詰めていた。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 地獄だった。


「撃て撃てぇ! ぐわぁ……」


 犬型ファミリアが絶叫して絶命した。

 彼が駆るベアの身代わりになったのだ。


「そこのシルエットの兄ちゃん! 早く逃げな!」

「あんたらを残して逃げられるかよぅ!」


 どうしていいかわからず、アノモスは、ベアで距離を取る。その曖昧な判断によってまたファミリアが身代わりになって死んだ。


「ア…アァ…」


 彼が狙われないよう、装輪装甲車たちが盾となっているのだ。


「俺たちは復活できる可能性がある! でも人間は無理だ」

「逃げても後ろから撃たれるだけだ! 最後まで戦う! あんたらこそ俺の盾になるな! 早く撤退してくれえー!」


 涙目になりながら、哀願ともいえるアノモスの願いをファミリアたちは聞くことはなかった。


 実際逃げようとした数機のシルエットは、背後から撃たれ地面に転がっていた。MCSこそ破壊されていないものの下半身を狙われ無残に転がっている。

 後方移動しようとして戦線を離脱しようとする機体さえ、集中的に狙われて破壊されている。


 ファミリアが乗っている装甲車相手には、容赦なく破壊する有様だ。


「そういうわけにもいかなくてな」


 そういった瞬間、黒猫型ファミリアが乗った装甲車が溶解し、燃料に引火して爆散する。大出力のレーザーガンだった。


「なんでだよ…… 俺から殺せよ!」


 アノモスがいなければファミリアたちは車両を捨てて逃げることだって可能なのだ。


 アノモスから睨み付ける先には尊大に彼らを見下ろす絶対者――アンティーク・シルエットがいた。

 ベアなど敵ではない。


 青年は自分がまき餌代わりにされることを理解している。彼を守るためにファミリアたちが死んでいく生き地獄。

 敵は上空。エンジェルとアーク・エンジェルがレールガンを用いて一方的に攻撃している。


 上空ではアンティーク・シルエットがレーザーガン砲弾で丹念に装甲車を潰していく。


「くそ。高みの見物かよぅ!」


 青年は自分の盾となって死んでいくファミリアに耐えきれず、アンティーク・シルエットを集中的に狙うものの、AK2の砲弾では直撃してもかすり傷にすらならなかった。

 アンティーク・シルエットは彼のベアを一瞥し、興味なさそうに他の車両を狙い始める。


 別の機体が上空から降下し、彼を護ろうとする装甲車に斬りつけようとした瞬間――


 エンジェルの胴体上部が吹き飛んだ。下半身が先に倒れ、遅れ様に上半身が落下する。

 遅延して響く轟音。


 TSW―R1C強襲飛行型――アシアの騎士が駆るラニウスが抜刀し、エンジェルに対し立ちはだかっていた。


「諦めずに耐えたな。よく堪えた」


 アシアの騎士が青年に声をかける。

 アノモスは感謝よりも先に、出そうになった怨嗟の声を飲み込む。


 ――なぜもっと早く来てくれなかったんだ。



 ベッドから上体を起こし、顔を覆うアノモス。


「またあの夢か」


 アノモスはベッドから飛び起きるように上体を起こす。毎夜繰り返される後悔。

 彼を餌代わりにたくさんのファミリアが殺された。

 

 弱い彼に、不満の一つも言わずに散っていったファミリアたち。

ほとんどの者のコアはレーザーで溶かされ死んだ。プロメテウスの火を使ってLファミリアになって戻ってきた者もいない。


 ――みんな死んだ。俺のせいで。俺が弱かったせいで。


 ファミリアが彼を恨んでいるわけではない。むしろ思い詰めるなとファミリアたちからは何度も諭されている。

 それでも、自分が許せなかった。


「アシアの騎士、か」


 彼の助けに自分がなる。

 声に出さなかった不満への罪悪感。筋違いにも程があるというものだ。そんな不満を抱いた自分が恨めしい。


 アシアの騎士は我がことのように怒りに満ち、ファミリアの仇討ちをしてくれた。

 それどころか惑星アシア全土に対して尊厳戦争を引き起こす。創造意識体のために。


「俺に役立てることがあるのだろうか。いや、自分に嘘をつくな。俺は違う。彼とは違う」


 判断を誤り、むざむざとファミリアを死なせてしまったアノモスとは何もかも違った。


 いつか恩を返したい。彼にも、ファミリアにも。

 トライレームという組織で創造意識体との未来を見たいと願った。


 アノモスはその後、御統重工業所属の兵站部隊でファミリアの支援に従事した。やれるべきことを探した時、自然に辿り着いた結論だった。

 非常に地味ながら危険な最前線への補給作業に積極的に随行する。率先してワーカーがやるような作業もファミリアたちと行った。本来なら今の仲間であるファミリアにも顔向けする資格はないと思っている。


