眠り姫

 機動工廠プラットホーム【アストライア】から、ヴォイを乗せて一台の車が飛び立ち、しばらくして戻ってきた。

 巨大なコンテナが搬入された。


 搬入が終え、コンテナから取り出されたカプセルが医務室に運ばれる。

 全員、そのカプセルの側に集まっていた。


 そのカプセルには7、8歳ぐらいの美しい少女が眠っていた。

 頭髪は一切ない状態だ。病人のような印象を受けた。


「彼女に私の記憶を全て託す予定だ。頼んだよ、コウ」

「この女の子が娘?」

「そうだね。娘のようなものだ。そして……私は彼女の一族に仕え、この娘は最後の飼い主だった。千年以上前の話だ」

「最後の飼い主か……」

「この子は戦争で負傷してね。このカプセルで治療中にまた戦闘が起きて一時隔離。住民の多くは死傷した。そこへ例のデータ化が発生。生き残った者も記憶を消され量子データ化されてしまい、この施設は休眠したまま忘れられた。蘇生させようにも蘇生権限がある者さえいない」

「そんな……」

「私は彼女の一族をずっと見守っていたのだよ。不幸なことにこの子は量子データ化から漏れてしまった。私も千年前の時点でもうすでに体は限界だったが、一緒に休眠し二百年前目を覚まし世界を見て歩いた」

「師匠にとって本当に大切な一族、その最後の一人なんだな」

「彼女の蘇生の可能性が最後の目的だったのだよ。この施設を任せる者、それは彼女を蘇生できる者に他ならないのだ」


 師匠が遠い目をしていた。

 コウにはわかるような気がした。施設の委譲だけに、師匠が構築技士を探し歩く必要はなかっただろう。

 

 助けたい人がいた。とても納得できる理由だった。


「この子が目覚めた時、親も兄弟もすでにない。以前の記憶も記憶しているかどうか。AIのサポートがなければ人格も維持できないだろう」


 少女は脳に記憶補助装置が埋め込まれている。本来の脳の機能を拡張するナノマシン。コウも飲んだ言語翻訳機能のナノマシンの高性能版といっていい。

 このナノマシンに師匠のデータを移植するのだ。


「私のデータを移植することで事情は察するだろう。目を覚まさないほうがいいと思うかね?」

「……俺にはわからない」

「そう。それは誰にもわからないんだよ。だから託す。構築技士であるコウなら蘇生権限はあるはずだ」

『コウは蘇生権限を所有しています』


 師匠の言葉をアストライアが答える。


「そうか。なら安心だ」

「わかった」


 苦痛を抱えながら生きるのは辛いことだ。引き留めたかったが、断念した。


「師匠。私達を選んでくれてありがとにゃ」

「はい。このご恩は忘れません」

「あとは任せなよ」

 

 三人もそれぞれ感謝の言葉を口にする。

 師匠は目を細めて笑った。


「ではコウ。伝えきれないことがたくさんあって申し訳ない。今からデータ移植を開始する。まだ私が稼働……いや生きているうちに」

「ありがとう、師匠」

「こちらこそ。私の本当の望みを叶えてくれてありがとう、コウ」

 

 師匠はぺろんとコウの頬を舐め、カプセルに近付く。 

 コウは名残惜しそうに頭や首の下を撫でる。


 アキとにゃん汰が小さなケースに師匠を入れ、機械の奥へ吸い込まれる。

 肉体は、分解されるらしい。


「師匠のデータをどれだけ引き継ぐかは、本人とサポートのナノマシンのキャパ次第ですね。短くて一日、長くて三日ぐらいかかります。時間が経過するほど師匠のデータを鮮明に受け継いでいると考えてください」


 アキの説明に、コウは頷く。


「師匠は、私達を一切目覚めさせることはしませんでした」


 真面目な顔のにゃん汰が呟く。


「一人で、この荒廃した世界を彷徨い構築技士を探していたのです。野心ある者には渡せない。だが、信頼できない者にも渡せない。あなたが現れてくれて良かった」

「野心か…… そうだよな。ここがあればなんでもできそうだ」


 無人の工場。何ができるか不明だが、惑星間戦争時代の技術を伝えきくたびに、使い方によってはとても危険なもののはずだ。


「本当は交代で探すのが良かったのです。でも彼はそれをしなかった。一度長時間の冷凍睡眠から目を覚ますと、再び冷凍睡眠状態に戻す事が難しいからです」

「というと?」

「冷凍睡眠施設を動かす管理者がいないからです。でも、あなたがきてくれて私達は目を覚ますことができました」

「幸せかどうかはわかんないよ」

「永遠の眠りと死の違いはどうなのでしょうね。この子にも言えることですが」


 カプセルを撫でながら遠い目をしていた。


「私たちは今、目的もあります。今はそれに全力を尽くしたい………にゃ」

「にゃは今更じゃない?」


 にゃん汰の素を見た気がした。

 

「ちょっとシリアスな雰囲気を出してみただけにゃ」

「ったく…… 目的って?」

「コウを生存させることにゃ。あとは五番機の強化じゃないかにゃ?」

「そうだった!」

「TSW-R1の五番機、データ見ているが面白いな。よくもまあ今の限定された技術であの機体を作ろうとしたものだ」


 ヴォイも五番機を気に入ったようだ。


「色々覚えることがありそうだ。明日からみんな、よろしく頼むよ」

「お任せください」


 にっこり微笑むアキに、安心感を覚えるコウだった。

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