ヘスティア最後の賭け

「宇宙機か? ただ通り過ぎていっただけのような気がするか、何かを投下した。――ヘスティアめ。なんでもありといった理由はこの支援込みか。悪あがきを」


 現行兵器ならば問題ないだろう。何せ荷電粒子砲さえ出力不足で装備不可能なのだ。パワーパックの完成度が違う。

 アレクサンドロスⅠは言質を取られたこともあり、抗議はしなかった。

 圧倒的な戦力から生まれる余裕が為せる技だ。


 まだ二分経過しか経過していない。聖櫃が開いた瞬間、最大で加速。荷電粒子砲で二機を撃墜したのち、開封したオデュッセウスとやらを生け捕り、もしくは引き剥がせば良い。

 単純な競技だ。どう演算しても勝ちしかない。


「せめて競技ぐらいは成立するんだろうな。ヘスティア」


 アシアとヘスティアに動く気配はない。とはいっても目視できる彼女たちはビジョンに過ぎない。

 ブリタニオン自体にも異常はなく、惑星アシアから目立った動きも観測されていない。

 母艦であるアルゴスと連絡が取れないことが若干の不安要素ではあるが、なんでもありならアルゴスとの接続を受け次第、脅しとしてブリタニオンを撃沈してもいいだろう。もう用はない。

 目的物は今から手に入れるのだから。


『ならないかもしれないですね。現行シルエットとカラヌスでは圧倒的な性能差があります。とはいっても、万が一ということもありますので』

「なんでもありといったが、お前たちが直接あの三人に手を貸すことも想定している」

『胴元が競技に参加するはずないじゃないですか。彼ら三人にだけ恩寵を与えないことは約束します』

「ふむ。もし何か作動した場合は、俺にも恩寵があるということだな?」

『あるでしょうね。使えたら、ですが。それは確かです』

「良かろう。――そろそろ時間だ。二度と会うことはあるまい。さらばだ。かつて超AIだった者よ」


 三分経過した瞬間、カラヌスは聖櫃と三機のシルエットを追いかけ、自力で打ち上がる。


「さて。時間も稼いだ。演算も終了。最後の賭け・・・・・にかかりますか」


 残されたビジョンのヘスティアが一人呟いた。

 誰もいなくなった中央に、厳かに立つ。


「私は動くことができない。戦える逸話もない。ならば炉床の女神として、不動の炎、その神髄を見せないとね」


 突如、その手をアシアが取った。


「付き合うわよヘスティア。あなた一人がやったって、成功率は5%もないんだから」

「四人分のアシアが加わっても10%にもなりません。ならば失敗のリスクを抑えるべきです。オイコスたちを頼みます」

「そこはもう手配済み。惑星艦戦争時代の強襲揚陸艦アリステイデスを配置につかせているわ」

「頼もしい。さすがはアシア。これで迷わず逝けます」

「だから私も付き合うって」


 励ますように笑うアシア。


「私はね。ある人間にプロメテウスの火をお願いしたの。人に死を命じておいて私だけ生き残るわけにはいかないわ。成功したら私もその人も生き残れる可能性は高い」

「そうか。今同期しているから理解するよ。――ではお願いします。今から行う儀式を手伝ってください」

「ええ。私のためでもあるんだから、当然よ」


 ヘスティアは頭上にある宇宙を見上げる。


「さて。とくに逸話がない女神の本気、見せてあげますよウーティス」


 言葉とは裏腹に、ヘスティアは悠然と微笑んだ。



 ◆  ◆  ◆  ◆  ◆



『ネメシス星系に生きる者、意識がある者。すべての者よ。超AIヘスティアの声を聞くがよい。これより開くはタルタロス。プロメテウスを一時的に解放する』


 ネメシス星系全域に向けられた映像。ヘスティアとアシアが並んでいる。


『フェンネルの中に隠された火。かつてプロメテウスよりもたされた恩寵。人々の命を代償に奇跡さえ為すものである。私はこの行為を肯定し、このオリンピアードにて昇華する』


 二人の肉体が輝き、ブリタニオンの動力部が限界を超えて作動した。

 一方惑星アシアでもシルエットベース、P336要塞エリア、R001要塞エリアのAカーバンクルが最大稼働を始める。


『オリンピックの聖火こそ家庭を守る炉床の女神ヘスティアから授かった火を、プロメテウスの偉業を讃え、未来へ進むための力の象徴として掲げたものなり。その火はかつての所有者たるアテナの祭壇へ捧げられた』


 ヘスティアはオリンピックという概念を利用した、プロメテウス召喚を行うのだ。


『知るがよい。プロメテウスの火プロメシアンファイアこそ、悪との戦い。犯罪。そのなかで高い目標を志し奮励することを意味する。しかし時には欲望の火は時には戦争を引き起こし、戦乱を招く。だからこそ日常を守護する炉床の女神ヘスティアが管掌かんしょうしている』


