聖域の遺宝
「惑星アシアの技術がバルバロイたちに使われる? そんな馬鹿な!」
ケリーが不満気だ。コウがアシアを解放して、アシア大戦を経てようやく為し得たもの。
戦ってもいないバルバロイが手にしていいものではないという思いだ。
『かつて東方遠征と呼ばれた時代。技術水準が遅れていたマケドニアがいかに発展したか。――後発であることを最大限に利用して古代ギリシャの最新技術を労することなく手に入れたからです』
「惑星エウロパがもっとも栄えていた惑星でしょうに」
クルトも不満を隠さない。欧州の歴史には往々にしてあることではあるが、そんなことまで歴史に倣わなくてもいいのだ。
『異種技術の混合は困難でしょう。彼らは根幹であるMCSを利用することは不可能です。土台が違いすぎるのですから』
「MCSを利用した操作系は大丈夫だろう。アストライア、君が危惧している事態は、金属水素などの基礎技術だろう?」
ウンランがアストライアの懸念事項をずばりと的中させる。
『兵器の燃料効率が上がるだけでも、バルバロイには利点となるでしょう。しかし彼らは一から設計しなければいけない。私達は構築です。そこに大きな違いがあるのです』
「俺たちはAIによって目的に沿った部品が提示される。バルバロイはそうではないということか」
『惑星エウロパでは技術封印は解放されていませんから。超AIが眠ったままなのです。起きてもいない超AIが技術を解放するはずもありませんから』
「そこでヘルメスがでてくるのか」
『このI908要塞エリアでは徹底した外部との情報遮断が施されています。この点ではヘスティアの真意は明らかです。バルバロイと惑星エウロパとの交信を遮断するためでしょう。決勝戦も戦闘データも私達だけに渡すために用意されたものなのでしょうね』
「そういう意味ではヘスティアは味方ということか」
『間違いなく。しかし直接交信は防げても間接的な抜け穴はいくらでもあります。人的交流です』
「つまり、だ」
嫌悪感を隠さずに、ケリーが結論を述べる。
「半神半人の協力があれば惑星アシアの施設を利用すれば、惑星アシアの施設が使える。つまりあいつらが同盟を組んで大挙してバルバロイが押し寄せる可能性があるってことだ!」
『その通りです』
アストライアは大きく頷き、ケリーの結論を肯定するのだった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
アストライア艦内に衝撃が入る。エイレネも同様だ。A級構築技士たちが地面に膝をつく。
『アストライア。アシア! 落ち着いて聞いて。I908要塞エリアではなく、このブリタニオンが直接攻撃を受けているわ。アストライアとエイレネを緊急射出します』
「落ち着いてなんかいられないわ! どういうことなの?」
『外にいるあなたが確認しているはず。一刻も早く離れて!』
「待って! コウたちはどうなるの!」
『魂に賭けて守ってみせるわ』
ヘスティアはビジョンすら現さない。それほどの緊急事態なのだろう。
ブリタニオンの海中区画に接続されている格納庫からアストライアとエイレネが射出される。
『エイレネ。あなたは大丈夫ですか?』
『私は大丈夫。ブリタニオンが宇宙へ引き上げられている』
「ブリタニオンを持ち上げるほどのトラクタービーム?」
「外にいる私が確認しているはずだわ。一刻も早くI908から脱出を!」
よほどの衝撃を受けないと、アストライア艦内が揺らぐことはない。
エイレネに搭乗している構築技士たちも含めて思わず地面に手をつくほどの勢いで射出されたのだ。
『姉さん! 先行してシルエットベースに戻るよ! 構築技士の安全確保を第一に! ウーティスの安否は任せたから!』
『賢明な判断です。私達は距離を置いてでも状況を確認します。コウを置き去りにするわけにはいきません』
『アシア。私では誰から攻撃を受けているかわからな。あなたならわかるはず!』
「I908要塞エリアのシェルター外だと私と繋がるね、惑星アシア圏内なら何が起きているか、外にいる私が把握しているはず。ヘスティア。回線はアストライアと繋げておいて」
