遺言代わり

 ユースティティア艦内で緊急会議が行われた。

 コウとヴァーシャの会食についてだった。


「私もついていきたい」

「ダメだ。アシアのエメは未成年だしな」


 とりつくしまもないコウ。


「そういう理由?! ジュースもあるじゃない!」

「アシアのエメ。コウ君は私が必ず守ります。ここは一つ任せてください」


 クルトに迷いはない。すでにコウのボディガードのつもりでいるクルト。本来なら彼自身ボディガードが必要な身ではあるが、アシアのエメも言及は避けた。

 敵天才構築技士との剣術と構築談義。こんな話に乗らないはずがなかった。


「兵衛さんは大丈夫ですか?」

「バルド君と弟子との稽古だろ? 断る理由はないな。ある意味では修司の系譜だからな」

「そうです。だから余計に」

「宿敵を鍛える師匠役はフィクションにもよくあるだろ? 別段珍しいことじゃねえよ」

「フィクションですから!」


 暢気に答える兵衛に、焦燥感を覚えるコウだった。


「一日の稽古で何かが劇的に変わるわけじゃねえ。日々の鍛錬こそが重要さ。黒瀬君もそう答えるだろうよ」

「それもそうですが……」

「敵対組織からご指名があったんだ。これも何かの縁ってやつだ。俺は受けるよ。しごいてくる」

「う…… 厳しそうだ……」


 黒瀬と兵衛の激しい稽古は若干トラウマになっているコウ。

 居合いは型の反復なので、型稽古や剣道式の実践稽古には慣れていない。運動神経が良いセリアンスロープたちのほうが筋がいいほどだ。


「本当に大丈夫かヒョウエ。敵を強くすることにはならないか?」


 ケリーが眉間に皺を寄せ、懸念を表明する。ただでさえバルドは凄腕。さらに強くなられて自陣営の被害が大きくなっては困るのだ。


「剣術とシルエットの操縦は別物だよ。その意味では俺はすでにバルド君に敗北している。一日の特訓で何か変わるわけがねえさ。コウ君なんてシルエットの模擬戦じゃすでに俺を勝ち越しているんだぞ」

「それもそうか……」

「死ぬほど訓練すりゃ何か見えるかもしれないがな。その領域に至るとなれば本人の資質だ。向こうは練習相手もそんなにいねえだろう。杞憂さ」

「練習相手がいない。それは言えますね。半神半人や傭兵が熱心に武道を修めるとも思えません」


 クルトが苦笑した。自身も訓練相手には苦労した。

 若い社員に剣術を教える日々が続いたことを思い出す。


「俺には何か助言はないのか。ケリー」


 ヴァーシャとの面談に、不思議と誰からも異義がないことに不安を覚えるコウ。


「お前らはどうせ構築の話題しかしねえだろう。飲み会はどうでもいいが、決勝戦で勝てばテウタテス貰えるんだろ? 死ぬ気で勝てよコウ。負けることは許さん」


 ケリーはこのときばかりは真顔だった。

 構築技士として是が非でもバラしたい代物だ。


「勝負は時の運。それでも必勝を期してもらいたいね」


 ウンランも同様だ。ヴァーシャとの交渉も彼らが勝たなければ意味がない。


「問題はそこだよなぁ。テウタテスが三機になる程度じゃ済まなさそうだ」

「何が出てきても未知の兵器ですからね。コウ君が遅れて提出してきたレポートには……」


 若干毒があるウンラン。もっと早く知りたかった情報であった。


「プロメテウスの言葉にあった、無人兵器タロスだって持ち出してくる可能性はある」

「惑星エウロパは投げ槍ピルムにちなんだ射撃兵器体系も優秀だったよ。惑星エウロパはネメシス星系における文化文明の中心だからね」


 アシアのエメが力無く呟く。惑星開拓時代や惑星間戦争時代では、惑星リュビアとともに植民地に近い扱いを受けてきた。

 

