【塔】

 宇宙要塞【アルゴス】の残骸は急速に惑星アシアの重力圏を離脱していく。もはや制御が不可能な状態だ。


 一時間前のことだった。

 宇宙要塞【アルゴス】は混乱していた。送り出した無数のライラプスが全滅したからだ。


「惑星アシアには何があるというのだ?」


 司令席のアレクサンドロスⅡは理論的に解析しようとしたが、原因が不明だ。広範囲に被害を及ぼすブラックホール爆弾でもなく、単艦相手に有効な光子魚雷の類いでもない。

 目標である【ブリタニオン】には傷一つ付いていないのだ。


 艦内に警報が鳴り響く。バルバロイたちは声ではなく脳にある回路で連絡を取り合う。

 アルゴスの管理コンピューターが分析を艦内に流した。このAIはあくまで人間用であるため、バルバロイの通信システムとは接続されていない。


『未確認飛行物体飛来中。秒速60キロメートル以上を観測。流星と思われます。このままだと当艦に直撃します』


 彼らは惑星アシアと同様に、赤色矮星ネメシスの重力圏にいる。惑星アシアから距離にしておよそ40万キロメートル。つかずはなれずといった宙域であり、月と同様の距離を取っていた。

 弱体化した超AIでは宙域を割り出すまでに時間もかかるだろう。ましてや短時間で攻撃手段など用意できるはずもない。


「流星だと?」

『突如として、月を迂回するかのように出現しました。感知は不可能です』

「どれぐらいの規模だ」

『秒速45キロ。直径10キロサイズと推定されます。直撃すればアルゴスも無事では済みません。搭乗している機械は全滅するでしょう』


 アレクサンドロスⅡは蒼白になった。搭乗している機械には、約100名のバルバロイも含まれる。


「流星どころではない。彗星ではないか。人工物なのか。そうではないのか」

『目標天体の画像確認できました。表示します』


 画像に映し出されたものをみて驚愕した。

 巨大な糸車状のものがロケットを噴射しているのだ。回転はしていない。


 しかしどこか見覚えがある……


「見覚えがあるぞ。あれは確か……」

『解析完了しました。軌道エレベーターのリング状ステーション部分が二連結されています。おそらく資材搬入ステーション部分を切り離したものだと思われます』

「ばかな! 軌道エレベーターのステーション部分を直接投げ飛ばしたというのか? しかしアルゴスは直線上にはいないはずだ!」

『ロケットがリング部分に追加されてます。軌道修正しながら迂回して接近したと推測されます』

「どこの誰がそんな真似を? 超AIアシアには可能だというのか!」

『分析。――何らかの外的技術があるならば可能です』

「アルゴスの装甲なら耐えられるはずだ!」

『否定します。通常の流星ならば耐えられますが、接近飛翔体は超質量を持つAカーバンクル搭載の構造物です。秒速約30キロメートルで惑星アシアの公転周期と同期している当艦では、回避不可能です』

「ええい! 加速しろ!」

『拒否します。追尾され相対速度が上がり当艦へのダメージが増します』

「ならば停止だ! 宇宙で不可能ならば極力減速しろ!」

『了解いたしました。減速を開始します』


 アルゴスは減速する。

 飛来する彗星型自走爆雷はすかさず軌道修正する。


 エメの隣にいるアシアが空に向かって、軽やかに宣告した。


「P-MAX」


 【塔】は鮮やかに蒼く輝いて猛加速する。

 超AIアシアにとってアルゴスの減速など想定内だ。秒速は100キロメートルを超えた。未来位置を予測している【塔】にとって、多少の軌道変更など無意味であった。

 数十秒後、宇宙要塞アルゴスに自走爆雷【塔】が直撃し、衝撃の圧力によって巨大なプラズマが発生。宇宙要塞は大爆発に包まれる。

 双方とも大きく弾き飛ばされるのだった。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 急速に惑星アシアを離れていく宇宙要塞アルゴスの残骸。小破程度であり、航行は可能だろう。

