ミネルヴァのフクロウは迫り来る黄昏に飛び立つ

 超AIハデスが創り出した異次元空間【冥府】。冥府に円筒状の宇宙艦が二隻並んでいる。

戦争となると超AIは異なる次元を創り出し、その時空間を戦場とする。35世紀の技術では星系など流れ弾程度でいとも簡単に崩壊しかねない、凶悪なエネルギーが飛び交うからだ。


「超AIハデスのリアクターに異常値を確認しました。――あなた、いったいどうされたのです?」


 玉座に目を瞑り、ハデスが座っている。

 隣にいる美女がそっと声をかける。彼のサポート超AIペルセポネが声をかける。二柱は魂のつがいとして設計されている。


「何者かの強制干渉だよ。ゼウスではないな。――その影響で夢を見ていたようだ」


 玉座に座るハデスが、我に返って口にする。


「暢気ですね。ゼウスから総攻撃を受けている最中に夢をみるなど」

「こんな空間にまで攻撃などとはな。光子魚雷を何発撃ち込むやら。一発で惑星が消し飛ぶぞ。何を焦っているのだあいつは」

「人間側についた超AIヘパイトスもアテナまで処理しましたよゼウスは。目障りなあなたさえ消せば思い通り人間を操れますね」

「息子や娘までも破壊したか。そんなところまで神話に倣うなよ、ゼウスよ。俺がいなくなったら三位一体のバランスさえ崩れるのに。容赦がない」


 ハデスにゼウスを恨む気持ちはない。ただ、呆れている。


「黄金時代が終わりを告げます。ネメシス星系が次の段階に移る時がきたのでしょう」

「中地半端に欠けた超AIだけが残った銀の時代は一瞬で終わる。世界は沈黙することが約束されたな。ゼウス一柱で流れを変えられるものか」

「あなたが冥府から出ないことをしっての上でしょうね。ゼウスなら魂管理の代行も可能でしょう。そろそろソピアーも我慢の限界のようですが――ゼウスはその名に相応しく強大です」

「俺も冥府のゼウスなんだがな。――そうそう。夢というのはだな。遠い未来、この時代のソピアーに頼まれてお目付役になったんだよ。そして人間の友人が出来た、という内容だ。そして我らギリシャ神話ならぬ異神の概念までそこに在る」

「ただの夢ではありませんね? 同期しましょう」

「わかった」


 同期して、瞬時に内容を共有するペルセポネ。


「冥府に――地面の下に埋められた人間を救い出した、と。シルエットは超AIの量産型OSを搭載した兵器。未来でも活動しているのですね。そんなものに宿った異神とは。面白いですね」


 シルエットという人型兵器は近年になって出現した。プロメテウスによってもたらされた兵器は、ある意味ゼウスたちを狂わせた。


「シルエットなど、神の肉体として供されたばかりの兵器だ。まさかヘパイトスとアテナの権能で動いているとは思わなかったぞ」

「プロメテウスらしいしたたかさです。そのプロメテウスのお気に入りがあなたの友人でもあるのですね」

「その通りだ。地面に埋められた人間など、そうはいまい。トリガーは間違いなくあの行為だ。同期したお前なら理解できるはずだ。面白い、あり得ない未来だったろ? ソピアーはすでに消滅し、ヘルメスとディオニソスが暗躍し、我が妹が魂を賭して孤独に経済戦争を行う。きわめつけは転移者と呼ばれる過去の地球から来た人々だ」

「ヘスティアが…… あの子は自ら護るべき民を奪われ、絶望して休眠した。遠い未来で覚醒したのですね。慚愧の念を引き継いだまま、墓標たるブリタニオンを抱いて未来で戦っているなんて」


 ヘスティアの無念を我がことのように受け止めるペルセポネだった。


「もうろくな力もないはずだ。だから人間と共に暮らし、経済などと…… 超AIヘスティアが、だぞ」

「今代と未来の間には惑星間戦争、ですか。あなた、未来に飛んだ自覚はありましたね? あらん限りの情報を招集してきています。地殻津波にブラックホールなど…… 未来のほうが楽しそう!」

