機制の火

 コウにとってはつい先ほどの話だ。


「俺と五番機が【永遠の火】が使えない? 何故だ」

『話すと長くなるから割愛。あとで説明するけど、使えないと思って』


 アシアが申し訳なさそうに伝える。ヘファイスティオンの逸話を語るには時間があまりにも無さすぎた。


「仕方ないさ。使えないなら、そんな機能は無い前提で工夫するしかない」

「私、そういう工夫する人が大好きなんですよ!」


 フリギアが目を輝かせる。


「私達にある手札はこの戦車ゴルディアス制御中枢と五番機のみ。あとはブリタニオンと。――十分です。今から新しい火をゴルディアスの演算能力を使って、MCSと相談して組み上げますね」

「え?」

「プロメテウスの火はヘファイトスの火と同時に、アテナの火でもあるんですよ。つまり私には改良する権利があります」

『フリギアのアテナならではの権能ね』


 アシアが感嘆の声をあげる。誕生したばかりだというのに頼もしい。


「完成!」

「早い!」

「新しい火の名こそ【機制の火メカニクス・ファイア】。アテナの異名の一つΜαχανιτιςマカニティス。考案者。策謀する女とも。アテナに対していいがかりですね! 直訳すると機械の火とも読めます。プランを組み立てることから転じて機械機構メカニクス。【機制の火】は心に潜む潜在的な防御機制も利用して発動する、アテナの火です」

「アテナはアレスのように侵略する戦争ではなく、防衛のために戦う女神だったな」

「その通りです! アイギスを代表に守護の権能こそがアテナです。そのアテナの火を説明します。効果は永遠の火エターナル・ファイアよりも強力です。機械機構が多いほど、制御を担うアテナの権能は強くなる。――ウィス出力は永遠の火と同程度ですが、私の火はスラスターの耐久力と出力も限界値まで引き上げます。全身スラスターだらけの五番機との相性は抜群です」

「恐ろしい権能だ」

「その代わり、リアクターだけじゃなくてスラスターも吹き飛びます。代償も【永遠の火】よりも大きいです」

「仕方がない。交換で済むんだ。使うものではないからな」


 コウに逡巡は無い。本来なら命を喪う機能なのだ。


「鬼札を一つ。ありがたい」


 そうしてコウと五番機は、【機制の火メカニズム・ファイア】を手に入れたのだ。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆



「馬鹿な。押し戻せないだと!」


 アナザーレベル・シルエットは文字通り別次元。装甲も出力においてもだ。本来万全なら、陽電子砲さえも使いこなせる。カラヌスはいわゆる量産に近いものだが、それでも現行シルエットなど遠く及ばない性能を誇る。

 プロメテウスの火とやらを用いたとしてもその差を埋めることは不可能なはずだった。


「対ヴァーシャ戦に備えてスラスターを増加しておいたんだが、まさかこんな時に役立つとは!」


 コウは運動性向上のために五番機のスラスターを増やしていた。今や【機制の火】の恩寵を受け、どのスラスターも絶大な推力を持つ。


「しかし! 十秒持ちこたえたら俺の勝ちだ。貴様は宇宙を彷徨う塵になるのだ!」


 傍受した【永遠の火】の概要が確かならば、十秒経過すればリアクターが自損する。

 ゴルディアスの力をもってしても、MCSが働いていないシルエットなど敵ではない。


「――そら。すぐに十秒だ!」


 アレクサンドロスⅠが勝ち誇ったように叫ぶ。

 コウにも通信が届いたほど。よほど鬱屈がたまっていたのだろう。


「策略というのはね。色んな手札を組み合わせるものなのです。――死になさい。アレクサンドロスⅠ」

 

 フリギアが冷酷な視線を送りつつ、カラヌスに宣告した。


「――九秒経過。【不撓不屈】」

『【機制の火】残り0.1秒。【不撓不屈】を発動します』


 五番機のリアクターと全身にあるスラスターが負荷に耐えきれずに脆く崩れ去ろうとした瞬間――

 時間が巻き戻るかのように、リアクターとスラスターが復元した。


「馬鹿な。何故動ける! ヘスティアめ! また謀ったか!」


 絶叫するアレクサンドロスⅠに、あらぬ疑いをかけられたヘスティアは、広場でうんざりした顔をしている。なんでもかんでも彼女のせいにされてはたまったものではない。

 隣にいるハデスは笑いを堪えていた。


「あはは! さいっこう! これがプロメテウスの贈り物! 東方アシアアテナ。オリンポス十二神の私では不可能な東方概念の組み合わせ!」


 フリギアの視線がカラヌスに突き刺さる。輝く瞳を持つというアテナそのものだった。


「プロメテウス。お前、相当やらかしているぞ。東方概念の強引な解釈もだ」


 ぼそっとハデスが呟き、隣のヘスティアが目を逸らしつつ頷いた。東方の化身たるアシアは言葉もない。


の概念はクールでイカれてるもの! 私ね? MCSのなかで鋼の肉体を持つという東方のおじさまに教わったの。『からだつけて一戦いくさせん』。戦女神たる私ですら感嘆する戦意! リアクターが壊れたぐらいでコウの五番機は止まったりしない。物質への時間遡行に必要なウィスも戦車からの供給でたっぷりある。機体の即時復元など余裕!」


