装甲と火力と機動力と
メタルアイリス隊長であるジェニーは、部下の報告を聞いていた。
美しい金髪を短く刈り上げ、軍用ジャケットを着ている。
彼女は若干25歳にして隊長を務めている。亡き恋人からパーソナルフォースを引き継いだと言われている。配下の信頼は厚い。
「敵は無人機のみ。ということは目的はコントロールセンターね」
人間の居住コロニー帯である防衛ドームや要塞エリアにはコントロールセンターが設置されている。
この中央にコロニーを守るドーム状の外壁、ならびに建物にウィスを供給する発電施設があるのだ。燃料に使われるAカーバンクルという物質はAスピネルとは比べものにならない出力を誇り、外壁や屋外の建物を強固にする。
もともと、高次元投射材は、宇宙塵、隕石雨などへの防護のために生まれたのだった。
「敵兵力は?」
「エニュオを中心にケーレス多数。コマンダー型が三十機。ワーカー型とソルジャー型が二百機ほど。またテルキネスを三十機確認しています」
テルキネスはシルエット型の高性能敵無人機だ。シルエットと違うところは、尻尾にあたる部位があり、非常にバランスが良いところにある。
極めて高い攻撃力と防御力を誇りこれが一機いるだけで、下位シルエットなら小隊単位、三機必要といわれるほどだ。それが三十いる。かなりの戦力だ。
「敵部隊は現在、地雷原を抜けています。自走砲ならびに多連装ロケットシステムによる砲撃を開始。あと30分後にはこちらの主力部隊と遭遇します」
「ソルジャーとワーカーを少しでも減らしてくれたら十分。主力部隊の編成は首尾通り?」
「混成編成として三小隊展開。主力戦闘車両二両、装甲車六両、随伴機兵としてシルエット12機、あとは当C212防衛ドームのファミリアによる支援部隊ですね」
通常の軍なら中隊編成と言われる規模である。
「ほかのチームとの連絡は?」
「市街戦に持ち込んでの戦闘を行いたいとのことで、前線への応援はありません」
ジェニーはため息をついた。
とにかく傭兵や傭兵組織は連携が苦手だ。指揮下に入りたくない気持ちはわからないでもないが。
「縦深が浅いというのも考え物よね。市民の避難は進んでいるのかな」
「市長は防衛ドームの放棄を決定。住民の避難は開始しております」
「唯一、市長のみ賢明が救いってとこか。こっちは少しでも時間稼ぎをするかしらね。指揮車に連絡。前線部隊は後退し、市街戦に移行。砲撃部隊はこれより15分後、支援砲撃を行って」
「了解しました」
ウィスが有効な市街戦では建物が十分な防壁となる。
人間型という性質上、シルエットは市街戦のほうが有効な兵器なのだ。
前線の応援に来ない他の傭兵隊の判断に文句はいえまい。
彼女もまた前線に向かうため、シルエットに乗り込んだ。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
前線では戦車部隊が交戦状態に入ろうとしていた。
後方から攻撃準備射撃が終了した。ネメシス戦域の戦闘のほとんどは、野外での危険性が高く敵味方とも歩兵がいない状態だ。本来なら歩兵の役割を、その巨大さゆえ不向きなシルエットが代行しているとも言える。
戦車は二両。残り六両の装甲車がサポートする形だ。戦車一両に装甲車三両が随伴する、二個小隊だ。後方に支援部隊一個小隊とシルエットのみで構成された巨兵小隊が続く。
戦車や装甲車のコクピットはシルエットから流用している。一から作るよりも汎用のフェンネルOSを使ったほうが早い。
ネメシス戦域では戦車が桁違いに高価な兵器だ。部品点数が多いシルエットが戦車より遙かに安いのは、製造施設の数の違いだ。
緩やかな地形を利用した稜線射撃を行いつつ、敵とにらみあう。
戦車部隊の主砲はレールガンである。レールガンの欠点である砲身寿命と電力はウィスによってカバーができる上に、弾が誘爆する危険性もなく安全性は桁違いだ。
ただ、敵もレールガンを用い超射程攻撃を行ってくる。
ダメージレースとしては戦車が有利。だが、敵は数を確保できる。
コクピットはシルエットのものを流用しているので、二人。操縦手と砲手となる。
