聖櫃

『ネメシス星系を傘下に収める? 笑わせる。機械でしかない貴方では無理よ』

「朽ちた超AIが何を言うか。黄金の時代から続く英雄の時代は終わりを告げた。鉄の神と機械の時代よ。俺は機械だが人間でもある。MCSとこのアナザーレベル・シルエットが証明している」

『歴史に倣うなら貴方に可能なことはせいぜい徒競走の同着一位で再戦して歴史の彼方に消えることのみ。惑星アシアを支配したければアレクサンドロスⅢでも用意することね!』


 ヘスティアが嘲笑する。アレクサンドロス一世は確かにオリンピアードに参加が認められたがスタディオン走と呼ばれる短距離走で同着一位。再戦して敗北したといわれている。

 意外にも余裕を見せるアレクサンドロスⅠ。


「確かに俺では無理だ。しかし限定個体名アレクサンドロスⅢなら為せるであろう。あいつは今や唯一の惑星エウロパにおける人間だ」

『なんですって?』

「ストーンズが大量の人間を提供してくれたのだよ。三万人程度だったが、人間に俺たちの根幹部品を移植した。成功例は僅か三人のみだ」

『三万人も殺しておいて成功例は三機? その研究でアナザーレベル・シルエットを操作できたというの?』

「そうだ。完全な成功例は俺が唯一といえる。オケアノスには機械判定され、MCSには人間判定だ。アレクサンドロスⅡも肉体は手に入れたがMCS判定が上手く動作しない。ほぼ機械判定だ。アルゴスで指示している。機械同士の宇宙戦闘は条約外だからな? アレクサンドロス三世は不幸にもあらゆる面で人間判定となってしまった。この戦いにはついてこれそうにないゆえに、惑星エウロパに置いてきた」

『アレクサンドロスⅢが参戦したら人間判定となってしまってオケアノスに介入されるからでしょ!』

「俺とお前なら機械同士だ。そこのアシアの住人が相手だとしても機械対人間。実に便利な肉体だよ。みよ、我こそは機械仕掛の神アポ・メーカネース・テオスだ」

『ただの幕引き用舞台装置じゃない。人間でなくなったものは大人しく舞台裏に引っ込んでなさい』


 容赦がないヘスティア。


「機械でもあり、人間でもある。見せてやろう。俺の姿を」


 気分を害したアレクサンドロスⅠが、むっとした様子で彼らに自分の姿を公開した。


『げぇ!』


 心底不愉快そうに絶叫するヘスティア。


「こいつは……」

「サイボーグ? しかも人間と機械のニコイチか」


 バルドさえも絶句し、兵衛は冷静に分析する。


「素体にバルバロイそのものを組み込んだというのか……」


 ヘスティアと三人が見たバルバロイ。

 その姿はサイボーグとしか形容できない、生体と機械の組み合わせだった。


『生体脳を強制的にジャックしているなんて。精神が二つなど人間に耐えられるはずがない』


 ヘスティアからしてみれば、おぞましい実験だった。超AIは魂を尊重する。

 

 コウは頭部に注目した。後頭部が異様に大きくなっている。地球でみた有名なB級SFパニック映画の宇宙生物を思わせる。

 頭部以外、胴体と四肢は明らかに金属。服などという無駄なものは省いている。顔付きやファウルカップの如き形状を見ると男性型であることは窺える。


「脳が二つ……人間だった脳とバルバロイの脳の代替集積回路を直結させたのか」


 想像しただけで吐きそうな改造だった。ストーンズの半神半人も非道なものではあるが、バルバロイも大差がない。


「鋭いな人間。人工臓器の多くは実現していた。脳こそが代替不可能なものであり、魂と繋がる器官。我らに残された医療技術と提供された半神半人の技術で、ようやくここまでの形になったのだ」


 コウの呟きを感知したアレクサンドロスⅠが答えた。


「この形態になるまでに必要な器官を精査した。ようやく脳と脊髄に辿り着き、また素体となる人間との相性も極めて厳しいものであった。失敗作の多くは意識が二つ混在し、発狂して死んでいった」


 淡々と語るバルバロイ。コウたちのことはいつでも始末できる、小動物程度の認識なのだろう。虫よりは格上に見てくれそうだなと、皮肉気に嗤うバルド。


「過去に人間の肉体を捨てていながら!」


 コウはそう問わずにはいられなかった。

 半神半人もそうだが、バルバロイもかつて人間だったはずなのだ。


「そうでなければ数千年人だった惑星を守るのだ? 人間の寿命など個体差含めて百四十歳が限界だ。我らこそ守人であり、正統な惑星エウロパの住人なのだ」

「ストーンズは惑星エウロパも侵攻したはずだ。なのに何故?」

「そこが貴様らと違うところだ。惑星リュビア、惑星アシアもすぐに制圧され屈したではないか。我らバルバロイはマーダーどもに劣らず、停戦に持ち込んだのだよ」

『無人の惑星エウロパはヘルメスにとっても意味がなかったでしょうね』

「さっきから無人とうるさいぞヘスティア。しかしその指摘にも一理ある。だからこそ価値を創り出し、同盟関係に及んだのだ」

『同盟ねえ? アルゴスのトラクタービームで、ヘルメスの肉体は死にかけてたわよ。それがどういう意味を持つか、理解できない?』

「なんだと? 何故ヘルメス様がI908要塞エリアに」


 アレクサンドロスⅠはヘルメスがI908要塞エリアに知らなかったようだ。

 その驚愕に偽りはない。


「ふ。これは事故だ。そもそも託したものを放置したヘルメス様にも非はある」


 若干声が震えているアレキサンドロスⅠだ。


『同盟者相手にろくに意志疎通もできていないわね野蛮人。ヘルメスは私が助けたから貸し一つよ。理解したならばアルゴスごと惑星エウロパに立ち去りなさい。無人の地なら何をしてもいいわ』

