開発ツリー

 数時間は経っただろうか。

 仮眠室のベッドで横になろうとすると、大型犬がいた。ファミリアだろう。コウが寝る予定のベッドの床にいた。

 綺麗な小麦色の、ゴールデンレトリバーに似ている。


 ヴォイが他にもファミリアがいるということを思い出した。疑問には思わなかった。


「ゴールデンか! ファミリアかな?」


 コウは動物好きである。猫も犬も好きだった。


 犬は目を開け、優しい瞳でじっとコウを見ている。

 コウはベッドに座り、ゴールデンに向かって話しかける。


「おいで。お前はしゃべれるのかな?」

 

 その言葉に犬はコウと同じベッドの上に移動してきた。 

 犬は首を横に振った。師匠はファミリアでも会話できるタイプとできないタイプがあると言っていた。後者ということだろう。


「お前、綺麗な毛並みだなあ。ふかふかだ」


 コウはそっと耳の付け根を撫で、首下をなでる。

 首かから背中の毛並みを手櫛をするように撫でてみた。気持ちよさそうに目を細めていた。


「大きな森がたくさんあるから散歩しても楽しそうだ。俺と散歩するかい?」


 近所の大型犬の飼い主が、いつもぼやいていたことを思い出す。大型犬は散歩距離も長いのだ。散歩コースが短いとストレスが溜まってしまう。


「わん!」


 嬉しそうに吼える。そのまま巨体をコウに押しつける。コウは抱きしめる形になった。

 ぺろぺろとコウの頬を舐める。


 コウも嬉しくなり、しきりに犬の頭や体毛をなでる。


「にゃあ?」


 今度は猫が現れた。コウのベッドの下にいたらしい。

 目つきの悪い灰色のチンチラペルシャだ。かなりの巨体だ。茶虎の体毛で、斑点はない。鼻ぺちゃで目付きがガンを飛ばしているようにもみえる。


「おお、猫! お前も可愛いな。俺は昔ね。猫飼っていたんだよ」


 有無をいわさず両手で掴んでベッドに上げるコウ。

 猫はびっくりして固まっている。コウの声音は普段より優しい。


 猫はおとなしくコウに撫でられていた。

 ブラッシングしたいが、そんなブラシは無いので手櫛だ。


「お前もファミリアか? しゃべれる?」

「にゃあ?」


 どうやらこの猫も会話できないらしい。意思は伝わるようだ。

 額をちょこちょこ撫でたあと、首下をくすぐるように撫でる。


 撫でられるのも飽きたのか、猫はコウの足下へ移動し、丸くなって眠ってしまった。

 犬はコウの頭で寝そべっている。


「おいおい。枕にしてしまうぞ」

「わん!」


 どうやら枕にしていいらしい。恐る恐る頭を乗せると、犬も本格的に寝る姿勢になった。コウを見守るように扇型に寝そべっていた。

 さすがに頭を乗せたままだと悪いので少しずらす。頭を押しつけるように寝る。

 お腹と毛並みの感触が心地よい。


「師匠がいたらなあ。ひょっとしてお前たちは師匠がいなくなった俺を慰めにきてくれたのかな」


 返事はない。しかし犬はコウの頭に腕を載せ頭を押しつけてくる。犬の顔がコウのすぐ隣にあった。

 半ば抱きかかえられるような形になってしまう。

 

