野外整備班の戦い
戦車隊ロジャーの被弾を受け、後方の戦闘支援部隊に所属する野外整備班にも緊張が入る。
いち早く戦車回収車が走り出す。被弾車両は走行可能とはいえ、速度低下が著しい。
「いくよ、フラック」
「わかった、マーちゃん」
シルエットに乗った二人の姉弟が、お互い声を掛け合う。
戦場にそぐわない二人は、おそろいのツナギを着てシルエットに乗っていた。シルエットのコックピットは二人には広すぎるぐらいだ。
姉の名はマール。弟の名はフラック。ファミリアで構成されたストームハウンドのなかで珍しい人間のメンバーだ。
黒髪の少年フラックは姉のことをマーちゃんと呼ぶ。十一歳は若年層が珍しくない戦場でも、幼すぎた。そして姉もまだ十三歳の少女だ。
彼女たちは戦災孤児だった。リックに助けられて以来、共に行動をしている。リックたちが渋るなか、シルエットに乗れることをアピールしパーソナルフォースに加入した。
ファミリアがどうしても手に負えないシルエット全般の作業を請け負っている。
「ロジャーを連れてきたぜ!」
狸型のファミリアが、ロジャーの戦車を回収し戻ってきた。ウィンチで連結している。
すかさず二人の工作用シルエットと戦闘支援班のトラックが囲む。作業車のクレーンで戦車を吊す。
「ロジャーさん! ウィスのリアクターを切って!」
「おうよ!」
戦車のウィス動力炉を切るロジャー。
ここから二人の戦いが始まるのだ。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「足回りは私がやる。装甲換装と補修を」
「はい!」
少年は真剣な顔付きで返事をする。戦場において姉は上司だ。
「転輪、スプロケットは戦闘に問題なし。履帯解除、交換完了」
マールは引き上げられた戦車の履帯を速攻で外し、すぐさま事前に用意していた履帯を装着する。
「マーちゃん! ごめん、装甲が外せない。直撃でフレームが歪んでる!」
少年の泣きそうな悲鳴。
高次元投射で強化されたフレームを歪ませる衝撃。戦艦の主砲というのは嘘ではないらしい。
本来ならシルエットでなら簡単に取り外せる装甲が、歪んだフレームでびくともしない。
「どいて。あんたは弾倉交換!」
「はい!」
マールはすかさず工作車両から、超大型の電子工作用の電磁ハンマー・バンカーを取り出す。
腕を覆うほどの
パイルバンカーと同じような打ち出し式ハンマー用の格納筒だ。炸薬では無く電磁式で、繰り返し使用、連打も可能なタイプだ。
三百トンから五万トンのハンマーを多用途に使いこなす。圧力は電力で調整する。
右腕にハンマー・バンカー。左手に作業用の高周波電熱式の振動カッターを装備し修理を続行する。
「敵襲!」
通信車両からうさぎ型のファミリアの緊迫した声。
「こんなときに!」
三機のシルエットが近付いてくる。十分に警戒はしているが、地の利はやはり敵にある。接近を許してしまった。
補給部隊から叩くのは戦術として王道だ。
マールは焦る。このまま修理を続行するにも、迎撃するにも時間がなさすぎた。
フラックは慌ててライフルを装備しようとしているが、彼に戦闘経験はない。
いっそハンマーでぶん殴るかな、マールはそう思いながらハンマーの出力を最大まで上げた。
決して戦闘用ではないし、敵を殴るのに使ったらシルエットの腕が壊れるほどの衝撃となる。
彼女たちの前に二機のシルエットが立ちはだかった。
一機はメタルアイリスのブルー機。もう一機は、依頼主であるコウの五番機だ。
「修理の続行を!」
「はい!」
依頼主のコウを信じることにしたマール。
彼女たちが直接戦うよりも、一刻も早くロジャーを戦場に送り返すことが、最大の戦力となる。
装甲が外れない。合板がわずかに浮いたところをハンマーで浮かせる。
当たりをつけながら、装甲を最大限に浮かせ、ハンマーで弾き飛ばす。
歪んだフレームはあたりをつけながらハンマーで叩いていく。はめこみ用の溝の部分のゆがみは塑性変形で修理はできないが、おおまかなゆがみは弾性変形の要領でもとの位置に戻していくのだ。
修理できない溝の歪みは、高周波カッターで強引に切除する。今装甲が装着できればいい。本格的な修理は工場でレールごと交換となる。
金属だからこそ可能な修理である。
装甲材に使われているセラミックではこうはいかない。セラミック系マテリアルはユゴニオ弾性限界が鋼鉄の十倍ともいわれるが、靱性や破壊特性に問題がある。割れてしまうのだ。それは靱性が高いものが生成できたといわれるナノセラミック系材料でも同様の傾向にある。
「あとは無理矢理はめる。フラック、この場所の装甲材を!」
「マーちゃん! これ!」
弾倉を交換終了していた弟は、すでに装甲材を抱えて待っていた。優秀な、自慢の弟だ。
やや入りにくいが、隙間はハンマーで叩いて強引にはめ込んだ。
フラックがすかさず、光を発する修復材を吹きかける。熔射修理と呼ばれる即効性の応急処置だ。
「ロジャーさん! おっけ!」
「ありがとよ! マーちゃん!」
狐のロジャーが礼を言う。
彼がこの場所に牽引されてから十分も経過していない、見事な早業だった。
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