無拍子
エイレネ艦内ではA級構築技士たちが試合を観戦している。衣川も遠隔通信で議論に参加していた。
「超反応だと? MCSで強化された超感覚――六感七感すら上回るのってのか!」
「いえ。そうではなく、ほんのわずかな挙動から、導き出される動作を高速演算している形ですね。当然MCSも行っているはずですが…… おそらくバルバロイはよりダイレクトな反応なのでしょう」
ケリーの疑問にクルトが反応する。彼も剣士としてどう反応するかシミュレートしている。
「撃ち合いでは不利でしょうね。腕分を動かす角度、速度から予測している。MCSも当然行っていますが、より未来位置を高速演算しているということでしょう」
ウンランもまたバルバロイというサイボーグを分析中だ。
「しかし兵装がレールガンでないことは意外だな。ガウスライフルとはね! 懐かしいな。俺たちがネメシス星系に飛ばされた時もそうだった。炸薬を使った銃よりレールガンやガウスガンのほうが作りやすかったからな!」
「転移した惑星アシアでは炸薬制作に制限がありましたからね。オケアノスの技術制限も電磁力で飛翔体を飛ばすものまでには干渉できませんでした。しかしあの時代は本当に制限が多かった。おそらくレールガンを持つことも可能でしょうが、四本腕には反動が大きすぎるのかもしれません」
「両腕を使えばいいだけなのにな。ただそれだと四本腕のメリットを帳消ししちまう!」
「両手で銃器を構えるぐらいなら何故四本腕にしたか。コンセプトの問題になってしまうのでしょう」
最初の転移者グループであるケリーとクルトが過去を懐かしみながらも、テウタテスのコンセプトを解析中だ。
おそらくバルバロイもその手の技術制限があると予想するには容易かった。
「技術制限をくぐりぬけるためにサイボーグになったというのに。皮肉なものだ。装甲材はアンティーク同様だろう? 惑星エウロパはバルバロイの尽力によって鋼材稼働施設だけは温存できたってことかな」
ウンランが感想を述べる。惑星アシアとの差異はあるが、大きな差はない。
「金属水素は技術制限で使えないのではないかと」
衣川が通信を経由し、エイレネ艦内にいる構築技士たちへ挙動からの推測を披露した。 推進剤に炸薬。金属水素生成炉は惑星アシアにおいてはエネルギー技術のゲームチェンジャーだった。
「金属水素貯蔵炉でさえアシアの技術開放を待つ必要があったからな! そうでなければ水素の金属相を維持できない。すぐガス化しちまう。宇宙艦は残っていても、そこから生成した金属水素利用は許されなかったということか」
「金属水素はコウ君の大手柄ですね」
航空機屋だったケリーと衣川が、実感を込めて話し合う。
「彼らにとってもテウタテスに搭載できるほどの金属水素生成炉はなかったのでしょう。もしくは小型化できなかったか」
「重工業惑星にしては意外だね。ガウスライフルに滑腔砲。追加腕にはそれぞれ口径の異なる機関砲。サイボーグになってまで維持した技術はあの程度ではないはずだ」
そうでなければ割に合わないと思うウンラン。脳まで機械化した代償にしては安すぎる。
「それでも圧倒的に劣勢な数で、ストーンズと引き分けに持ち込んだ。コウたちはタイマン狂いだからな! 相手が悪いな」
ケリーがにやりと笑う。コウと兵衛。そしてアルゴフォースの傭兵バルド。揃いも揃って剣士だ。物量ですりつぶす戦略のマーダーを想定した機体とは相性が悪いだろう。
「タイマンに弱いとは限りませんよ。あのバルドの評価がヒョウエ三人分らしいですからね」
クルトは同じ戦場に立てないことを焦燥感すら覚えたものだ。
それほどの難敵と試合する。殺し合いではないのだ。
「抑えなクルト。気持ちはわからんでもない。おそらくあのヴァーシャもそうだろうな」
「でしょうね」
シルエットでシステマの再現を試みたヴァーシャが、おそらくクルトの心境にもっとも近いことだろう。手に取るように想像できた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「バルドめ。あの初動はなんだ」
苛立ちを込めてヴァーシャが呟く。
己が戦場にいたなら、あのように無様な失態は晒さないという確信だけはあった。