「だからこそ、その技術の一端が垣間見る機会が巡ってきた! この機会はものにしたい」

「技術解放が進んだ惑星アシアなら、テウタテスの解析も可能でしょう」

「おう。ここは踏ん張るしかねえところだな」


 兵衛は相変わらず暢気だったが、コウの横顔をみて思案する。

 とある依頼を思い出したからだ。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆



 コウたちがユースティティアに乗り込みパイロクロア大陸に向かった頃の話である。

 兵衛はヤスユキとパルムを呼び出したのだ。


「珍しいメンバーですね」


 コウもいない。今や兵衛はパルムの良き師でもある。パルム自身はギャロップ社社長に就任して忙しいが、兵衛からのお誘いは最優先事項だ。

 かといって兵衛に呼び出される心当たりはない。


「そうだな。用件はコウのことですか?」


 ヤスユキは薄々何かを察していたようだ。兵衛が切り出す前に、的中してみせた。


「そうだ。お前らにお願いがあってよ」

「改まってそんな。なんでもいってください」


 パルムが気を引き締めて問いかける。鷹羽兵衛直々の、コウに関する相談を受けるなど光栄でしかない。


「コウ君をな。鍛えてやってほしいんだよ。シルエット戦じゃねえ。生身のほうを、適度にな。二週間に一回。いや適度なところで一ヶ月に一回でもいい。あいつはあいつで忙しいからな」

「それは構いませんが、イマイチ必要性がわかりませんね。あいつは強いですよ」


 ヤスユキの言葉に偽りはない。シルエット戦でコウに匹敵するパイロットはそういない。

 剣道はからっきしではあるが、得手不得手はあるだろう。


「生身だよ。おそらくパルム君相手にも十戦やって一本取れるかどうかだろう。一勝、じゃねえぞ」

「……それは我々セリアンスロープは人為的に強化されているので、仕方ないかと」


 パルムもコウをかばうように擁護した。

 むしろ生身でコウに負けるようなら死ぬ気で特訓せねばなるまいとさえ思う。この肉体はコウを護る為にあるといっても過言ではないのだ。


「それだよ。コウ君はな。俺相手のシルエット戦では模擬戦で五割を超した。勝ち越しているんだ」

「……うへ。伝説の剣士相手にとんでもねえ」

「さすがはコウ様です」


 二人は感嘆の声をあげる。これは賞賛される事柄であり、余人では到達できない領域なのだ。


「俺が不安なのはな。五番機ありきのコウ、じゃ困るんだよ。コウ君自身が強くなってもらわないと困るんだ。あいつの欠点はな。五番機がないと自分が人並み以下だという思い込み、自己評価の低さだ。あいつはまだ二十代前半だから自信を持てといわれても厳しいかもしれんが…… それだけの実績はあるはずなんだ」

「……言いたいことはわかりますよ」

「厳しいですね。――私が恐れて口にできなかったことです」


 二人も思い当たる節はあるのだろう。兵衛の言及に関して異論はなかった。


 兵衛の不安は後に的中することになる。

 I908要塞エリアでさっそくごろつきに絡まれ、何もできなかったようだ。バルドが通りかかってくれたからよかったものの、エースパイロットでありトライレームの実質的指導者がそんな有様では許されるはずもない。


「あいつはヒトに恵まれているよ。灰色猫の師匠にエメちゃん。アシアにアストライア。それにお前達もいる。だがな。それに甘えちゃいけないんだ。護るほうになって欲しいと俺は思う。ウーティスは死んだことになっているが、あの時ぐらいの覇気は欲しいところだ」

「わかります」


 パルムも強く思うことでもあった。ウーティスだったコウの評価は創造知性体全般でも極めて高い。

 知識が無ければおそらく現在のコウとウーティスが結びつく者はいないだろう。コウの謙遜を超えた自己評価の低さは、言葉の端々に感じることはある。


「エメちゃんやブルー、他のセリアンスロープまでウーティスを復活させる方法ないですかねと俺に聞いてくる始末なんだぜ? 冗談めかしているが、ありゃ本気だ」

「彼女たちの心情は痛感しますよ」


 パルムが自分の言いたいことを女性陣がいってくれたことに内心驚きつつも、断言した。


「いやあ。まあな-。別人だけど、あれはあれでコウだもんなあ」


  ヤスユキはややコウに同情的ではある。傭兵機構本部と対峙するためには、あのように演じるしかなかったはずだ。


「あいつは実戦で強くなった。あいつを強くした師は俺や修司じゃねえ。バルド君やカストルの強敵たちだ。ただな? その強敵を打ち倒した自信が何故か本人には薄いんだよ。五番機と人機一体。それはいい。しかしシルエットは乗り物であることを選んだ機械。コウ君本人が自信を持たなくてはダメなんだ。今後のためにもな」


