フッケバイン――凶鳥
「私がネメシス星系にきたのは三十年前。それは酷い有様でした」
「どんな状態だったんです?」
「アシアの人々は作業用シルエットに槍や巨大な鉄パイプで武装したものでマーダーどもとやりあってたいたんです。ファミリアにいたっては建築機械や乗用車にスピアガン。マーダーはレーザー砲を撃ってくるにも関わらずね」
「初期に目覚めた人々は武力を捨てるということを徹底していたんですね」
「人類は押され、制圧されるのも時間の問題だった。惑星リュビアは速攻落とされ、主戦力は全てエウロパへ。アシアは我々転移者たちの活動により、膠着状態になった」
「転移者が武器をもたらしたと聞きました」
「そうです。幸いウィスによる高次元投射装甲のおかげで、シルエットは防御力だけはありました。数さえ揃えたら槍や剣で撃退は可能でした。エニュオは本当に厄介でしたね。制圧されたリュビアで製造された、大型ケーレスです」
移動中、クルトが転移してきたばかりの頃の状況を話してくれる。
貴重な体験談だ。コウは聞き入った。アキは背後から付いていっており、二人の会話を記録している。
「あれだけの質量を直接要塞エリアに落とせば、一撃で破壊できるのではと思いました」
「要塞エリア、防衛ドームへの攻撃は衛星砲によって破壊されます。本来はドームへの隕石防止措置だったんですがね」
「そんなシステムが……」
「ええ。赤色矮星ネメシスは地球を二千六百万年周期で、オールトの雲から隕石を地球に送り込み壊滅させている星という仮説がありました。実際に隕石群は存在し、周囲の惑星にも降り注ぎます。人類は巨大シェルター内だけが生存圏です。ですが、それが幸いしストーンズの兵力に対抗することができたのです」
「生存圏への直接攻撃は阻止され続けたということなのか」
「はい。NBC兵器もオケアノスが見張っています。惑星汚染兵器として定義され、使おうとした勢力は躊躇なく滅ぼされることをストーンズは知っていました。彼らももとは人類ですからね。オケアニスの禁忌に触れないよう戦力を増強していった結果、マーダーによる拠点制圧侵攻が一番効果的と判断したのです」
「そして兵器主体の戦争になっていったと」
「最初はシルエット用のライフルから始まりました。アサルトライフルと戦闘用シルエット誕生まで転移者がアシアにきてから三年かかりました。何せ兵器対応設備が限られている。レールガンを実用化できたのが十年前。シルエットが偏向推力スラスターによる三次元行動ができるようになったのは、数年内の成果です」
コウはケーレスとの戦いを思い出していた。先駆者たちの苦労が忍ばれる。
「君は気付きましたか。拳銃やライフルを持った人間を見たことがありますか?」
「そういえばありません」
「必要があまりないのです。作る許可が降りる施設もないので嗜好品です。何せ突発的な犯罪は、周囲にいるファミリアたちが対処しますからね。空を飛んでいる小鳥ですら弾丸になる。ファミリアに依存しすぎなのも問題あるでしょうが……」
「無節操に作られるよりはいいかもですね」
「それはいえますね」
そして案内された先には、既視感を覚えるような機体があった。
最初に五番機に出会ったような――廃棄されていたはずの機体。そのような機体だった。
巨大な剣を抱え、静かに佇んでいる。躍動感溢れるラインはまさに
だが、外装が貧弱だ。ラニウスにも使われている人工筋肉がむき出しなのだ。しかも脚の形が歪だ。外装がない、鉄骨のような脚に人工筋肉が張り付いている。つま先は趾(あしゆび)となっている。カラスのような三前趾足状だ。
「この機体は?」
「技術不足で断念した機体でね。次世代シルエットを目指し、中断した試作機。型式番号は無し。名は――
「フッケバイン…… 地球でもよく聞いたのですが、どういう意味が?」
「ドイツの児童書に出てくる悪戯カラスですね。ですがその悪戯、と言えない悪意の化身。災いをもたらす鴉の名です。この機体、足が醜いでしょう? フッケバインは醜い脚、という意味もあります」
「どうしてこのような脚に?」
「サーボ機構と人工筋肉の併用していた複合構造をさらに発展させた、人工筋肉のみで駆動するように設計されているんです。運動性能は飛躍的に向上します。ただ、それをするには二乗三乗の法則をまともに受けた。その結果この脚です」
「何故中断を?」
「重すぎたのです。人工筋肉を用いましたが、十分な装甲強度を保つためには人工筋肉を増やすしか無かった。結果、本末転倒な結果に。そしてコストの割に運動性能向上が思ったより向上しなかったこともあります」
「人工筋肉が増え、防御力が下がり、重量が跳ね上がったんですね」
「そういうことです。修理は思ったより簡単なのですよ。人工筋肉の束を交換するだけでよいですから。良ければ乗ってみますか?」
「いいんですか?!」
「もちろんです。剣士たる君の感想が欲しいですね」
「はい。乗らせてください!」
コウは嬉々としてフッケバインに乗り込んだ。
クルトは目を細めて見守っている。
フッケバインは21世紀のドイツ語から日本語へのコンバートを行ってくれた。これでコウにも操縦できる。
上段に構え剣を振る。止める。それだけを数度繰り返す。
一歩踏み出す。一歩下がる。それを繰り返す。
「凄い……」
次は登録されている剣の型を振り回す。どの型も、安定性と次の動作がスムーズだ。
コウは今までにない衝撃を受けた。
フッケバインはいわば、人間の体幹を再現していた。
小指を締めている。つまり指も人工筋肉だ。腰を落とし、剣を振る。起りさえ消せている。ここまで必要かどうかは不明だが、剣機同士の戦いでは、この運動性は欲しい。
時代が早すぎたのかも知れない。無人機相手には過剰ともいえる運動性能なのだ。
機体制御の表記を行い息を飲む。特異な三つ足の理由もわかる。趾にまで及んでいる人工筋肉のためだ。自然の動きも納得だった。だが、これでは採算度外視にならざるえないだろう。
コウは一通り剣を振り回したあと、機体から降りた。
「これは凄い機体です。開発中止が勿体ない……」
コウが思わず歯噛みするほどの機体だった。
「完成させてやりたいです。実は私の命の恩人でもあるんですよ、彼は」
「是非お願いします。俺もラニウスの五番機に出会って救われたんです。五番機をより強くしたい。そう思って学んでいます」
「そういうことでしたか。私達は同じ目的を持つ同士というわけですね!」
クルトの語尾が弾んでいる。本当に嬉しいのだろう。目を細めて微笑が深くなっていた。
「はい!」
「嬉しいですね。では、まず最初に。ラニウスには複合機構のほうが合っているかもしれません」
「というと?」
「人工筋肉で運動性があっても、パワーがでないのです。やはり機械的な駆動も必要です。兵衛さんはラニウスに、その解決策を残しています」
「教えてください! って失礼ですね。すみません……」
何から何まで教えてもらうことはさすがに無礼だろうと思い直したのだった。
「いいですよ。では機体の講義と行きますかね。そも、それが本来の依頼でしょう?」
むしろ嬉しそうにクルトが笑った。
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