烏餅

 このお菓子を作るためにどれだけの時間と、労力を払ったと思っているのか。

 烏餅。

 ようやく。

 ようやく。

 完成したのだ。

 烏餅なんてものがどれだけの意味を持っているかなどそんなものは百も承知だ。

 どうせ、だれも期待していない。

 けれど。

 けれど、なのだ。

 江戸時代から連綿と続いてきた和菓子の歴史の中で、この幻の和菓子である烏餅の作り方を現代に蘇らせるのは至上命題だったのである。

 あくまで、私にとってだが。

「おめでとう。ようやく完成したんだね。」

「あぁ、俺様の手にかかればこんなもんよ。」

「さっすがぁ、ぼくじゃあ、無理だっただろうなぁ。」

「いやいや、後は根性と時間だけだぜ。」

「そうは言ってもできないものはできないよ。なんて、立派なんだろう。これが烏餅かい。」

「そうだ、正真正銘、失われた和菓子の作り方から、もう一度蘇らせた究極の和菓子、烏餅だ。」

「これ、本当にすごいね。」

「凄いだろう。」

「うん、おめでたいよ。」

「おめでたいだろう。」

「餅なんだよね。」

「あぁ、そうだ。」

「これ、餅を原材料にして作った烏なんだよね。」

「そうだ。」

「いや、これ烏だよね。」

 俺は相方の顔を見つめた。

 相方は半分笑って、烏餅のことを指さしている。

 確かに、烏餅というのは餅を使用して烏そっくりのものを作る、そういう和菓子だ。そのため、見た目はそっくりだし、羽は動くし、ミミズなんかがいれば勝手についばんで食べたりする。卵も産むし、巣を作ったりもする。

 本当に烏そっくりなのだ。

「いや、これは烏だよ。捕まえてきた烏を和菓子だって言い張って。どうしちゃったの。」

「いやいや、ちょっとまて、これは烏じゃなくて、餅烏だ。」

「だって、これ、動いてるよ。」

「本物の餅から作った餅烏だからな。精巧に作ってある。」

「じゃあ、その引きちぎって食べたらお餅の味がするんだよね。」

「馬鹿、何言ってんだ。これを作るためにどれだけの時間が必要だったと思ってるんだよ。冷静に考えやがれ。これは、普通の烏や、どこかで溢れている金や宝石なんかよりも尊いもんなんだぞ。引きちぎって味を確かめるなんてもってのほかだ。」

「じゃあ、味も確かめられないの。」

「あぁ、そうだな。」

「じゃあ、餅かどうか分からないよ。」

「お前はな。」

「じゃあ、これ烏だよ。」

「違う、餅烏だ。」

「頭、おかしくなっちゃったの。」

「なってない。なっていないし、そういうツッコミはもういいんだよ。精巧に作りすぎて、烏そのものになっちまったのは、そりゃ謝るが、でも、お前だって見てただろ、この仕事場に烏なんてなかっただろ。あったのは餅だけだっただろ。」

「でもなぁ。」

 相方は全く信用しようともしない。

 最初の、おめでとう、は一体。何だったのだろうか。

 俺は餅烏に近づき、背中を撫でる。やはり製作者なのか餅烏は俺になついてきて体を寄せると羽を使って、俺の顔を撫でてくる。

 くすぐったくなり、思いっきりくしゃみをすると。

 それに驚いた餅烏が飛び上がって天井に激突、その衝撃で証明が倒れてきてしまい、なんと餅烏の体に直撃。

 腹が割け、肉片と小腸が飛び出し、血液が仕事場に染み出てくる。

「凄い。とうとう、俺は餅から本物の烏を作っちまった。烏だって、自分が餅だなんて思っちゃいねぇ。」

 俺は腹が減っていたので、倒れていた相方に近づくと眼球に手を突っ込み、そのまま引きちぎって口の中に入れる。

 この餅もまだつきたてみたいに美味い。

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