王城工業集団公司と総合商社

 フユキが総合商社紅信の営業と名刺交換をしていた。

 名刺交換という行為自体にあまり意味はない。お互いが日本人であり、日本のルールが通じるという儀式みたいなものだ。ID登録さえすればメールなどで連絡は取れるようになる。


 相手の男は浅黒く痩せこけた日本人だ。温和な笑みを浮かべている。


「そこの二人がメタルアイリスのジェニーとその秘書のアキ。彼がC級構築技士のコウですね」


 フユキが三人を自己紹介する。


「私、紅信べんしんの今部正一といいます。ショウイチとお呼びください。そちらの方はいずれ企業設立などを?」

「ジェニーよ。彼は転移してきたばかりで、構築技士の認識も薄いの。C級だからって引き抜きはダメよ?」

「はは。わかっております。ですがもし何らかの事業設立時にはお手伝いできるかと」


 早速売り込むのを忘れない。総合商社はものを売り買いするだけではない。

 新規開拓や、商機があるところへの体系作り――オーガナイザー機能。組織作りや枠組みを設計することも業務の一つだ。

 総合商社という業態は日本独自のものといっていい。


 そしてC級の構築技士は苛烈な争奪戦だ。何せ無人工場を動かすことができるのだ。A級やB級の構築技士が所属する企業から図面さえもらうことが出来れば工場も操業できる。


 コウはジェニーに目配せし、すっとショウイチに頭を下げた。


「覚えておくわ。そのときはフユキ経由でね」


 ジェニーとフユキが矢継ぎ早に繰り出されるショウイチの質問を巧妙に躱す。


 コウは人付き合いが苦手な振り。

 しかし本当に苦手なのが実際のところ。会話そのものが苦手なのでうつむき加減だ。

 そんなコウに、アキがそっと寄り添い、書類を見せるふりをして手を握り安心させる。

 気付いたのはフユキだけだ。


 車に乗って王城工業集団公司に到着する。

 社屋は工場というより軍事施設。フェンスが貼ってある。


 施設内には忙しげに無数のシルエットと、大きな車両が行き来していた。


「工場施設は地下ですね。王さんの指示で、図面のものを制作しています。この施設ではMCS以外の部品を製造することができます」

「MCSは宇宙空間での製造ですものね」

「はい。一部の宇宙鋼などは我々が調達します。軌道エレベーターはいくつか生きているので、そこから」


 商社は手広くやっているようだった。


「ではまず皆様に王城工業集団公司の方々をご紹介させていただきます」


 ジェニーたちは案内され、王城工業集団公司の人間たちと挨拶する。

 転移前は軍属だったのか、軍人然たる者が多かったのが印象深い。


 構築技士の王雲嵐は遅れてくるということだった。


 ここはジェニーが前にでて、彼らと挨拶する。何せアシア救出の英雄だ。彼らも緊張している。

 次第に打ち解け、遠回しな情報戦が開始された。


 コウとアキはどうするかと思案していると、後ろから声を掛けられた。


「こんにちは。君がコウ君かな? 僕は王雲嵐。はじめまして」


 後ろを振り返ると、穏やかそうな顔付きの眼鏡をかけた壮年のアジア人がいた。


「はじめまして。王さん。コウといいます。日本人です。A級構築技士とお逢いできて光栄です」

「ウンランでいいよ。君がそれをいってはいけないよ。謙遜過ぎは日本人の悪い癖だ。とびっきりのスペシャルなら、なおさらね」


 その言葉にコウとアキは表情が強ばってしまう。雲嵐は柔らかく微笑んだ。


「そういうわけだ。ゆっくり話せる場所へ移動しよう。ねえ、君たち。僕は彼らを工場に案内するけどいいかな?」


 雲嵐は、ジェニーと話している男たちに声を掛ける。男たちは頷いた。


 少し離れた場所で、コウにそっと耳打ちする。


「あんなブロンド美人、しかも軍属。うちの男共が沸き立つのも無理はない。ごめんね。主役は君なのにさ」

「俺のことを?」


 周囲に人がいないことを確認し、そっと小声で囁く。


「ああ。銀髪の少女からね」


 それで十分だった。彼は確実にコウの正体を知っている。


「僕からも礼をいうよ。コウ君。僕はね。歯がゆいことに彼女の泣き声しか聞いたことがなかったんだ。A級の構築技士だってそんなものなんだよ。他の五人も似たようなもんじゃないかな」


 ウンランから語られる、六人の構築技士たちの真実。


「それがようやく、言葉を聞き取れるようになった。コウに助けてもらったって。今回の打診があったとき、すぐにわかったよ」


 アシアは今、各地に意思を分散させ、惑星維持に取り組んでいるはずだ。

 その際A級構築技士に接触を測ったのだろう。


「さあ。君が知りたいのはなんだい。それによって僕の説明も変わるだろう」

「ありがとうございます。あなたはシルエットと他の兵器との連携を常に考えていると聞いたことがあります。そこが知りたいのです」

「理由は?」

「ファミリアやセリアンスロープの戦力、生存向上。そのためのシルエットと車両を模索するため」

「ふむふむ。わかった。実に明確な意図だ。ついてきて」


 彼は歩きながらコウに話しかける。


「前回の技術提供は良くも悪くも輸送目的で自己完結していたね。シルエット連携の重要性を自力で気付くとはよい着眼点だ」

「恥ずかしながら指摘を受けまして」

「恥ずかしがることはない。君はここにくるまでに間に合った。それは成果だ。一人でなんでもかんでも考えるのはアーキテクトのやること。僕たちはブリコルール。情報をたくさん集めて繕うブリコラージユ。そうすればいいさ」


 目的地に着いたようだ。雲嵐は扉を開け、屋内の兵器器試験場に入る


「では行きましょうか。現在研究中のものをお見せしましょう」


 三人は兵器試験場を歩き始めた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る