聖杯探索
戦闘指揮所に集まった彼らは今後の方針を話し合っていた。
決定したことは、コウの機体研究の続行。
そしてオケアノスを通じて入手した技術は、この世界にいる転移者の企業へ技術移転することが決定した。
コウは構築技士Aランクの技術者でも入手できない、惑星間戦争時代の兵器関連の制限技術も入手可能になっている。
ただし本人の仕様要求にかなり左右される。アストライアは開発ツリー形式でサポートといったが、これはかなり簡略化しているとのことだ。
コウは師匠がいっていた技術の拡散による戦争誘発を気にしていた。
「技術移転の結果、人間同士の戦争で滅んでもコウは気にするなよ!」
「気にするって!」
「コウが入手しなくても、他の誰かが入手する可能性もあるにゃ」
「一度は滅んだ世界。気にしてはだめ。放っておいてもストーンズに制圧されたらみんな生き地獄」
エメもフォローしてくれる。その滅びのせいで千年眠っていた少女の言葉は重みがあった。
「それよりもですね。コウが拡散した技術でコウ自身が殺されないか心配です」
「それは気にならないから」
「気にしてください!」
暢気なコウにアキが怒る。
技術移転はオケアノスを通じて可能だ。技術の生産権限付与ともいえる。
初めて知ったがコウの構築技士は最高ランクであり、各企業の情報も入手できる。すでにオケアノスが各企業の情報を入手していた。
移転した技術が悪用や売買される危険性を危惧したが、すでにそれはされることが前提だったらしい。
使用許可を出した技術の売買を最初から認め、その特許料を徴収することでむやみな拡散を防ぐというものだ。
また様々な条件を企業に提示することができる。
「新技術で五番機を強化するだろ? でもワンオフ機じゃ意味が無い。そんな機体どうやって修理や補給するんだ。元の部品を買って改修を毎回するのも不便だろ」
「とはいっても、ここの施設を利用するしかないんじゃない?」
「再設計したTSW-R1をメーカーに作ってもらえ。技術そのものが報酬になるんだよ」
「そうか。後継機に移ったとしても手足はモジュール式で換装も簡単。共用部品化されるだろうし」
コウの時代さえ、モデルチェンジしても同じ部品を生産し使うことが多かった。共用部品と言われている。
メッキの色や多少削って品番の末尾が変わることも多いが、図面的にも大きく変わることはない場合も多い。
「そうそう。作ってくれなきゃ他のメーカーに頼めばいいしな」
「
「地球にいたころの色んな会社を連想する。うう、頭が……」
物流改革は各社必須だ。現場に関係ないかと思われがちだがとんでもない。納期厳守、機械トラブルが起きようものなら大騒ぎだ。
難加工品の仕事が集中すれば、残業である。
ロジスティクスは彼にとっても密接な関係がある概念だった。
「コウの時代の物流管理って奴だろ? 部品を作るリードタイムがあって、製造して倉庫へ運んで次の製造現場へ、そして完成、顧客へ。戦場の補給だって大きくは違わないさ。補給して、輸送して、整備する」
「戦略、戦術、兵站の三要素は重要にゃ」
「戦場では修理しやすさ、調達のしやすさも重要です。ワンオフ機が性能二倍でも修理に五倍時間かかるようでは兵器としての評価は落ちます。構造が複雑なものほど修理は困難です」
「俺の仕事でも旧車の補修部品の作成はあったな。生産年限って奴で補修用部品の在庫は常に一定数確保されていると聞いた」
たまに古い部品の加工依頼がきていたことを思い出した。補修部品用、サービスパーツなどと言われていた。
修理部品がすぐ打ち切りになるメーカーは忌避される。それと同じことだと理解したのだ
地球にいたころの仕事を思い出し頭を抱えるコウだったが、ヴォイやアキが優しく教えてくれる。
居住区域ごとにわかれた現在の人類は、とくに兵站に対する認識が弱く、転移者たちが意識改革を行っている最中だという。
軍事力を極力持たないような時代が続いていたせいもあるのだろうが、主戦力がアンダーグラウンドフォース、個別の傭兵部隊だ。それぞれ傭兵が発注するしかない。
現在は傭兵と企業間の尽力で成立している情勢なのだ。
「補給部材の調達のしやすさが大事ということだ」
「あくまでベースの話にゃ。カスタムは任せるにゃ」
五番機を製造依頼するなら、最初はやはりあの会社しかないだろうな、とコウは思った。
それに見合うだけの代物を作らなければ、と思う。
「新機軸というわけではないんだけど、開発ツリーで欲しい燃料がでてきてね」
「ウィスがあるのにか」
「ああ。金属水素っていうんだけど、これは作れるのかな。燃焼効率が跳ね上がるみたいだ」
「コウ。それは新機軸どころか技術革命になる」
無言だったエメが口を挟む。
「惑星間戦争時代の主力物質の一つ。ウィスと、金属水素。この二つが重要だった」
「ということは兵器案件で封印された技術か」
「そう」
コウはため息をついた。使えない可能性が高いからだ。
「金属水素。コウの時代では高圧物理学の聖杯の異名を持つ物質。木星にあると仮定され、地球の核であるマントル以上の気圧、500万気圧以上の環境下でようやく生成できる」
聖杯は様々な比喩に使われているが、技術の世界では到達困難な目標、などの意味合いが多い。
そのかわり、到達を為せば見返りもある。その意味でも聖杯という比喩は好まれた。
「無理じゃないかな、そんなの作るの」
「ウィスを用いたパワーユニットなら追加出来る。だけど、コストは覚悟する必要はある」
「ちょっと待って。生成そのものをパワーユニットに追加できるのか」
「可能だ。本来はAカーバンクルに付随する生成ユニットで作るのがいいのだが」
水素系の燃料よりも遙かに燃焼効率が良いとのデータを得ていたコウの脳裏には、ジェニーの三次元行動があった。
金属水素を用いてバーニアスラスターの性能を上げるならば、三次元戦闘はもとより機動力をあげることにも使えると思ったのだ。
『金属水素の要求を確認。現在コウは金属水素を作ることはできません』
「現在、って?」
『封印された金属水素生産の権限を持つ施設と接触し、生成権限を付与されることで開発することが可能です』
「とはいっても、そんな施設もうないんだろ?」
『ストーンズ支配下の要塞エリアの地下にいくつか残っています』
「ソピアーが破壊しなかったのか」
『金属水素自体は汎用の燃料として使用されるのが本来の使い道です』
「接触か。わかった」
「聖杯探索だな、コウ!」
「ヴォイ。それだと達成困難な偉業って意味になるからやめるにゃ」
技術革命の一つになるなら、挑む必要はあるだろう。
『金属水素生成の権限を持つのはアシアです。封印されたアシアの一部をストーンズから解放するという、最高難度の任務となります』
「アシアか! なおさらやらない理由はない。やるよ。むしろ、金属水素よりやらないといけない理由だ」
この星に来た時、一番最初に助けてくれた存在。師匠に巡り会わせてくれた少女。
『了解しました。協力を要請する勢力や作戦プラン立案に移行します』
アストライアはすぐに作業に取りかかる。
「そのためにもTSW-R1はしっかり強化して挑戦しないといけないな」
ヴォイの言葉に頷く。まずは手元の戦力強化が必要。
そのために五番機を強化することが最短距離だと確信した。
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