 敵意のない動物たちに囲まれて、くつろいで眠ることができそうだ。

 コウはうつらうつらしながら、穏やかな眠りに落ちていった。



 ◆  ◆  ◆  ◆  ◆



 目を覚ましたコウはうつ伏せに寝ていた。

 優しい柔らかな感触に埋もれている。昨日のゴールデンの感触………ではなかった。


 固まった。動けない。

 頭を抱きしめられている形になっているのだ。きつくならないよう、そっと頭部に腕を添える形で。

 柔らかい女性の胸…… 夢でなければ思い当たる人物は一人しかいない。


「アキ……?」

「おはようございます。コウ」


 アキは目を覚ましていた。すぐに返答があった。コウが目を覚まさないようずっと抱きかかえていたのだろう。


「俺はゴールデンと一緒に寝ていて」

「私です。そのゴールデン」


 犬耳と尻尾をぴこぴこしながらアピールしているが、コウは抱きしめられている形なので見ることはなかった。


「え、あ、あの! ごめん! そうかセリアンスロープって動物に変身できるんだっけ」


 アキの髪色、今思えばあのゴールデンそのものだ。

 セリアンスロープをただのケモ耳人間と思い込んでいたコウだった。


「コウ…… いやらしいにゃ」


 足下で寝ていた、寝間着姿のにゃん汰がいた。ジト目がコウに突き刺さる。言い訳しようもない状況で辛い。

 なでたり胸元に頭を突っ込んだりしたのはコウ自身だ。


「にゃん汰なんでいるの?」

「酷い言われようだにゃ。昨日のぶさ猫が私にゃ」

「ぶさ猫って。可愛いじゃないか。愛嬌があって」

「鼻もひくいし目つき悪いにゃ。本気で言ってるにゃ?」

「鼻ぺちゃで可愛いじゃないか。本気で言ってる」

「ふん…… 物好きにゃ。しばらくアキといちゃつくといいにゃ」

「いちゃつくって、おい!」


 にゃん汰は出て行った。


 コウはまだアキに抱きしめられたままだ。


「アキさん…… とても幸せなのですが、ご迷惑では。そろそろ離してもいいんだ」

 

 ギャルゲかラノベのような出来事だ。幸せといったが、過言ではない。


「幸せならいいじゃないですか。私は嬉しかったですよ、昨日。あんなふうに接して貰えて」


 コウを抱きしめている腕が優しく力を増す。それが事実であることを物語っていた。


「大型犬見るとテンションあがるんだ。昔は白い大型犬も、思わず抱きついてしまって」


 近所のグレート・ピレニーズは子供好きで、抱きついても怒らなかった思い出があった。


「じゃあ毎日一緒に寝てもいいですね」

「そ、それはアキに悪い」

「私は歓迎ですよ? ――森を一緒に散歩しようなんて言ってくれた人、あなたがはじめてです」

「散歩はしよう」

「ふふ。楽しみです。でもお困りみたいですから離しますね」


 ようやくアキが離してくれた。

 薄い肌着のみのアキに顔を真っ赤にするコウ。


 アキは目を細めてコウを見つめている。


「スキンシップ、大事ですね」

「あ、ああ」


 女性慣れしていないコウはそうこたえるのが精一杯。

 彼の気持ちを知ってか知らずか、アキは穏やかに微笑んでいるだけだった。



 ◆  ◆  ◆  ◆  ◆



「ってわけで朝っぱらから二人でいちゃついてるんだにゃ、こいつら」


 にゃん汰が憮然とした表情でヴォイに愚痴ってる。

 本気で怒ってるわけではない。からかっているのだ。ヴォイは熊ながらにやにや笑っている。

 アキの方はにこにこ笑い、コウは気まずそうに目を逸らした。

 

 ここは食堂だ。だだっぴろい大きさ彼らはぽつんと座っている。

 

「やるなあ、コウ! さっそくアキの好感度をマックスか!」

「ええ。一緒に散歩しようというのは、犬型セリアンスロープにとって求婚と同じこと。私もあそこまで言われては」


 頬を染めながら言うアキに、目を丸くするコウ。


「え? 本当?」

「……嘘に決まってるにゃ。コウ、覚えておくにゃ。動物だって女だってしたたかにゃ」


 呆れたジト目で、冷ややかにコウに忠告をするにゃん汰。

 コウは隣を見ると、犬耳を伏せてぺろっと舌を出すアキがいた。


「まあ散歩しようとか言ってくれたら、そりゃ懐くよな」

「ですよね!」


 何故かヴォイがアキに理解を示す。アキは我が意を得たりとばかりに尻尾をぶんぶん高速に振っている。


「って、話は変わるけど、ちゃんと食事あるんだな」

 