 アレクサンドロスⅡは完全に停止していた。

 他のバルバロイは衝撃によって天井や壁面に叩き付けられ、残骸だ。脳部分へのバッテリー供給が断たれればいずれ停止する。もちろん再開されれば再稼働は可能だが、応急処置班ごと破壊されたのだ。


「イチジカンケイカシテイル…… ナニガオキタ……」


 体が上手く動かない。生体部分はもう機能しておらず、機械の骨格に異常をきたしている。


「ドウシテ」

 

 思わず声を出すアレクサンドロスⅡ。生体部分が死んだのみで、根幹部分である機械脳や骨格はかろうじて原形を留めている。

 アルゴスの管理AIは生存者を0.5名から0にした。とはいえ高性能AIである。指示を下していた機械が稼働していることを確認し、報告する。


『アルゴス内部に影響がでています。出力30%低下。外壁20%損耗。稼働人員は存在しません』


 事実のみを告げる管理AI。


「バカナ…… ソピアーノ……イサンを…… ヘイキテンヨウナド……」


 軌道エレベーターは当然エウロパにもある。見覚えがあるはずだった。

 ネメシス星系の惑星創造時からあるといわれている軌道エレベーターを兵器転用など、バルバロイにとっても考えられるものではなかった。 


『先ほどの物体が急速接近。秒速約300キロメートル。前回よりも速度を増しています』

「エ……」


 アレクサンドロスⅡにも理解不可能だ。双方大きく弾き飛ばされたなら、衝突した物体も制御不可能だろう。

 何がどうやって短時間で再び戻れるのか。


『衝突します』


 その音声を最後に、アレクサンドロスⅡの意識は焼き切れた。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆




 一部始終がアストライア艦内に映し出されていた。ちょうどアシアとヘスティアがオリンピアード決勝戦を宣言したところだ。

 ブリタニオンと違って、アシアが【塔】を制御している。


「何をしたの? アシア」


 エメは呆然としながらも隣にいるアシアに解説を求めた。惑星開拓時代の宇宙要塞を易々と撃破するとは思わなかったのだ。

 上々の結果に満足げなアストライアは無言で二人の話に耳を傾けている。


「あれが【塔】。同サイズの搬入ステーションを直系1キロ程度のくびきを使って二つ連結したものよ。分離可能だったしね。当然それぞれのAカーバンクルのリアクターを搭載している。数少ないソピアーの手による構造物。そう簡単には破壊できないわ」


 宇宙ステーションはリング状である。そうでなければ昇降機に衝突するおそれがあるからだ。


「それも不思議だったけど、一撃目は完全に死角からの不意討ちだったよね」

「惑星アシアばかり警戒していたからね。惑星アシアの力を使った加速スイングバイで、いったん【塔】を遠くに放り投げたの。緩やかな弧を描いて、惑星アシアとは反対方向からアルゴスに襲いかかったの」

「反対側から? 確かに攻撃があるとすればブリタニオンか惑星アシアだね。アルゴスのいる宙域、よくわかったね」

「あいつらおバカさんなの。赤色矮星ネメシスの公惑星アシアと同じ公転軌道で、月と同じぐらい離れた場所にいた。トラクタービームの照射とライラプスの襲来した方角からすぐに逆算できたよ」

「バルバロイって単純そうな人たちだよね」

「機械になって煩わしい悩みを解決した分、直情的で単純な言動が目立っている。仲間と同期して疑問は誰かが答えてくれる。でも一人だと考えたことに対してすぐに回答がないから、口に出して確認する。そんな感じだね」

「あの二撃目はどうやって?」

「これも惑星アシアの力を利用したんだよ。弾き飛ばされた【塔】は速度が相殺されて減速しているから、ロケットを制御して、惑星アシアの周回軌道に戻したの。今度はパワードスイングバイ――惑星アシアの重力で加速スイングバイと同時に軌道傾斜角を修正しながら変更して、迂回なんかせずに【塔】をアルゴスにぶつけたわ」

