主従の真相

「発端はI908要塞エリアで、敵の首魁であるヘルメスと接触したところだ」


 ヒョウエが眉をぴくりと動かす。やはりコウも気付いていたのだ。


「人物評はそうだな。理想的なリーダーといったところだ。明るく爽やか、かつ老獪。清濁併せ呑み、胆力がある。神話のヘルメス神と同様、悪漢たちや神秘主義者たちを惹きつけてやまない人物だ」

「べた褒めだな。それは元になった人物が影響したのではないか?」


 ロバートがさすがに褒めすぎだろうと口を挟む。


「違う、と言い切れる。半神半人は魂が虚ろだから性格が肉体に引っ張られるんだ。カストルがそうだったように。ヤツは違う。おそらく超AIヘルメスの性格そのままだろう。陽気で多彩、芸術にもスポーツにも造詣が深い。傭兵たちからの人気も高いよ」


 元の肉体となった人物をよく知るコウは、断言できた。兵衛は目を瞑ったままだ。


「それほどまでの人物かね」


 ファミリアのリックが唸る。


「そう。だからこそ、だ。ストーンズという組織は遠からず割れる。とっくに割れているかもしれないな。ヘルメスでは絶対平等を標榜するストーンズを御しきれない。魂はどうか不明だが、彼らには意識も意志があるからな」


 コウが核心に迫る。ヘルメスとストーンズという相反する存在に。


「ヘルメスはストーンズの創造主だ。彼らは石となり、永遠と平等を手に入れた。平等は彼らカレイドリトスになった者だけに適用されるが…… 半神半人は違う。今のヘルメスを見てどう思うかだ」

「名目上、半神半人の間では平等だろう?」

「元となる人間に性差、個体差がある以上、完全平等にはほど遠い。彼らは人間の肉体など手に入れるべきではなかったんだ。同じ半神半人なのに、埋められない差がある。そこに肉体を持ったヘルメスが現れた」

「肉体を持ったヘルメスか。同じ立ち位置に立ったからか? 現人神というものか」

「真相はシンプルだよ。ヘルメスはどんな状態だって、半神半人の創造主という立場に変わりはなく、ストーンズの盟主なんだ。しかし現実には彼の周りにいる者は半神半人ではなく、敗北者であるはずのヴァーシャとアルベルトの二人なんだよ」

「……構築技士の側近は便利だろう? 何が違うんだ? そりゃ半神半人は面白くないだろうがな!」


 ケリーはヘルメスがヴァーシャとアルベルトを連れていることは不思議だと思わない。技術封印されたネメシス戦域において優秀な構築技士を傍に置くのは当然だといえる。


「それだよケリー。平等に差が出るときの指標としては成果主義だ。利益を出したものと、損失を出したものを平等にすると悪平等だからな。まずその時点でアシア大戦敗北者であるヴァーシャとアルベルトの立ち位置がおかしいんだよ」

「なるほどな。それは言える。彼らは失敗者であり、ストーンズの通例なら有機肥料になっていてもおかしくない。いくら人材不足といえど、どんな軍隊でも敗戦の責任は問われるだろうさ」


 経営者としての面も強いケリーが納得する。


「ヴァーシャはとくに超AIを信奉している。彼にとってヘルメスはまさに顕界した神そのもの。しかし当の絶対者ヘルメスはヴァーシャや、傭兵のバルドにだって敬う演技ができるんだ。ひょっとしたら演技ではなかったのかもしれない」

「というと?」

「ヴァーシャとアルベルトはヘルメスに忠誠を誓っている。ヘルメスもその忠誠を疑ってはいない。――本当にそうなのかなと話していて思ったんだ」

「何が言いたい」


 コウにしては遠回しな言い方だ。コウ自身、言葉を探しているようだ。


「ヴァーシャ自身が気付いていない可能性もあるが…… ヘルメスこそが、ヘルメスの願いを叶えてくれたヴァーシャに寄り添い、忠誠を誓っているのではないか。ふとそう思ったんだ。ネメシス星系の超AIは、どんな個性をもっていようと根幹は『人と寄り添う』こと。例外はきっと『森羅万象を統べる』役割を持った超AIゼウスぐらいではないかと思う」