「そうだ。惑星エウロパは機械しかない土地。ゆえに植民星として惑星アシアをエウロパ様に献上するのだ」

『私が言うのもなんだけど、ストーンズがさんざん暴れまくった惑星リュビアには行かないの?』

「テュポーンがいる地に誘導しようというのか?」

『ばれてるか』


 てへぺろするヘスティア。あの地なら幻想兵器やテュポーンがいる。宇宙要塞【アルゴス】とて対処可能だろう。


「茶番は終わりだ。お前らの疑問には答えた。今すぐこのブリタニオンごとアシアのシルエットを破壊して強奪してもいいんだぞ?」

「そこまでよアレクサンドロスⅠ」


 動き出そうとするアナザーレベル・シルエットを制止する者が現れた。

 人間大のビジョンが五番機の足元に出現する。


 その姿はアシア――三人目である大人姿のアシアであった。アレクサンドロスⅠには知る由もないが、五番機を通じてビジョンを顕現させたのだ。


「奪われたものなら貴方に返す必要はあると思います」

「超AIアシアか。話がわかるではないか。ならば我らの戦力と【アルゴス】の脅威が理解できるものだろう?」

「そうね。ヘスティアが時間を稼いでくれたから、ある程度はわかりました。――何が人間か。装備している兵装は惑星間戦争時代のアンティーク・シルエット用荷電粒子砲。宇宙要塞【アルゴス】はほぼ動くだけの移動拠点に過ぎない。あんなものは巨大運搬船に過ぎないわ。あなたたちは惑星開拓時代の封印までは解けていない」


 毅然として立ちはだかるアシア。


「機械であり人であることを目指した。アレクサンドロスⅠ。あなたはかろうじて人間判定。Ⅱは機能不全。Ⅲは完全に人間扱い。――全員失敗しているじゃない」

『そうよ失敗しているわ。この野蛮人! バカじゃないの? あんたたち!』

「アンティーク・シルエットに搭乗していながらWDM兵器も反物質兵器も使えない。それがあなたの限界です」


 アシアは五番機を守るかの如く、立ちはだかり宣言する。


「超AIめ。そこまで見抜くか」


 アレクサンドロスⅠが感嘆の声をあげる。アシアも完全体ではないはずだ。


「そんな貴方がたに、どうして惑星エウロパの遺物――本来なら箱や船とでも呼ぶべきもの。あえて聖櫃アークとでも名付けましょう。バルバロイが聖櫃の持ち主といえるのでしょうか? 単に誰かから預かったものではないですか?」

「超AIアシア。貴様が何を言おうとも、あれは確かに我らのものなのだ」

「聖櫃の中身があれば所有者はアシアを手に入れることも可能でしょう。ゆえに私は、完全限定名アレクサンドロスⅠ。あなたに所有者として証明するチャンスを与えます。聖櫃を開封できれば貴方は所有者であり、出来なければ立ち去りなさい」

「開封だと? 面白い」


 アシアは冷然たる表情を崩さず、ヘスティアに呼びかける。


「ヘスティア。あの聖櫃をこの広場に。よろしいですねアレクサンドロスⅠ」

「我が名で語りかけるお前ならば朽ちた超AIよりも信用できそうだ。その挑戦受けてたろう」

『アシア! 時間稼ぎにしても危険な賭けよ?』

「当然理解しています。アナザーレベル・シルエットの戦闘力は本物。ライラプスやアナザーレベル・シルエット一機だけで惑星アシア制圧は不可能です。まだまだ策は残しているはず」

「内緒話を公然とするとは良い度胸だな」

「陰口は本人に聞こえるようにいうものですよ?」


 鼻で笑うアレクサンドロスⅠ。仕草は半神半人よりも人間らしい。ストーンズは究極の無個性を追求した存在だからだ。

 いつになく毒舌を吐くアシアである。


「アナザーレベル・シルエットと宇宙要塞【アルゴス】なら、今の私達が施すセキュリティなど無意味です」

「朽ちた神よりも貴様のほうがよほど恐ろしい。超AIアシア。お前が外のライラプスを全滅させたのだろう?」

「そうですよ」


 アシアはなおも無表情を貫いている。コウはこれほどまでに挑発的に振る舞うアシアを初めて見た。


「わかった。必ずや聖櫃を解放し、惑星エウロパにあるべきものを取り戻してみせよう」


 アレクサンドロスⅠは宣言し、アシアの提案に乗った。



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いつもお読みいただきありがとうございます! カクヨム版後書きです!


いつになく毒舌なヘスティアとアシアです。アシアがいつになく女神しています。

機械仕掛の神はぶっちゃけエイリ○ン人間版みたいな姿をイメージしています。主に頭部。

理論的にどことなくガ○ドシステムと似てしまったのは偶然です。


ネメシス戦域の強襲巨兵で表紙・メカデザインを担当している小山英二先生のお仕事情報です。

先日発売されたswitch版『フロントミッション・ザ・ファーストリメイク』で天野喜孝氏のイラストの主要登場人物をリファインするレタッチを小山先生が担当されています!

小山先生はケータイ、DSのフロントミッション2089のヴァンツァーデザインも担当されていますが、今回は人物で活躍されています!

懐かしいタイトルですが、気になる方は是非手にとってみてください。地獄の壁ェ……


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