カクヨム三周年記念コンテスト短編集
エリー.ファー
フクロウからハリネズミに至る病
フクロウにはもう飽きた。
二年前にはもう、あたしはフクロウだった。
地球上をそんな病が蔓延したところで、大きく世界は変わらない。それもそのはず、大体が、一緒にフクロウになってしまったからだ。理由なんてものは知らないし、おそらく、誰も教えてはくれない。学者たちはこぞって研究中です、の、で、を言うあたりでフクロウになってしまって、それはそれは楽しそうに飛んでいた。
あたしは、それを目に焼き付けながら、自分がフクロウになっていくという感覚を味わった。
そして。
気が付けばフクロウだった。
母親と父親もフクロウになったけれど、残念なことにフクロウの間の意思の疎通はなく、誰が誰で、誰であったかなど確認のしようもなかった。
早い話が、自分もフクロウになっているにも関わらず、考え方は人間そのもの、しかし、視界に映るのはほぼフクロウのみ。
最初の内はいいのだ。空も飛べるし、ミミズはそれなりに美味しいし、人間だった時のように時間に追われるようなことはまるでない。いいこと尽くしではないけれど、やけに、メリットにばかりピントが合う。
ただ、その内少しずつ、考えが変わり始める。
飽きたのだ。
フクロウに。
人という生き物だった時は、やれ疲れるだの言っていたくせに、気が付けば、今度はフクロウという生き物で文句を言う。
いや、正確には言っていない。言ったのではなく、そう思った、というだけだ。
鳴くくらいしかない。
ある日のことだ。
フクロウの代わりにハリネズミが現れるようになった。
ハリネズミたちは、あたしが人間だった時のようなハリネズミとは一線を画していた。
明らかに、言葉を喋っていたのである。
それは、聞き憶えのある、人間の使う言葉だった。
おかしい。
何故、ハリネズミなのか。
あたしは、フクロウのくちばしでそのハリネズミたちを突く。
すると、言葉はこう返る。
元々、私たちもフクロウだったのだ、と。
人からフクロウへ、フクロウからハリネズミへ。
この病は少なくともそのような体の変化を起こすものであると分かる。
しかし、そのきっかけが分からない。
ある日、急に、人はフクロウになったが、フクロウからハリネズミへの変化もまた急なものだった。謎は解き明かされることも、また解き明かされる手段があることも分からないまま、放置された。それが問題そのものであるということもまた、無視されたのである。
それからどうなったか。
フクロウ同士の意思の疎通を、ハリネズミたちが買って出てくれたおかげで、フクロウたちの文化は飛躍的に上昇した。文化が生まれ、教育が生まれ、病院といった施設も簡易的ではあるが生まれた。黒人や白人なども皆、一様にフクロウになった訳で、見た目による差別はなくなり、不思議と元々人間だった時よりも状況は上手く流れた。
しかし、である。
フクロウの生活にハリネズミは必要不可欠となったが、ハリネズミたちには針がある。フクロウは怒らせていけないと、できる限り、敬意を払って接することにした。けれど、ハリネズミたちの態度は悪くなる一方だった。
それだけ、ハリネズミたちの存在は大きくなっていったのだ。
その内、フクロウがほぼハリネズミ化すると、昔からいたハリネズミたちは段々とその勢力を失っていった。間違いなく、今までの立ち振る舞いが自分たちの首を絞め始めたのだ。
その内、言葉を話すハリネズミばかりになると、とうとう人間だった時のように、不満を言う者たちが増えていった。しかも、人間と違いハリネズミには針がある。体同士がこすれ合うと、そのたびに出血する。
ある日、誰かが言う。
「フクロウに戻りたい。」
「何故だい。」
「言葉が喋れない分、お互いを慮っていた。」
「言葉が喋れないなら、こうやって愚痴を聞くこともできない。」
「人間に戻りたい。」
「何故だい。」
「ハリネズミのように体に針がないから、けがをしにくい。」
「ハリネズミのように体に針がないから、軽々に近づき合って余計に怪我をする。」
「だったら。」
「だったらどうする。」
「言葉を喋れる上に、近づき合わない生き物になりたい。」
その瞬間、まだハリネズミになり損ねていたフクロウがやって来て、空腹の余り
そのハリネズミの柔らかい腹を狙ってついばみ始める。
「一番上等な生き物であるハリネズミを殺せる、そんなフクロウが一番偉いに決まっている。」
いつか、ハリネズミはみんな、いなくなる。
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