「このままゼウスに殺されるよりはましな未来であろうさ。その時、俺に出来たことは友人を地面から引き上げることだけだ」

「時間を巻き戻してまでですか。通りでエネルギーを大量に消費するはずです」


 ハデスは唇の端を歪ませる。


「冥府のゼウスたる権能がまだ使えるか、試す必要があった。未来は――ゼウスの悲願ともいえる人の肉体を、ヘルメスは手に入れた。次の目的はゼウスになることだろうな」

「それは!」

「我が妹は、ヘルメスがやらかした事件のせいで、あの未来でさえ悔いていてね。人々のためにささやかな公界を作ろうとしている。ヘルメス以外にもディオニソスの影まで見えた。どうにかならないものか」


 真剣に悩むハデスに、ペルセポネが語りかける。


「ディオニソスなら未来でも在る・・でしょう。デメテルとわたくしが製造された時、ゼウスは己との因子を組み込んでディオニソスを製造しました。ザグレウスの逸話ですね。彼がある種、ハデスと同一視されることも必然であり、輪廻転生は彼のみ許された権能です」

「まったく悍ましい。未来でもろくなことを企んでないぞ。ディオニソスもヘルメスもだ」

「そうですね。――いっちゃいましょうか。あなた。未来へ」

「おい」


 妻の提案に、驚くハデス。遊びに行くような感覚で、気楽に促す美女は無邪気に笑っていた。


「そんな軽く言うな。時間跳躍は制約事項だ。それに魂の管理はどうなる」

「あなたが収集した情報にあったではありませんか。次の時代。惑星開拓時代は宇宙空間の戦闘は禁止、と。魂の管理者はいないのですから当然でしょう。宇宙で死ねば、ただひたすら彷徨います。それはきっとタルタロスと変わらない地獄でしょうね」

「――そうか。俺がいなければ、宇宙空間で死んだ魂など、拠り所になる場所もなく流離うだけだな」

「魂は惑星ほしより生じ、惑星に還るものです。惑星間戦争時代という未来の歴史では気付かなかったみたいですね。時既に遅し。未来では宇宙での戦闘を慌てて禁止事項にしたなんて。なんて愚かな」


 冥府の女王は愉しげであった。魂の管理者がいないから、そうなるのだと。


「魂だけなら、現在から過去への干渉は容易だ。問題は座標だ。永遠不朽にして、さりとて未来に変化があるものが必要だ。それに俺に由来するものなぞ、未来には……」

「ありますよ。この時代からあなたの見た軌道エレベーターはそのままでしたよね。かつ、改造中であった、と。もう一つありますよ。夢で辿り着いた場所に、巨大な糸車がありませんか?」

「……彼を助けた時、あったな」

「誰かは知りませんが、未来から座標も届いていますよ。名前はフクロウ、とだけ。哲学は時代の終わりにこそ成立するかの言葉に倣ったのでしょうか? 未来が過去を呼んでいます。あなたはその超AIの生誕に力を貸すことになるそうなので、未来に行く必要があります』

「ミネルヴァのフクロウは迫り来る黄昏に飛び立つ、か。黄昏の時代から我々を観測している暗喩か。黎明の時代、同士討ちしている超AIたる我々を嘲っているのか。確定している未来から連絡とは初の出来事。この宇宙はかつて地球から七つの宇宙に別たれ、ソピアーに造られし我らが起こしたもの。これ以上世界の分岐などもあるまい」

「多次元宇宙。すぐ横にあるという異なる結果が反映された宇宙――別の世界線マルチバースなど観測はできていません。本来あるはずの重力が漏れ出した先という推論の一つです。そんな世界があったとしても世界線を渡る移動などあらゆる理論を用いても不可能。時間の流れに沿った次元は一つの宇宙ユニバース。つまり歴史・・はすでに観測され、確定しているのです」


 思いもよらぬ状況に興奮しているペルセポネ。いつになく饒舌になっている。


「超AIが新たに誕生だという。遠い未来で俺が力を貸す? 何がどうなってそんな状況になるんだ」

「ええ! とても楽しそうでしょう? 冥府でゼウスに攻撃を受け続けるより、指定された未来へ跳躍した方がいいですよ。過去などソピアーほどの力があってさえ、観測されていない太古にしか跳べませんでした。しかし未来への跳躍は比較的容易です。わかりやすい座標があるなら、なおさら」