 コウにアシアや数々のAIが寄り添ってくれているように、ヴァーシャにはヘルメスが、ヘルメス自身が寄り添っている。そうコウは感じたのだ。


「なんだと! ――ネメシス星系の超AIである以上、原則は同じ。当然か」

「ヘルメスの好意は自分に協力的なアルベルトやバルドにだってあるだろう。バルドとはずいぶん剣の修行をしたそうだからな。人と寄り添う超AIが嫌いになる要素がない。ヘルメスが口にした『バルト様』に違和感は一切なかったんだ」


 このコウの推測はバリーにとっても初耳だった。


「ふむ。彼らに寄り添うから、ヘルメスは彼らが好むような主人を演じている、可能性もあるか。ヘルメスにしては好意を抱いている人間に対して演じている意識すらないのかもしれない」


 キヌカワは、ながらく超AIと触れあっているコウだからこそ、理解できたのかもしれない可能性に気付く。


「I908要塞エリアで知ったんだがヘルメスの側近というか遊び友達もたくさんいる。バンドマンにスポーツのチームメイトだ。そんなものに参加する奴は人間の傭兵ぐらいで、彼らの間ではカリスマ的存在さ。娯楽や競技だから優劣がつくので半神半人は参加せず、そんなものを復興させるようなヘルメスに不満を持っているだろうな」

「何のために絶対平等か、創造主自ら否定とは彼らも惨めですね。同情はしませんが」


 クルトが続けて質問を投げかける。


「しかし人間に寄り添う超AIがアシア同時制圧など行うでしょうか?」

「人間、超AI含めて、気にかけていない存在はその他大勢に過ぎない。どうでもいいんだ。ヘルメスの野望は知っている。だからといってヴァーシャやアルベルトをないがしろにする理由にはならない。むしろヘルメスはこの時代になってようやく寄り添うべき人間を見いだせたのかもしれない。目的達成後は彼らに恩寵を与えるかのように振る舞って、新しく創世した世界で、惑星でもなんでも好きなものを与えるかもしれない」


 ヘルメスの野望。それは新たなゼウスとなり、ゼウスの権能を手に入れることだ。

 もう一つは肉体を保有することだが、それはヴァーシャによって悲願が果たされている。


「となると半神半人は……」

「ヘルメスは個の人間として意識していない。アルゴナウタイという軍事組織を動かす部品。それこそ生体機械かAIなんだろう。ヤツが作ったリトスなんだ。当然、その扱いに気付く半神半人はいるだろうし、人間の肉体を持った彼らが納得するかどうか」

「そこまで不平等に扱うか?」

「そうでも考えないと理解できない。体面上でも側近なりに半神半人がいる必要があるとは思うんだが、周囲にはそんな気配がない。酔っ払ったヴァーシャとバルドをヘルメス自ら迎えにきて抱えて帰っていったんだ。ヘルメスには付き添いの半神半人がいなかったよ。それこそ肉体に執着を持つトップが、さ。おかしいだろ?」

「むぅ」

『私もコウの意見に賛同するわ。おそらくカレイドリトスには魂と呼べるものの複写は失敗しているものが多いはず。つまり表層人格をコピーしたに過ぎない。そんなものに超AIが寄り添うはずもない。従来の半神半人はモノ扱いだった。でも転移者は違う。ヘルメス神を模した超AIなら、軍人だったヴァーシャや砲撃卿のアルベルトは寄り添うに値する人間ということだったのね』

「ヘルメスについてはあくまで憶測だ。ここまでにしよう。問題は――その他大勢の機械扱いされている半神半人が、納得するかどうかだな。俺はしないと思う」

「しないだろうさ! 彼らはまがりなりにも今は肉体があるんだからな!」

 

