第23話 改めて容疑者の洗い出し
「さてさて、こないだの復習も兼ねて学校の間取り図を書いてくれないかい? お二人さん」
すみれ達がおやつ後のお茶を啜りながら、二人を促した。
「なんでい? 探索はすみれさんは直接やらないだろ? サッカー教室で人目をひくおとり役だし」
健三が訝しげに尋ねるが、すみれはさらっとかわす。
「あたしだって情報は知りたいさね。準備中や片付け中に偶然見つけることだってあるじゃないか」
「できたよ。大雑把だけど」
優太が書き上げたのはHの形をしている校舎だ。真ん中に渡り廊下で繋がっているタイプだ。
「校庭に面しているのが南校舎、後ろが北校舎。今は児童が少ないから北校舎が空き教室になっていたり、給食を食べる部屋になっているよ」
「へえ、給食用の教室なんてあるのかい。時代だねえ」
「うん、浅葱町の給食は評判いいんだよ。出来たてだし、アサツキ無しでも作れるレシピもHPで公開しているし。で、北校舎の一部を壁を取り除いて広いランチルームになっていて、学年やクラス関係なくそこで食べてもいいんだ」
「で、こないだ探したところはどこだっけ? 綾小路さーん、手が空いてたらいいかい?」
談話室の隅で古新聞や雑誌を束ねていた綾小路が振り向いた。
「はいはい、これをまとめたら行きますよ。あれ?」
「どうしたんだい? 虫でも挟まってたかい?」
「あ、いえ、この街に来て日が浅いからよく知らなかったけど、この古新聞の記事で初めて知りましたよ。国体開催はあと少しなのに、まだ反対派なんていて活動しているのですか」
綾小路は古新聞の記事を興味深げに読み始める。
「反対派?」
「あ、それは二ヶ月位前の記事だね。まだ会場の近所の人達が反対してるのさ。予算の無駄だとか自然を戻せとか叫びながら役場前で座り込んだり十数人くらいのしょぼいデモ行進したり、うっとうしいね」
健三が代わりに答える。口調から反対派にうんざりしているようだ。
「はあ、そんなことになってるのかい。開発云々だってとうに終わってるだろうに。街が発展するならいいと思うけどね」
「だから言っただろ? 今度県知事が会場を視察に来るからドッカーンと派手にかますのじゃないかって」
「じいちゃん、校内の図面の話はどこへ行ったのさ」
優太がしびれを切らして話がペンをカツカツと叩いて口を挟む。どうやら話が小難しくて退屈になってきたようだ。
「おっ。すまんすまん。で、綾小路はどこを探索したんだ?」
「はいはい、確かドリンク作った家庭科室と準備室、南校舎の一階の空き教室全部ですね。氷を借りた保健室はさすがに無理でしたが。あとは裏庭の一部。古い焼却炉があったけど、鎖で縛られてたし、隙間から覗こうとしたけど、暗くて見えませんでしたね」
綾小路は地図に鉛筆でチェック印をしながら思い返していく。
「あの短時間でそんなに探したのか」
「あのくらいの鍵なら簡単に外せますし、元通りに掛けられます」
「さすがだね、昔取った杵柄だねえ」
「じいちゃん、昔取ったきねづかって何?」
「え?! いや、昔、広島に衣笠というすごい選手が居てな。そいつみたいにすごい奴ということさ」
「ならば『昔取ったきぬがさ 』じゃないの?」
「え、えーとそうだな」
しどろもどろになる健三にすみれは助け舟を出すことにした。
「いやだねえ、健さん。ボケをかましたつもりが滑ってるよ。綾小路さんはね、鍵屋さんをやってたことがあるんだよ。ほら、鍵を無くして開けられなくなった扉を開けるとか、鍵が無くなった古い金庫を開けるとか、そんな仕事さ。だから鍵を開ける知識あるのさ」
すみれは冷静さを装ってお茶をすすりながら、さりげなく作り話をする。さすがに元泥棒とは子供たちには言えない。
「なんだよ。最初からそう言ってよ、じいちゃん」
「お、おう。で、え、えーと探した場所だったな」
とりあえず誤魔化せたので共に安心した綾小路が図面を見ながら理科室を指さす。
「そうそう、男性の白衣の先生がコソコソして怪しいから、理科室も先生が出た後に調べましたよ」