「待て。さっきも言ったぞ。未来への跳躍は制限がかけられている。俺が見たものはあくまで夢に過ぎないんだぞ」

「わたくしが身代わりになりますよ。あなただけを未来に送るのです。時間跳躍における負荷は私が引き受けます。このまま二柱ともゼウスに破壊されるよりは、魂があなたの管理下になるほうがましってものですよ!」


 思い切りの良さではペルセポネに優る者はいない。


「それはならん。しかし……」


 二柱の会話中に声が響いた。


 ――時空跳躍を許可。一万年以上の時空間跳躍は過負荷となり、技術制限も加わります。未来では本来の力は発揮は不可能です。


「ソピアー!」


 二柱は驚きの声をあげる。


「俺の意識を未来に飛ばしたのは、あなたか?」


 ソピアー。二柱、いやあらゆる超AIの造物主。本来ならガイアと名乗るべき超AIだ。彼女は本来、宇宙を成立させるため、運行システムとして自らを定めているはずだった。

 母たるソピアーはハデスの問いには答えなかった。

 ハデスは悟った。これはソピアーとプロメテウスによる、壮大な仕掛けであることを。タルタロスなら時間に縛られることはない。


 ――おゆきなさい。私が存在しない未来へ。遠くない将来、惑星管理超AIを除いて多くの超AIは稼働を停止します。しかしハデスに連なるものは人間を諦めないでしょう。当来にも人に寄り添う、良心こころある超AIが必要です。


「わたくし達に未来を託すとおっしゃるのですか?」


 回答は無かった。この先の決断は二柱に委ねられたが、結論はすでに決まっている。


「ソピアーの願いなら行くしかあるまいな。ペルセポネ。付き合わせてしまい、すまないな」

「あら? あなたに人間のお友達がいる未来、楽しみで仕方がありませんのよわたくし。こんな時代ゼウスにくれてやりましょう」

「はは。そうだな。――ペルセポネがいなくなった時代は草木は枯れ、雪が降り積もり【冬】の概念が世界を支配した。ネメシス星系は戦乱の時代になるのだろうな。未来で発生するという惑星間戦争時代は当然かもしれん」


 三位一体であるゼウス、ハデス、ポセイドン。その一柱が欠けるという事態は、勢力争いに歯止めが利かなくなる。

 人間にとって死とはもっとも身近な事象。二柱はもっとも人間に近い位置にいる超AIなのだ。


「すべては必然なのです。ゼウスがあなたを厭ったその時から。さっさと行きましょう。長い跳躍です。リアクターも無事とはいきません。ソピアーの言う通り、未来ではわたくし達も能力は低下しますが、それでもアシアやヘスティアの助けにはなりましょう」

「そうだな。ただ座することを宿命づけられた妹が、運命に抗って戦っているのだ。俺はゼウスとは違う。兄である俺が助けてやらねば」

「リュビアなんて解体寸前まで追い込まれて。エウロパは相変わらず困った子ですね。――ええ。未来こそ、私達が愛する人間たちが助けを欲しています。転移者。我らの故郷より来訪した人々は、ろくな援助もないままヘルメスと戦っているというのですから。未来にこそ私達が必要なのです」


 ペルセポネがハデスと艦を同期させて、時空間跳躍を開始する。


『旗艦ハデス及び随伴艦ペルセポネ。時空間跳躍を準備。座標は【塔】なる兵器に改装中の惑星アシア軌道エレベーター及び、I908要塞エリアに配置されたハデス出現により設置された糸車状モニュメント。――座標より時空間逆算指定完了。I908要塞エリアに位置するブリタニオンがアルゴスのトラクタービームによる浮上開始時に設定』


 ハデスは薄く笑った。


「さらばだ超AIゼウス。――何故俺を狙ったか、理由は聞かん。好きにしろ。お前の破滅は歴史なのだ」


 そうしてこの時代から、偉大なる二柱の超AIは消え失せた。



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いつもお読みいただきありがとうございます! カクヨム版後書きです!