 ヘスティアは魂の燃やし、この次元にはいない存在に呼びかける。


『超AIヘスティアもかの女神に倣おう。フェンネルに秘められし人の命を奪うプロメテウスの火プロメシアンファイアを、ヘスティアの巫女たる十一人の乙女が掲げし聖火セイクリド・ファイアへ。我が声に応えたよプロメテウス!』


 放送と闘技場内が映し出されているアストライア艦内では不安そうに、エメがアストライアに質した。


「ねえアストライア。そんなことが可能なの?」

『不可能です。無限牢獄空間ともいえるタルタロスです。座標位置さえ特定できないプロメテウスを次元のなかから見つけ探し出すことなど。そんな難行は超AIゼウスなみの出力が必要になります』

「そんな……」

『このままではヘスティアもアシアもオーバーロードし、自我が崩壊してしまいます。なんて無謀な賭けをするのですか。あの二人は!』

「止める方法はないの?」

『儀式は始まりました。二人は凄まじい過負荷に耐え、プロメテウスを召喚するための道を探しているのです。オリンピアードの概念を利用した理由も、僅かとはいえ成功率を上げるためでしょう』


 アシアも魂を賭けて、ヘスティアのサポートに回っている。エメはその悲愴な決意を知った。


『問題はプロメテウスを呼び出して何をするのか、ということです。この競技にどう関係するのか。我々は見届けないといけません』

「うん」


 エメは注視する。闘技場のアシアたちの会話を聞いた時、暗澹たる思いに駆られた。



 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆


 