 強引に別の話題を振るコウ。

 暖かいスープにピザ。炭酸飲料。この惑星にきて食べる、懐かしい料理。


「千年以上前の食材だけど鮮度に心配はないにゃ。肉野菜魚穀物、数千トン分は搭載されてるにゃ。私の手料理ありがたく食えにゃ」

「ありがとう、にゃん汰。凄く美味しい。でも数千トンって凄い量だな」

「そうでもないにゃ。その三倍は備蓄できるにゃ。この船は約一万人収容できるから一ヶ月分ぐらいかにゃ? 私達だけなら余裕にゃ」


 基本ファミリアもセリアンスロープもベースとなる生物と同じ構造を取っている。食事は必要だ。

 一万人はコウがいた空母の収容人員を上回る数字だ。


 食事を終えた三人は、五番機の方針を確認した。


「うむ。はっきり言おう。技術の退化著しい。【ソピアー】はよほど絶望したんだろうな」


 ヴォイがため息交じりに吐き捨てた。


「そんなに?」

「ああ。コウにわかりやすく例えると木刀や竹槍で戦車と戦っているようなもんだぞ。ラニウスはまだいい。主流のベアなどは乗用車に追加装甲積んだような状態でしかないな。惑星間戦争時代ならただの武装ゲリラだ」

「人類が押されるのもわかったにゃ」

「状況は想定以上に酷かったですね。私達も【ソピアー】の技術制限で惑星間戦争時代の技術再現は難しいです」

「マーダーは人間が開発した兵器で、技術は高いが不完全。だがそれゆえ【ソピアー】の超技術の制限も、【人間に寄り添う】という基本理念も存在しない。確かに厄介だ」


 彼らは現在のシルエットの能力では、対マーダー戦闘を考慮しても不利という結論に達していた。


「俺は何をすればいいんだ」

「技術を引き出し、拡散させることだな。どうするかは俺には皆目見当つかないが、アストライアがやってくれるさ」

「拡散させる必要性は?」

「人類へ供給する量産機をすべてこの施設でまかなうことは不可能だからな。ただ、今の人類に与えてもよいかの判断はコウ次第というところか」

「どうやって技術を引き出せばいいのかすら分からない」


 コウも途方にくれていた。

 世界はこのままストーンズ率いるマーダーに制圧される。しかし撃退に成功すれば彼が拡散した技術で人間同士の戦争になるという。

 そもそも何をしてどんな技術を引き出せばわからないのだ。


『そこは私が補足しましょう。オケアノスからは私を通じて技術情報が引き出せます。ですが、あなたの想定するもの以上のものを引き出すことはできません』

「具体的に!」

『あなたの時代から開発された、または開発予定の兵器に関する技術情報を引き出すことは可能でしょう。そしてその応用範囲の技術の使用許可は下りるはずです。あなたが目撃したレールガンはその代表です』

「そうか。レールガンはあった。レーザー兵器は…… 戦車の装甲を貫くにはほど遠いって話しだった」

『別の例を。例えばあなたが最強の兵器が欲しい、といってもオケアノスは技術提供しません。いわゆるロボットアニメやゲームの兵器を例に出しても無理でしょう』

「え、アニメとゲームだめ?」

『ダメです。設定の根幹たる架空の粒子や金属が存在しないのですから、オケアノスは回答しようがないのです』


 にべもないとはこのこと。軽くショックを受けるコウだった。


「わかりやすい説明どうも」


 アニメとゲームが封じられ、どういう技術を引き出せばいいか、ますますわからなくなった。

 ウィスがあるからいいじゃないか、といったら怒られそうなのでやめておく。


『一つ一つ発展させ概要をつかんでいくしかないでしょう。ゲームでいえば開発ツリーといえば伝わりますか?』

「ああ、それならわかる」

『はい。開発ツリー形式であなたをサポートいたします。戦車、航空機を開発し、どの技術が必要かあなた自身が知りながら、シルエットに応用できそうな技術を引き出してください。あなたの知識や欲求が増えるとオケアノスも回答しやすくなるでしょう』

「うぅ…… 凄い遠回りだな……」


 開発ツリーといわれてもゲームでしか知らないのだ。


『各地の構築技士たちは自分たちの知識の応用で技術を引き出しています。詳細を把握する必要はありません。具体的なイメージが必要なのです』

「俺らもサポートするから気楽にいこうぜ!」

「ああ、頼むよ。ヴォイ」

「うちらもいるにゃ」

「ですね」


 途方にくれるコウに声をかける三人に、コウは感謝のまなざしを送るのだった。

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