 二人は無言のまま。兵衛のいいたいことが飲み込めてきた。


「ウーティスの時はなんらかの干渉があったのではないかと疑っているよ。しかし紛れもなくコウ君本人でもあった。だから無理な話ではないのさ。剣術でもなんでもいい。生身のあいつからウーティスを引き出してもらいたい。いや、いつでも本人が引き出せるようにしてもらいたい。俺の依頼はこれだ。無茶はいうがな」

「それで剣の練習ですか?」

「自信だって日々の積み重ね、その成果だ。一ヶ月に一回程度でも、無人でやりあうよりは他人とやりあうほうがましってもんよ。俺の頭じゃこれぐらいのことしか思いつかねえってこともあるがね」

「その役目、俺は喜んで引き受けます」

「私もです」


 兵衛の言いたいこともわかるのだ。コウはエースとしても指導者としてもどこか他人事ですらある。これは本人のためにも良くない。もはや周囲は彼をただの一般人とは見做さない。


「無茶をいうがヤスユキ君には先輩として。パルム君には切磋琢磨する仲間として。生身のコウ君を見守ってやって欲しい。――正直、俺がいつまで生きられるかもわからん」


 自らが敗北し、修司や結月の死を受け入れた兵衛は、自らの死期も案じている。仕方ないとはいえ、良くない傾向だ。

 会社と社員があるからこそ踏ん張っている面もあるだろう。プライベートではコウと五番機しかないのかもしれない。


「そんな弱気なことをいわないでください!」


 ヤスユキがこのときばかりは大きな声をあげる。日本人として惑星アシアにおける転移者の偉大な先達だ。

 パルムも無言で首を横に振る。そんな懸念は自分が吹き飛ばさないといけない。自分に伝えるほどだ。崇拝するだけではなく、ともに成長する必要はあるのだと悟ったのだ。


「はは。すまねえ。死ぬ気はねえよ。ただ寿命はあるし、順番的には俺だろ? こんな懸念を残して死ねるかってことでな。二人に話を聞いて貰ったんだ」

「さりげなく、うまくやってみせますよ。お任せ下さい」


 これはもはや天命とさえ思えるパルム。自分の為すべき方向を見定める、

 

 ――コウ様を真にウーティスにするということ。身命をなげうってでも成し遂げなければいけない。


 隣のヤスユキも兵衛の言葉をしみじみと噛みしめていた。


「全力ってのは普段の鍛錬から引き出せるようでないといけない。剣術であいつを鍛え上げることではなく、全力を引き出せるようにしてやることが大事なんですね。コウは兵衛さんや俺のように剣一筋ってわけでもない」

「おう。それだ。いざとなったら本気を出すって言うヤツに限って、いざその時がきてしまったら本気の出し方なんざわからねえ。適切に全力を出す機会を、生身のあいつに与えてやって欲しいんだよ」

「さすがは兵衛殿ですね。感服いたします。確かにそれは我らの役目でしょう。――兵衛殿とコウ様では技量に差がありすぎます。その役目、謹んでお受け致します」


 ヤスユキの圧倒的な技量や、セリアンスロープの身体能力をもって無理なしごきを行って苦手意識が増しても困る。

 ともに強くなるという名目で、コウと対峙する必要があるのだ。


「ありがとよ。ま、じじぃの遺言代わりと思ってくれ」

「ダメですってば! まだまだ俺も鍛えて貰わないと!」


 ヤスユキより腕が立つものもそういない。惑星アシアでははっきりと達人と呼べる領域は兵衛ぐらいなのだ。


「おうよ」


 胸裏を打ち明けることができた兵衛は心なしか、二人と話す前よりも表情が明るくなっていた。

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