 思わずアシアはフリギアを凝視する。にっこりと笑い返すフリギア。


「死してなお戦を欲する概念に加え、アテナの異名そのもの――【機制の火Makhanitis】の合わせ技。とくとご覧じろ」


 五番機の制御に必死なコウはフリギアの言葉を聞き逃す。


「今の五番機は【機制の火】の効果などない。しかしここまで運べば、あと少しでブリタニオンに叩き落とせる!」


 【不撓不屈】でリアクターやスラスターが復元されたとはいえ、効果そのものは切れている。

 ゴルディアスから膨大なエネルギー供給が続いている以上、押し切れる。


 そう思っていたが、徐々に落下が減速する。カラヌスもまた、莫大なエネルギーを用いて五番機に抗っていた。


「聞こえるかな。――ヘスティア。戦闘機はそのままですよ? 炉床の女神たる権能、今こそ見せてくださいね」

『私の数少ない権能まで計算に入れるとは、アテナ。貴女は相変わらず容赦ないわね。――今はフリギアか。ありがとう』

「アテナ? フリギア? 何のことだ!」


 何も理解できていないアレクサンドロスⅠが左右を見回す。フリギアを認識できないのだ。

 押し返すことはできず、ブリタニオン内に突入する。


「頼んだ。ヘスティア!」


 コウも踏ん張り所だ。あと少しでブリタニオンに落とせる。目標は闘技場中央の、針のような戦闘機だ。一目みて、あれしかないと踏んだ。

 床は貫通するかもしれないが、ブリタニオンのリアクター外壁はアナザーレベル・シルエットの装甲よりも強固なはず。カラヌスを破壊する唯一の好機だ。

 あえてウーティスともエンプティともいわず、語りかけるヘスティア。その言葉が彼に届かないことも知っている。


『人々の中心。炉床の女神ヘスティアの権能を発動。我、決して動かず。我が炎、決して絶えず。すべてのものよ。我の元へ集え』


 重力が増す。炉床の女神ヘスティアの権能。すべての中心となり、不動なもの。

 不動の中心には槍のようにそびえ立つ戦闘機。

 

「ブリタニオン中心部で重力が増している?」


 アレクサンドロスⅠが悟った時にはすでに遅い。

 すべてのもの。ゴルディアスも五番機も、わずかに残っていたライラプスの残骸ですら引き寄せる。


「――ッ!」


 最後の力を振り絞り、五番機の全エネルギーと金属水素をスラスターに注入する。

 重力が増すなかで、ゴルディアス制御中枢を地面に叩き付ける五番機。


「手を離したか! しかしこれでは!」

  

 カラヌスの落下先には、戦闘機が突き出ていた。針のような機体にはブリタニオンのウィスが通っている、もの言わぬ尖塔だ。

 動かぬ機首は穂先となり、カラヌスを貫通し、ゴルディアス制御中枢が機体にのしかかる。


「ありえん――!」


 アレクサンドロスⅠの絶叫は、ゴルディアス制御中枢によってカラヌスごと押し潰された。

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いつもお読みいただきありがとうございます! カクヨム版後書きです。


【機制の火】。それはアテナの異名Μαχανιτις です。組み合わせる者、プランナーの意でもあります。なおこの言葉はアテナだけではなく、アフロディーテにも該当します。古代ギリシャの女性観とは……

この~(ῖ)τιςにあたる部分が火や炎、そして人や女性を意味します。直訳すると機械炎などで表示されてしまいます。ὁπλίτηςだと、遡ると鎧を着た者、、重装歩兵になります。

フランス語でもmachineは女性名詞ですね! ドイツ語やロシア語もそうですが名詞に性がある国の言葉は個人的にかなり鬼門です…… 

機械と深く関係がある、オデュセウスの守護者たるアテナならではの「機械制御の火」なのです!


締めはヘスティア様です。

平等に、分け隔て無く、等しく中心である炉床の女神だからこそ。

フリギアはそれさえも計算に入れて、自らが加護する者に勝利をもたらす――ギリシャ神話の神様はだいたい身内びいきですよね。


フリギアによる合わせ技。アテナでもある自分、戦車、五番機と東方概念、槍の逸話、そしてヘスティア。

もっとも新しい超AIフリギアのアテナ。五番機と相性の良い東方の概念も含んだ彼女は、マカニティス(策謀者)の名に相応しい超AIになったのではないでしょうか。


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