 ケリーだってそんな環境に置かれたら、不満を持つだろう。相手が創造主であるにしてもだ。


「アルゴナウタイは一枚岩ではないはずなんだ。ヘルメスを崇めるヤツもいれば、ストーンズの理念が絶対の原理主義者もいる。おそらくその違いは、元になった人間が持つ性格に左右されるんだろうな」

「意識せず、ヘルメスに反感を持つ者もいれば、絶対者として崇拝するものもいると」

「何せ自分では肉体が決められないんだ。彼らは半神半人などになるべきではなく、宇宙の片隅で石のまま平等に過ごしたほうが良かったのかもしれない」


 コウが皮肉めいた笑いを浮かべ、すぐに真顔に戻る。


「あと俺自身がはヘルメスを殺せるかどうか、の話だ。現在のネメシス星系混乱の原因は間違いなくヤツだ。シルエット戦なら躊躇なく殺せるな。暗殺は無理だ。甘いかも知れないが大義を失うし、超AIとしてのヘルメスが暴走しかねない」

「甘いなぁ」


 フリギアが小声で感想を漏らす。


「理想的なリーダー像といったわりには殺せると断言するのか」


 ロバートが唸った。これはコウの変化だ。フリギアは甘いと判断したが、少なくともアシア大戦前のコウなら惑ったはずだ。


「動くなら今だ。今アシアは四人確保しているし、フリギアもいる。封印されたアシアのなかには場所を変更された者もいるが追跡はある程度可能になった。封印の復号はアシア自身の意志と関係性によるもの。転移直後からアシアの声が聞こえていたA級構築技士ならシルエットによって復号が可能なはずだ」


 惑星アシアの立体ホログラフが投影される。各地に光る要塞エリアがいくつかある。そこがアシアが封印されている場所だ。


「できるだけ早期に作戦を開始したいところだな」


 ロバートが惑星アシアのホログラフを睨む。


「俺たちにフリギアがいるように、奴らにはバルバロイの他にも、何らかの超AIがいる。何を画策しているかわからない。こちらも早期に構築、前線に出す必要がある」

「何らかの超AIとは?」

「確証は持てないが、惑星管理超AIのエウロパ。アリマはオリンポス十二神であるディオニソスを疑っている。両方かもしれない。バルバロイは自ら機械化することで惑星間戦争時代の技術を一部継承している。これが惑星アシアのアルゴナウタイにもたらされている可能性は高い」

「我々にはフリギア、敵にはエウロパとディオニソスですか」

「そういうことだ。マテリアル関連や重工業の技術は敵のほうが上の可能性だってある。ヘルメスが動けない以上、当面の敵は彼らになる可能性も高い」

「ヘルメスが動けない? 何故だ?」

「ヘルメスは詰みの状態なんだよ。だから策謀を巡らせたとして、本人は軍事行動は起こせない。その理由は――」


 コウが目を瞑り、考えを整理する。会議に出席している者、全員が彼の言葉を待った。



 

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いつもお読みいただきありがとうございます! カクヨム版後書きです!


ヘルメスという存在とストーンズの理念と現状の矛盾。読者の皆様も気付いていた方も多いはず。

直接接触したからこそ、コウは決断できたのです。今回はトライレーム重鎮と認識のすりあわせ、一種の答え合わせです。


指揮系統が存在し縦社会が絶対な軍隊と半神半人の理念は相反するもの。誰も無能な者の指揮下につきたくはなく、またその肉体の選定基準は曖昧で個体差も激しいです。

宇宙の片隅で石として漂っていればこんな苦しみを味わうことはなさそうですが、リトスのなかには無窮の時間というのは拷問だと気付いた者もいるかもしれません。


絶対平等としてならおそらく両性具有で個体差なし。かの有名なホラー(SF?)小説、某貞○さんがそんな存在であり彼女が普及した人類は滅亡します。

今は概念が独り立ちして映画でたびたび復活しますね!

ストーンズも絶対平等と個体差否定した時点で詰んだのかもしれません。


今後とも応援よろしくお願いします!


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