『あなたに預けたいものがあるから、あとで受け取って。アストライアがI908要塞エリアから脱出した時点で渡すから。アシアのエメではダメなんだ』
「預けたいもの? わかった!」
『ありがとうアシア。どうかみんなを無事に送り届けて』
「あなたこそこんなところで死んではダメよヘスティア。――最大戦速でもって要塞エリアから離脱します」
『膨大なデータを確認。これは私では受信できる容量ではありません。まずはシルエットベースへ転送します』
アストライアの表情も険しい。
「みてください! 闘技場を!」
放送が流れたままの地下闘技場に一同が視線を向ける。
三機は地面に片膝をつき、そしてそのままうつ伏せに崩れ落ちた。
『宇宙居留地船【ブリタニオン】の影響――クーゲルブリッツエンジンが最大限に稼働しています。おそらくトラクタービームに対抗するためでしょう』
「何が起きている。――惑星アシアで何をしているのか」
アシアの怒りをエメが抑えることができなくなっていた。口調さえいつもと違う。
今はほぼアシアとなっている。エメは精神をアシアに預けた。今は彼女の力が必要だ。
『脱出まで20分程度時間を稼ぎました。稼いだ時間を無駄にしないでください』
今までに無く、切迫したヘスティアだった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「何が起きているんだヘスティア!」
互いに正体はばれている。
ヘルメスは既にボガティーリの後部座席に乗り込んでいる。
ボガティーリの画面にヘスティアが姿を見せた。
『私が聞きたいヘルメス。貴様は二度も私の【ブリタニオン】を蹂躙するか?』
静かな怒気さえ感じるヘスティア。
「知らない! 今回の出来事に関してはまったくの無関係だ!」
『黙れ。惑星エウロパからお前は何を持ち込んだのだ? それが原因であろう?』
ヘスティアが一括する。ブレザーコスプレを好み伊達眼鏡を愛用しているお気楽な超AIではない。
まさに女神ヘスティアが顕現したかのような威厳さえ感じられる。
「遺宝のことか? 確認中に君がI908要塞エリアを奪ったんだ! 奪った君が確かめたらいい! 今回の件は本当にわからないんだ!」
『惑星エウロパの策謀。貴様はこの事態を意図的に行ったのではないか?』
「手に入れた肉体を死ぬようなことをするわけないだろう!」
必死な弁明を繰り返すヘルメス。この事態に関してはまったく関与していない。
それどころか自らようやく手に入れた肉体だって失いかねない事態だ。それは三惑星に匹敵する価値の消失である。
『それもそうか』
ヘスティアはヘルメスを凝視し、ようやく頷いた。
『ヴァーシャ。ヘルメス。急いでI908要塞エリアから離脱しなさい。カタパルトからあなたの可変機を射出します』
「感謝するヘスティア」
超AIはやはり公平だと思うヴァーシャ。ヘルメスとの間に何があったかはあずかり知らぬところではあるが、遺恨は相当あるようだ。
それでもヘスティアは彼らを逃がすと決断したのだ。
『意図的ではないのなら見逃します。あなたはその肉体を失った時、暴走するでしょうから。ブリタニオンはもって20分。――行けヴァーシャ。生き延びてヘルメスを抑えろ。失敗したら私自らが罰を与える』
「承知したヘスティア。我が友ヘルメスは守り抜いて見せる」
ヘスティアもまた彼が敬愛すべき超AIとわかって、奇妙な満足感を覚えるヴァーシャであった。
ボガディーリは電磁カタパルトで射出し、離陸した。
眼下からは徐々に浮かびあがるブリタニオンが見えた。
「ブリタニオンの重力発生装置で宇宙からのトラクタービームに対抗しているのか。なんて荒業だ」
「誰がこんなことを」
「バルバロイだろうが…… 何をもって? こんな真似が可能なんだ。僕だって何も聞いてないぞ!」
悲鳴に似た金切り声を上げるヘルメスに、内心驚愕するヴァーシャ。
ヘルメスのあずかり知らぬところで起きた異常事態だと確信できた。
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