「白衣の教師? サッカー教室の時にはいなかったね。土曜になんで出勤してんだい?」
「あー、河田先生だ」
「男性で白衣なら河田先生だよ」
美桜と優太がそれぞれ頷く。
「前も言ったけど、典型的な化学マニアだから器具を使って何か実験してるんじゃない?」
「うん、ありそう。なんか新薬を作っていると言ってもおかしくない」
「優太達の学校ってやべーやつが教師なんだな。もう少し、自衛の技を教えないとな」
健三がブツブツと言ってると優太が思い出したように顔を上げた。
「あ、そうそう。河田先生はよくコーヒーミル使って豆をひいてビーカーでコーヒー入れてるね。理科室前がコーヒーの匂いすることある。この綾小路さんが撮った写真なんかそのまんまだ」
すみれが写真を改めて突っ込む。
「うーん、ビーカーに粉末、漏斗に濾紙。アルコールランプがないね?」
「うん、昔は使っていたってじいちゃんから聞いたことあるけど今は火は危険だからIH」
優太が答える。火は危険って過剰反応な気がするのは自分が昭和中期世代だからだろうか、とすみれは考えたが今はそこじゃない。
「時代だねえ。何かを沸かしてコーヒーっぽい粉末から抽出しているようだけど」
「これよぉ、やっぱりこないだも言ったが、ただコーヒー入れてただけじゃねえか? 綾小路、匂いしなかったか?」
「あー、私は蓄膿症なのでわからなかったです。すんません」
「実験器具でコーヒー淹れる教師……ホントにいるのだね」
すみれが呆れたように言うと健三がツッコミを入れる。
「俺の母校の化学の先生はビーカーで味噌汁作ってたぞ。メスシリンダーで分量を量っていたから複数で分けて飲んでたのかな」
「化学のセンセは変わり者揃いだね」
すみれが言うと「お前が言うな」という空気が漂うが、皆黙っていた。その時、綾小路が思い出したように声をあげた。
「あっ! コソコソと言えば教師だと思うのですが、肥料を抱えた女性も見かけました。慌ててサッカー教室の関係者でトイレを探していたと誤魔化したので、後を追えませんでしたが」
「肥料?!」
皆が一斉に声を揃えてしまった。それは間違いなく今回の肥料盗難事件及び爆弾テロ事件の犯人グループの一人ではないのか?
「いや、私も一瞬怪しいと思ったのですけどね、蓄膿症の自分でも臭く感じたから盗まれた化学肥料ではないと。牛糞だか鶏糞っぽいから違う気がしますね」
一斉に注目を浴びた綾小路は慌てて弁明した。
「いや、それは一応容疑者候補に入れた方がいい。怪しそうなのは全部だ」
健三が手帳を取り出してメモに取り始めた。
「そうだよ、綾小路さん。肥料を堂々と持ち出す中でのカモフラージュかもしれない」
「それ、メガネかけて茶髪のパーマかけてる人でしょ? 多分、栽培委員会の吉田先生だよ」
「あの先生、すんごく栽培に熱を入れてるもの。関東の土は良くないからって、どっかからいい土を取り寄せようとして学校ともめたって聞いたことある」
「うん、俺も聞いた。結局、腐葉土と肥料を多めに買うとかなんかで手を打ったんだっけ?」
「そうそう、授業中にグチグチ言ってた。でもあの先生になってからは、お花はきれいに咲かせるし、ジャガイモやサツマイモは美味しくなったから、嫌いな先生ではないのだけど」
「なんで教師になったのかね? 農家になれそうだけど。浅葱小は変わった先生が多いねえ。じゃ、次回のサッカー教室はコーチは私と現役なでしこ代表だから参加人数も多くなる。でも休憩時間のドリンクなどを手作りすると行って家庭科室を占有する時間も増えるね。探索ルートを考えなきゃ」
「残りの空き教室は省きますかね、泥棒ならそんな分かりやすい所には隠しませんし」
「綾小路さん、分かってるねえ」
「いやあ、それほどでも」
「鍵屋さんってそんなことまで詳しいの?」
「さあ?」
優太と美桜は首をかしげるのであった。
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