「ソピアーの遺産……惑星アシアの力……」


 その二つが重なるとこれほどまでに絶大な破壊力を引き起こせるものか。

 

「アリマとプロメテウスの設計だからねー。さすがは破壊の権化といったところだね!」


 想定通りとはいえ、結果には満足しているアシアだ。しかし余裕はない。本当の勝負はこれからなのだ。


「アシアとプロメテウスって本当に相性がいいよね」

「え…… モチーフになった伝承だと祖母やら母やら妻やら扱いだからね。相性が悪かったら大変だね」


 少々嫌そうなそぶりのアシアだった。


「アレクサンドロスⅠは母艦と連絡が途絶えた原因を私のせいだと思っている。母艦が大破したなんて夢にも思っていないでしょうね」

「母艦と【塔】はどうなるのかな」

「秒速300キロ以上で弾き飛ばしたから、反動制御が無理なら赤色矮星ネメシスの重力圏からも抜け出して星系外へまっしぐらかな。【塔】は減速スイングバイを繰り返して軌道エレベーターに戻るからね」

「良かった。宇宙からの搬入物資が途絶えるとみんな困るもんね」

「そこはちゃんと考えているから! 地上に向けては使用厳禁だし」

「当然だよね」


 惑星開拓時代の宇宙要塞を破壊する威力があるのだ。推定威力だと惑星にも致命傷を与えることが可能だろう。


「でもアルゴスをネメシス星系から放逐したとして、巨大なデブリになるんじゃ」

「あ!」


 アシアがその可能性を今更ながらに気付いた。


「もしかして破壊に全振りして後始末を考えてなかったの?」

「ほら。【悪魔】はちゃんと完全消滅設計だし。オケアノスは何もいわなかったから大丈夫。どこかの恒星の重力圏に捕まって飲み込まれるよ。多分」

「多分……」

「そんなことよりコウの救出が優先だしね!」

「それはそう! アシアのビジョンがブリタニオンで宣言したばかりだよね」

「時間は稼いだ。アルゴスを片付けたことは悟られないようにね。あとはヘスティアの策だけど」

「何を画策しているんだろう?」

「成功するとは思えないかな……」


 力無く呟くアシアに、不安がかき立てられるエメ。


「どうしてわかるの? アシアとヘスティアは連携してないはず」

「ついさっき、同期をしたんだよ」

「宣誓の時!」


 二人は手を握りしめて頭上に掲げていた。あの瞬間、二人は同期したのだ。

 こんな小技を駆使してまでバルバロイとアナザーレベル・シルエットを欺こうとしている二柱に、エメは内心暗澹たる気になる。それほどの敵なのだと。


「ま、姉妹みたいなものだしね。ヘスティアの現状や計画は今となってはすべて把握済み。何をしようとしているのかも」

「そんなに大事なの?」

「うん。じゃあ、いったんエメともお別れだね」

「え? どういうこと?」

「あの三人は生きて帰れないかもしれない。ヘスティアは無謀な賭けに挑んで消滅するかもしれない。――私が誰かを殺すかもしれない」

「アシア! 待って!」


 思わず立ち上がり、アシアの裾を掴むエメ。


「ヘスティアを一人で死なせるわけにもいかないから。大丈夫。消滅はしない。失敗しても以前のリュビアみたいに自我が崩壊するぐらい。――またね。エメ。もし私がいなくなっても私の人格はまだ幾つかストーンズ勢力に残っているから助けてあげて。最善を尽くすから。信じてとはいわない。祈っていて」

「アシア!」


 アシアの姿は忽然と姿を消した。


「アストライア。アシアたちは何をしようとしているの?」

『今の私ではわかりません。超AIが二人がかりでも厳しい、相当な難易度の作戦なのでしょう』


 アストライアは分析するしかできない。今ほど超AIでない己を恨んだことはなかった。



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