試作二号機強奪

「そこで、兵衛さんの力を借りたいわけです」


 会長室のなかで机を挟んで、兵衛を説得している男がいた。吉川である。新島と山岡もいる。

 元社員の吉川は転移された直後、鷹羽社員となり、すぐに辞めて傭兵になった。

 鷹羽兵衛は転移された直後の社員を積極的に保護する名目でTAKABAを作った経緯もある。


「ファミリアが反応しない、か」

「はい。どうも彼らに誤解されちゃったみたいで。殺人未遂犯だと」


 ここまでくるにも必死だった。

 まず人間としか会話できない。闇の輸送機手配業者にはボられ、TAKABA社内に入るにも、知り合いが通りすがるのを待って話しかけて、一緒に入ったのだ。

 ファミリアは彼らを存在しないものとしてカウントするので、聞かれない限りは警告もしない。逆にいえば、ファミリアが反応しないことに気付かれて、理由を問われたらお仕舞いなのだ。


「そうか。たー君。あの映像を」


 彼はたー君という名の、相棒のハイタカのファミリアに呼びかけた。

 たー君は映像を出した。それは、町中の喧嘩。いきなり少女のウィッグを剥ぎ取り、割れたグラスで殴ろうとする吉川の姿である。


「……」

 

 吉川たちは絶句した。殴り飛ばされ失禁するシーンまで、ばっちり映っていた。


「申し開きはあるのかね」

「その証人と名乗る女がいけないんです! どこのだれかはしらないんですがね……」

「証人となった子は俺の恩人だ。てめえの言葉よりよっぽど信用できらあ」


 怒っている様子はない。それがより恐ろしかった。


「か、会長……」

「出て行け。お前らには二度とうちの敷居は跨がせんよ。戦場であったら覚悟しとけ」

「ひっ……」


 鬼気迫る兵衛に慌てて三人は飛び出した。

 兵衛はため息をつき、深く椅子に座り直した。

 コウの連絡が取れない理由が、ようやくわかった。殺されかかったなら、それは取らないだろう。


「幼い子になんてことを……」


 たー君も呆れ顔だ。


「まったくだ。本当に申し訳ねえ」


 ため息が収まらなかった。



 ◆  ◆  ◆  ◆  ◆



「最悪を想定していてよかった。あの作戦いくぞ」

「笑顔、爽やかな笑顔ですね!」

「了解」


 三人は小声で確認し合い、晴れ晴れとした笑顔で社内を歩いていた。


「内田さーん!」


 試験室にきた吉川は、内田と呼ばれるテスト主任を見つけ声をかける。


「お、吉川。久しぶりだな」

「今鷹羽会長に挨拶してきたんですよ! そしたら開発中の新機体乗っていいって言ってくれまして」

「そうか。お前たちが顔をだして会長も喜んだだろう」

「俺たち、改良したファルコに乗ってみたいですね」

「わかった。ついてこい」


 内田は彼らを別の場所に案内する。


「こいつの詳細を教えてくださいよ!

「うちの社の新たなフラグシップとなる。ラニウスの飛行能力をさらに伸ばした超高級機……」


 解説を一通り聞いたあと、尋ねる。


「こいつはできたてっすかね?」

「試作の二号機であり、初品だな。地球だったら初物エフの束になる。会長が一号機を作成し、この二号機は量確に調整されている。こいつをもとに量産開始、ラインが動いているよ。超高級機になるから買える人間がどれだけいるか、わからないけどね」

「おお、傭兵として夢ができたっす!」

「がんばって稼いでくれ。ほら、試乗行ってこい!」

「ありがとうございます!」

「内田さん、俺たちはこれなんて贅沢いいませんから、例のファルコを!」

「わかったわかった。あれは実際よく売れるんだ。テスト終わり次第出荷のヤツがある」


 別の場所に連れて行く二人。

 それをみて、邪悪にほくそ笑む吉川の姿があった。


「おお、これは凄い!」

「こっちもっすよ!」

「お前ら、こっちは別物だぞ。今までのシルエットなんてシルエットじゃねえ」


 三人が新機体に乗ってはしゃいでいる。


「お前ら、あと、二十、三分ぐらいだぞ」

「わかってますって。じゃあ、ちょっくら外で試運転して戻ってきます!」

「壊すなよ! 壊れるほどやわじゃないが」

「はい、外いってきます!」

 

 そういって彼らは社外へ飛び出た。

 要塞エリアのシルエット用出口から出たとき、内田は眉を潜めた。


 そして二度と三人は戻ってこなかった。



 ◆  ◆  ◆  ◆  ◆



「大変申し訳ございません!」


 会長室で土下座して詫びる、内田の姿があった。


「起きなさい。仕方ないが、しかし……」


 苛立ちが隠せない兵衛。

 管理が甘すぎるといわれても仕方ないだろう。試作機強奪など絶対起きてはいけない事案だ。


「ったく。あいつら本気で小悪党だなァ」


 次は殺そう。

 戦場で会うことになるだろう。切り捨てると兵衛は決めた。


「油断はわかる。こんな惑星の果てで、同じ会社だった身内に裏切られるとは思わねえよなあ」

「それでも、私が甘すぎました!」


 内田は泣きそうな表情で床を見つめている。泣いて済む問題ではないのだ。

 追いかけて奪い返しにいきたいほどだが、どうやら逃走ルートも手配済みだったようだ。要塞エリアの周囲からはとっくに消え失せていた。 


「出入り禁止の通達、すぐに出さなかった俺もいけなかった。まさか出て行ったその足でやるとはな。そういうことだけは頭が回るな」


 元々、ダメ元で兵衛に会いに来たのだろう。そしてダメだった場合に備えて、新型機の強奪を企てていたに違いない。


「TSW-R17アクシピター。ラニウスの後継だ。下手したら、あいつらストーンズ側に持ち込む可能性だってあるぞ」

「え? まさか」

「あいつらな。殺人未遂と暴力事件を起こしてファミリアから拒絶されているんだ。殺人未遂の相手は地球の時にいた、萬代屋杲。お前んところの班の子だったな」

「そんな。彼は転移したとき、手違いで旧工場に取り残されて死亡したと……」

「吉川が救難艇から突き飛ばしたのが真相のようだな。俺の恩人が証人だ。間違いない」

「そんなことって……」


 内田の表情がみるみる憔悴していった。

 頭が追いつかない。


「彼は生きているよ。安心しな。それだけが救いだな」

「ええ。今喜んでいいのかわかりませんが」

「喜んでくれ。今は頭こんがらがってるだろ。とりあえず、今日は帰っていい。明日川影から連絡させる」

「……はい。申し訳ございませんでした」


 深々と頭を下げて退出する内田。


「傭兵機構には通達しませました」

「すまねえな、たー君」

「とんでもありません。ですが、被害が大きすぎますね」

「コウ君の殺人未遂、少女への襲撃、最新機体の強奪。とどめにアシアの嬢ちゃんの怒りまで買ってやがるからな。ストーンズへ行くしかなかろう」

「傭兵なので多少の荒事や喧嘩は多めにみられていたのが、仇になりましたねえ」

「時間の問題だったろうさ。なあ、たー君。彼からもらった技術の結晶まで奪われて、俺ぁどうやってコウ君に詫びたらいいと思う?」


 その呟きに苦悩を察知して、たー君は無言になるしかなかった。

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