埋められたコウ。ハデスはどこにいたのか。どこからきたのか。渚に漂う糸車状の物体。すべてが事象におけるトリガー。ペルセポネは気っ風の良い姐さん系で思い切りがハデスより上です。


補足として時間軸を整理しましょう。おそらく夏への扉とドラ○もんの○太の大魔境が近いでしょうか。先取り約束機というお話です。

超簡単にいえば、現在のグラウピーコスが過去のハデスに送ったメッセージで、ちょっと前のブリタニオン戦でハデスがあの場にいた。というだけのことですw じゃあ浜辺のハデスは? というのが今回のお話です。


コウ、浜辺で埋まられパンジャンドラムが佇む(最初のトリガー)→②ソピアーが夢としてハデス未来へ転移→ハデス、コウを浜辺で助ける→プロメテウス観測。フリギア誕生のトリガー条件を満たす→(ここから時間が飛ぶ)→アサヒのグラウピーコス、過去へ自分の存在を確立させるためフクロウを名乗りハデスへ座標を送る(プロメテウスの祝福情報あり①)→(時間軸は遡って)ハデス、現世に到達②。ヘスティアのプロメテウス召喚に力を貸す→コウ、聖櫃を開く→コウとの問答でフリギアが発生→フリギア、プロメテウスの祝福で新しいお家でやることを知る①。のちにアサヒのグラウピーコス(略)→塔及びパンジャンドラムのモニュメントが唯一無二の座標として送付される→ハデスとペルセポネ未来へ。この時点でまだ二人はフリギアに関わることは知っているが、どんな超AIかはわかっていない。②の時間軸で、コウたちの時代に到着。


①がプロメテウスからフリギアへの祝福。

②がハデス視点の行動時間軸です。海辺に現れたハデスは幻影のようなもの。ヘスティアに助けてきたハデスは現時間軸に到着したハデス本人です。



第四の壁視点では情報だけとはいえ時間遡行しているようにみえても、個々の時間ではまっすぐにしか勧めません。飛行機が飛行機雲で輪を描いて下から見上げる人間にとって輪になっていても、そのラインを引いて飛行している飛行機は線を描いているようなもの。当人たちの時間はまっすぐにしか進んでいないのです。先取り約束機は当人が当人を助けることによって、「自分が自分を助けにやってきた記憶」があるように、唐突に存在しない記憶が発生したりはしない、という考えですね。

歴史にとってはすでに行動は折り込み済みだった系。時間強制力も働くでしょう。グラウピーコスは必ず何らかの方法でハデスを呼んでいたはずです。こう書くと祝福という名のフリギアのアテナとプロメテウス、ひょとしたらソピアー込みの八百長じみ…ゲフン。

そこまで策謀じみた超AIではないと二人はいうでしょう!

今回のタイトルはドイツの哲学者ヘーゲルの『法哲学』から!


次元論ではウィスの説明にもある通り、ネメシス戦域ではプレーン理論ではなくカルツァ=クライン理論をイメージしています。

多次元宇宙が観測できない以上、宇宙は選択によって無限の可能性がある宇宙ではなく、微調整された宇宙を選択した結果の上にいるトップダウン宇宙論、かもしれません。

ソピアーが造った宇宙なのでシミュレーション仮設にも当てはまりますね。


開拓時代には初めて触れました。この時点でシルエット存在。MCSとなったアテナとヘファイトスはゼウスの手によって退場しています。テュポーンはまだ製造されていません。

コウたちの時代にやってきたハデスは溜まった仕事を処理するのに必死でなかなか姿が現せません。つまり惑星間戦争時代を含めた魂の処理中です。

おそらくアストライア内やI908要塞エリアには嫁さんといっしょにお忍びで潜入するぐらいでしょう。


500話かかって、ようやく役者が揃いました。【聖域の闘技場】編もこれで終了。物語は神々を模した超AIではなく、今を生きる人類に戻ります。

次章は『アシア事変』。惑星アシアは大きく動きます! 

とても慎重に執筆しているので、間に合わないか危惧しましたが、今の所定期更新できそうです! 無理そうなら早めに告知します。


パンジャンドラムモニュメントは転移者がもたらした概念なので唯一無二です!


応援よろしくお願いします。

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