「最優先はファミリアを護ること。俺も彼らと寄り添うと決めた。それでも自分が許せない」


 彼のせいでたくさんのファミリアが亡くなったのだ。


 ようやく中古に払い下げられたラニウスAも購入できた。少しでも彼に近付くために。

 剣術も学んだ。いざとなったら、彼のように敵を排除できるように。

 幸い襲撃にきた半神半人のアークエンジェルも撃破できた。装甲筋肉採用機であるラニウスは最良の機体だと確信した。


「ファミリアの未来、か。いや、そんなのは言い訳に過ぎない」


 空に浮かぶ、アンティーク・シルエット。心の奥底から湧き出る、殺意はいまだ尽きない。


「それでも――」


 ある種の絶対者だった。


「みんな。俺を許してくれ。ファミリアは護りたい。それでも、アンティークに乗って超越者面してファミリアを殺そうとする連中を残らず叩き潰したい衝動を、堪えることができないんだ」


 もう二度とファミリアをみずみず無駄死にさせない。護りたいという想い。

 マーダーはファミリアを優先して殺す。他人事だった過去が、今や自分にのしかかる。傭兵機構本部も許しがたいが、もうあの組織はアシアの騎士の手により崩壊した。元はといえば惑星アシアを侵略したストーンズと、過去の遺産アンティーク・シルエットが元凶だ。

 ファミリアと共に生きることよりも、たとえ己が死んでもファミリアを害するアンティーク・シルエットを残らず殲滅したい衝動のほうが激しい。


「またとない機会だ。ファミリアに仇為すアンティーク・シルエットは俺が残らず破壊する」


 散っていたファミリアたちはそんなことを望んではいないことも理解している。


 ただ、どうしても。


 あの時感じた無力感だけはいまだに拭えないのだ。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 バリー総司令はこう呟いたという。


「コウは間に合い、護ることができた。彼は護られ、生かされ、置いていかれたのだな」


 コウと彼に何の違いがあろうか。コウはエメを失う寸前、護ることができた。僅かな奇縁と、幸運に幸運が重なって。コウが変わることになったきっかけは間違いなくあの戦いだったとバリーは思っている。

 彼は違う。眼前で戦友をなぶり殺しのように失い、ここまで這い上がってきた。


 バリーに提出された報告書には、ただ一言記載されていた。

 

『ロクセ・ファランクスによるアラトロン部隊の威力偵察時、ファミリア装輪装甲車部隊唯一の人間パイロット生存者』



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


いつもお読みいただきありがとうございます! 誤字報告助かります!


実は登場時から描きたかったエピソードトップです。ようやくここまで辿り着いた、というのが実感です。

気弱な青年が、エースへと成長する契機と一兵士視点からのネメシス戦域を語る上でのキーとなってもらう予定でした。登場遅れました! 今からでも間に合うかな?


彼は復讐者(アベンジャー)ではなく、オケアノスの法で裁けないストーンズへの誅伐者(パニッシャー)の性質を持ちます。

戦闘技能はコウより下です。場数が違いますので。ですがコウ以上の戦闘マシーンですね。彼の矛先は旧傭兵機構に向かう予定でしたが、コウとPに潰されたのでアンティーク・シルエットという上位存在に向けられることになりました。ストーンズやマーダーは優先してファミリアを殺しますからね。

そして一般転移者どころか現生アシア人です。生まれた時からファミリアに世話され育てられ、惑星アシアはすでにストーンズの侵攻が始まっていたのです。


超AIたるアシアとの接点もありません。最低ランクの構築技士ランクはファミリアを喪った深い慟哭と機械との親和性を育んだ結果です。

危険な兵站任務をこなし、中古のラニウスAをようやく購入して戦っています。


流派はタイ捨流です。作者の父方の田舎が熊本県、合志とか菊池近辺なのでだったりするから採用しました。今はドリフターな人で有名ですね! ちなみにかの人物の取材で関ヶ原から捨てがまりして撤退して死亡した距離を実際に車で走りました。徒歩は無理です… 結構な距離がありましたね。島津凄い。

菊池と玉名が誇る同田貫なる刀がありまして。実戦重視の剛刀であり、美術品の価値は低かったりするのですが、そこがいいと思います!


剣術はコウと同じぐらい。おそらく生身ではアノモスのほうが強いです。もっこすな師匠とセリアンスロープたちにしごかれています。

こいつ主人公のほうがよくね?と思った方! コウがいなければ兵器開発発展がありませんので彼は主役にはなれないのです。外伝やⅡがあるなら十分主役になる資格はあると思います。



次回、降下作戦に戻ります。コウとアノモスが邂逅します!


菊池は菊池槍もあるよ! 熊本方言はフレーバーです!

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