「テウタテス相手には仕方ないんじゃないかな。パイロット込みで考えてやりなよ」
怒りの形相を隠さないヴァーシャにヘルメスがフォローしてやる。
テウタテスの性能を把握しているヘルメスには、ヴァーシャの怒りはいささか八つ当たり気味とさえ思えるのだ。
「なおさらです。脳まで捨てた機械にMCSとの組み合わせで劣るなど……」
「厳しいなヴァーシャは。けれどぼくとしてもあの程度の機械、超えてもらわないと困る。惑星アシアの最高レベルの戦力が、一介の兵卒に過ぎないバルバロイに倒されるのは、ね」
「そうでしょうとも。同盟関係にあるとはいえ、バルバロイはストーンズですらない。そして惑星アシアであの三人は最高峰であり、バルドはあの場にいるわけですから」
「アルゴフォース代表みたいなものか」
ヘルメスは愉快だった。ここまで感情的になるヴァーシャは珍しい。
そのような愉悦を味わいたくて肉体を欲したのだ。MCSで強化された生体が機械に劣っては困る。それはヘルメスの本音でもある。
「勝負が決したわけではない。敗北したら特訓程度でいいだろ?」
「バルバロイに勝利したら小言程度で抑えますよ。負けたら足腰が立たなくなるぐらいのしごきは行います」
苦々しくヴァーシャは回答する。
バルドは理知的ではなく、本能で戦う部分がある。その点だけが不安だった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「決まっている。それは――微動だにせず突っ込むのみ」
「おい。コウ。てめえ本気でいってるのか」
「本気だ。バルド。あのテウタテスと近接戦闘の経験は?」
「あるぜ。持ち替えも早い」
「持ち替えはあるんだな。――抜刀した状態で突っ込もう。どうせ斬らないと有効打にはならない」
コウが微笑みながらいう。バルドのいうことは、コウの予感を確信に変えた。
「余裕の笑みだな。――何に気付いた?」
そうと決まればバルドも抜刀する。コウの言葉を疑う理由はない。
このままではじり貧。射撃によるダメージレースでは打ち勝てないだろう。
「目の前のあれはシルエットではない、ということを確認しただけだ」
五番機は居合いの姿勢を取り、兵衛のラニウスは二刀に持ち帰る。
「シルエットではない。おそらく視界も360度。側面に回り込んでも無駄だ。テウタテス二機は俺たちと完全に正対していないだろ? 二機で腕部の死角を補っているんだ。こちらの移動は背面のメインスラスターのみ。こちらの背中までは視認できまい」
「そういうことかよ。こちらの動作で超反応するなら、停止状態で突っ込むということか」
バルドも理由には納得する。
「無拍子だな。拍子と調子を完全に消す。シルエットならではだ」
兵衛もコウが言いたいことは直感的に理解したようだ。
「超反応による撃ち合いだとこちらは不利。しかし斬り合いならタイミングや間合いが重要になる。細かな挙動の一切を封じて突っ込めば、相手は超反応ではなく想定するパターン対応になるはず。近付くことは容易い」
「ぎりぎりまで近付いて、超反応で攻撃するテウタテスの懸かりを利用する、ってことだな」
「超反応なら、むしろ近付いて接近戦のアルゴリズムを誘い出してやればいい。そこからなら剣の駆け引きに持ち込むんです。この三機なら接近するまでの被弾は耐える。相手は通常のシルエットを想定して装甲筋肉や剣術の知識もない。――超反応に対応する変化技、奴らに対応できるかどうか」
兵衛の問いにコウがよどみなく答える。
バルバロイとテウタテスの組み合わせは単純ではないだろうが、兵器として簡略化されている。複雑な駆け引きを好むとは思えなかった。
「近接武器に持ち替える暇は与えないってことか? 俺の時は素早かったから十分対応できると思うが」
「これは集団戦。適切な距離になれば近接用のアルゴリズムによって専用の兵装に持ち替えるはずだが、バルバロイの奥の手がそこにあると予想している。もし持ち替えなかったらその時こそ――」
コウが告げる核心に、二人は盲点を突かれた格好だった。
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