21世紀の装甲カプセル採用戦車とさほど変わらないかもしれない。見た目はタンデムでの攻撃ヘリに近いのだが。
後方の装輪装甲車は120ミリの滑腔砲で支援射撃をおこなっている。
歩兵代わりのシルエットは、その背の高さを活かし索敵と援護射撃だ。戦車を壁にし、射撃を行っている。
戦車や装甲車のなかにはシルエット用の【盾】となる専門の戦車もあるのだ。この場合は火力は落ちるが、より防御力は特化している。
敵のアント型ソルジャーたちが次々に撃破されていく。
小口径のバッテリー型レーザーでは戦車の装甲を貫くことはできない。
戦車を撃退するべく、敵もコマンダー型を投入してきた。
乗員に緊張が走る。
「避難するまで時間稼ぎか。無茶振りだな、おい」
砲手は運転手に愚痴った。
前線を押し上げ、もしくは守り切る。戦車部隊の仕事だ。
装甲と火力、そして部隊全体の機動力が重要視される部隊展開において、ネメシス戦域では戦車軽視の傾向が強い。シルエット規格ですべてがデザインされている弊害だ。
だが迫り来るエニュオ率いるマーダーを一個中隊で押しとどめている現状が、戦車部隊の有効性を物語っている。
「相手を殲滅しろ、よりは優しいじゃないか」
「そりゃ無理ゲーってもんだ。だが、俺たちが一番時間を稼げるのも事実」
彼らの愛機はT-10A2をベースにカスタマイズされたものだ。
メイン武装は155ミリレールガンと30ミリ六連装機関砲。この機関砲はアクティブ防御システムも兼ねており、ミサイルの迎撃用でもある。
副兵装として主砲の同軸機銃は20ミリ機関砲と外部装備のロケットランチャーを装備してある。
意思無き殺人機械たちを無差別に行進させない、その威圧。
それを可能にしているのは、圧倒的な装甲と火力だった。
シルエットや敵の装甲が厚い為、口径も自ずと大きくなっている。
「エニュオの攻撃がやべえ」
砲手が悲鳴をあげた。
超巨大な蟻型兵器が行う射撃は、一撃でもまともに食らえば戦車でもひとたまりもない。直撃しなければぎりぎり戦車で耐えうるぐらいか。
ワーカーが放つ小型レーザーは大した威力ではないが地味に装甲を削られ、このままではいつかレールガンで装甲を抜かれてしまう。
「そろそろ引くか」
操縦手も後退を覚悟する。
エニュオは確かに的ではあるのだが、装甲が厚すぎて主砲の一撃もびくともしないのだ。
「少しでも時間が稼げていたらいいんだが……」
砲手が呟いた。
危険な前線で戦闘をしているのも、町の人間の避難の時間を稼ぐためだった。
数は向こうが優勢。そして制圧が目標であり、撤退がない。厄介な敵だった。
「やれるだけはやったさ」
弾も限界がある。主砲の装弾数はドラム式で24発の2セット、48発だ。
「下がれ!」
通信が響く。シルエットからだ。
槍を持った人型テルキネスが強襲する。凄まじい速度だ。
人型で戦闘力が極めて高い無人兵器。三本目の脚とも言える尻尾を用い、バランス能力が極めて高いことが厄介だった。
その戦闘力は雑魚マーダーの非ではない。シルエットと同じ兵装を使うのも脅威だった。
相対したテルキネスも背面にブースターユニットを装着している。
砲手は20ミリ機関砲で応戦するが、牽制にもならない。背後からも機関砲による支援射撃が飛んでくるが、高次元投射装甲の前では有効打にならない。
「いくぜ相棒!」
「おう!」
操縦手はすかさず軸を合わせ、砲手が接射に近い形でレールガンを放つ。直撃を受けたテルキネスは流石にバランスを崩す。
「体当たり、喰らいやがれ!」
重量は50トン弱。シルエットと同じく高次元投射装甲の戦車はテルキネスにも有効だ。
よろめいたところに車体をそのまま相手にぶつける。
さすがに戦車の重量は支えきれなかったのだろう。テルキネスは転倒した。
「おらぁ!」
その間に全力で後退し、主砲と機関砲による追い打ち射撃を何度も見舞う。
背後から、装輪装甲車も支援射撃を行った。
テルキネスは小刻みに震えたあと、完全に沈黙する。
陸の覇者たる戦車の底力であった。
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