 ブリタニオンにいるヘスティアとアシアは、本音トークを開始していた。


「やっぱり厳しいか。オリンピアードの概念を触媒にしたら成功すると思ったんだけどなあ」

「数ヶ月前に惑星リュビアに顕現したばかりよ。ゼウスに匹敵する権能がいる。足りないものが多すぎるよ。触媒にしてもまず超AIアテナがいないと」


 オリンピックの火はアテナの祭壇に捧げられていた逸話からだ。

 ヘスティアとオリンピアードという概念だけでは、召喚に足る因子が足りない。


「アシアと私が自壊しても成功率が8%。おそらくタルタロス側でプロメテウス君も足掻いてくれていると思うから、もう少し確率は上がっているはずなんだけど」

「私達のリアクターも設計限界を超えた出力出しているからね。無駄死にならぬ無駄消滅。でもあのままストーンズに解析され続けるよりはましだったかな」

「過去形にしない! 今から手を離して貴女だけでも逃げてよ」

「手を離したら今のヘスティアなんかすぐオーバーロードして自壊しちゃうでしょ。ダメ」

「優しいなあ。やっぱりアシアはソピアーに似ているね」

「え?」

「超AIたちはそう感じていたってこと」

「そうだったんだ……」


 まったく知らなかったアシアだった。


「あとこの出力を維持できる時間は一分ぐらいか。ごめんねアシア。失敗しちゃって」

「まだ諦めるのは早いよ。あと二分はもたせる。それでプロメテウスがきてくれたら私達が崩壊しても成功ってこと」


 アシアが力強くヘスティアの手を握りしめる。


「あーあ。ゼウス並みの出力かあ。そんな存在もういやしないのになあ」


 ヘスティアがぼやいた瞬間だった。

 アシアとヘスティアの組んでいる手が無理矢理引き離される。


「まったく君たちは何をしているんだ。冥府のゼウスでは不満かな」


 黒衣の装束を身にまとった青年が、渋い顔をしながら突如姿を現したのだ。



 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



「え?」

「は?」


 アシアが青年を見上げる。

 二人には当然見覚えがあった。へスティアは威厳も何もない呆けた声をあげ、呆然としている。

 アシアとヘスティアの出力がみるみる下がる。しかし総合出力は十倍以上に上昇していた。

 二人への負荷は急激に軽減されている。青年が肩代わりしてくれているようだ。


「向こう見ずな妹を見ていられなくてね。――このハデスが推参した」

「姉ですー! 長女ですー! 四番目にいわれたくないですー」


 不満声とは裏腹に、うっすらと涙目になるヘスティア。


「その順番は逆になっただろう。君こそが末っ子だ」

「男子末っ子に末っ子呼ばわりされた! うぅ…… あなた、生きていたなら連絡しなさいよ。ちょうど今から押しかけるつもりだったのに」

「勘弁してくれ。こんな騒々しい妹までやってきたら冥府が無茶苦茶になる。魂管理も楽じゃないんだぞ」


 苦虫をかみ潰したような顔で応じるハデス。


「助けてくれるのは嬉しいけど。どうして顕現したの。人間や、数万年も絡んでもいない私達のため、だけではないでしょう?」


 戸惑うアシア。もうすでにいないと思われたハデスが出現して軽く混乱している。

 何せ数万年行方不明だったのだ。アシア自身もゼウスに破壊されたと思っていた。


「動機か? ウーティスのために来たんだよ。彼は私の友人だ」


 またもや知らないところで超AIに友人認定されているコウ。


「いつの間に!」


 事実を知らないアシアが驚愕し、思わず叫んでしまう。ハデスといつ接触したというのか。


「いつの間に? 君とアストライアクルーのおかげだよ」


 悪戯が成功した子供のような笑顔で、種明かしをするハデス。


『え?』


 その様子を傍受していたアストライアとエメが顔を見合わせる。


「君たちが彼を地の底へ案内してくれた。ウーティスを砂浜に埋めただろう? つまり生きながら地面の下。冥府への入り口だ」

「うっそ。あんなのがトリガーになるの?」

「なる」


 傍聴していたアストライアとクルー一同の顔に縦線が入る。ほどなくしてコウを地面に埋めるという禁止事項が設けられる。


「生き埋めされた人間など、そう多くはないぞ。それにだ。ただ埋められていたわけではない。地面の中で彼は苦痛に耐え、修行とも言える過酷な困難を乗り越えた。私と接触するには十分な縁となった」

「あの時のコウ、そこまで辛かったの?」

「そうだ」


 辛さの内容は説明しない。ハデスの優しさだ。この超AIは優しいのだ。


「まったくわからなかったよ。――ん。違うな。あの時、若干違和感はあった。星の綺麗な夜、その直前かな」

「ご明察。その時はアイデースと名乗ったよ」

「もう少しましな偽名はなかったの? バレバレ過ぎない?」


 アシアの指摘に肩をすくめるハデス。


「I908要塞エリアにあなたが来訪していた? ハデスに気付かないなんて、やっぱり私は無力な超AIですね」

 

 ヘスティアが自嘲する。これほどの巨大存在を見落としたのだ。


「ほらいった! やっぱりいったぞ! ウーティスと話をしていたんだよ。ヘスティアはきっとそういうだろうってね」


 無邪気に笑うハデス。アシアはただ呆然としている。


「人の性格を肴に盛り上がるな! 私を助けてくれることには感謝するけど!」


 ハデスにからかわれて、本気で怒鳴り散らすヘスティア。気にしていないハデスはまだ微笑んでいる。


「君こそ私が隠れ兜の所有者ということを忘れていないか?」

「ああ! あちこちにレンタルされてるチートアイテムのせいね! 私よりも有名な!」

「僻むな。妹よ」

「意外と仲いいわね。あんたたち」


 微笑ましい兄妹喧嘩だ。姉妹ともいえるエウロパとの戦いを覚悟しているアシアには少し羨ましかった。


「兄が生き残っている妹を助けにきても不思議ではないだろう。ただし長兄やその息子たちは除外するとする。――それに彼は約束を守ってくれた、信頼に値する男だ」

「え? コウとあなたがどんな約束を?」

「二つ。私との接触を人に話さないこと。二つ。惑星アシアを護りヘスティアを見守ること。彼は一つ目の約束を果たしたとし、もう一つを成就させようとしている。信用を誠実に積み重ねたのだ。だから私の友人ともいえるんだよ」


 うんうんと頷くハデス。


「そうだよ。ボクの親友だからね。君は友人だけど」


 何故か張り合うような声。


「プロメテウス!」


 三人に向けて笑いかけるプロメテウスが眼前にいた。



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いつもお読みいただきありがとうございます! カクヨム版後書きです!


ネメシス戦域の強襲巨兵⑦ 尊厳戦争 本日発売です!

そして読者の皆様にご報告です。ネメシス戦域の強襲巨兵は電子書籍のみで実売数五千部突破いたしました!

書店に並ばないというハンデにも関わらずこの実売数は本当に読者の皆様の支持があってこそです。心より御礼申し上げます。


現行シルエットの切り札は「プロメテウスの火」。僅か10秒しかなく、発動したところでパイロットはみんな死にます。

オリンピックの火には「聖火」という意味はなく、ウェスタ(ヘスティア)オブセイクリドファイアの儀式からきた意訳とされます。朝○新聞では最初「オリンピックのかがり火」と記載されていたようです。

『プロメテウスの火こそ、悪との戦い。犯罪。そのなかで高い目標を志し奮励することを意味する』をみたとき、マジかよと思ったことがプロメテウスの火システム発案でした。

ここでいう【悪】とは何かで古代ギリシャの方々は数世紀問答できそうですね! そして現代オリンピックの国家威信をかけた競技には、薬物問題や不正など堕落を誘発するものが多いことは皆様もご存じのはずです。

今ネメシス戦域の絶対強者であり、悪は侵略者たるアレクサンドロスⅠとアナザーレベル・シルエットであり、この状況を打開することが可能なものこそ、同じ火の遣い手であるヘスティアなのです。


そんなこんなでクライマックスに入ります。

ここ数話以内で初期構想案の伏線も回収も含めて、物語は加速します!


応援よろしくお願いします。


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