第16話 いざ探索

 急遽行うことになった葱之山へのハイキングは晴れたり曇ったりという天気であり、少々蒸し暑い。

 まあ、真夏に比べれば動きやすい気温だが、少しハイキングには不向きだ。


「懐かしいねえ、ハイキングは息子が幼い時に行ったっきりだね」


「すみれさんにもそういう時代があったのね。塩飴、食べますか? 湿度が高いと熱中症リスクがありますからね。こまめに塩分補給しないとなりませんよ」


 千沙子がポケットから飴を取り出してすみれに渡す。そういう細かい所に気づくのはさすが栄養士だけある。


「ありがとね。そうだよ、体が弱い息子のために一緒にいろんな事をしたよ。サッカーも始めたら私の方が夢中になってしまったのだけどね」


「すみれさんらしいわね」


「ま、母親が奮起したからか息子も頑張って丈夫になってくれたからいいけどさ。今や嫁の味方ばかりして。あんのクソ嫁ぇ! 私の宝物のバルサのユニフォームに、サインボールを売り飛ばしやがって」


 すみれはこの苑に来る前のドタバタを思い出したのか、飴をガリガリと噛み砕き眉間に皺が寄ってきた。


「おうおう、すみれさんよ。そんなことより浅葱町の平和を守る方が優先だぜ」


「あ、ああ、そうだった。あ、そっちは斜面が険しいから気をつけて」


 すみれは当初の目的を思いだして冷静になり、皆に注意を呼び掛けた。


「詳しいねえ、すみれさん。ここは浅葱一族の私有地だし、こないだの食育イベントとは別ルートなのに来たことあるのかい?」


「そういえばそうですわね。先程の分岐点も迷わずに右を選んでいましたし」


 すみれはぎくりとした。浅葱一族の出身なのは内緒にしてある。総一郎からも釘を刺されているのはもちろんだが、すみれ自身もそれで集りなど余計なトラブルに見舞われたことがあるからバレたら面倒になる。


「や、野性の勘だよ。ぼ、ボールを扱うと感性が研ぎ澄まされるのさ」


「そうかあ?」


「そうだよ、ボールは五感を鍛えるのさ! ボールは友達! ボールは戦友! ボールは神様! 全てはボールが導いてくれるのさ。ほ、ほら、そんなこと言っている間に開けてきたから、きっと浅葱さんの言う広場だよ」


 なんとかごまかし、一行は広場についた。

 確かに学校の教室二つくらいの広さでなだらかな平地になっており、休憩するためのちょっとした東屋もある。

 そして、一面には花火の殻とゴミが散乱していた。すみれが知る限りはこの辺りは今も管理人が時々手入れしているはずだ。


「これは……」


 思わずすみれは絶句してしまった。自分の知っている葱之山ではない、こんなに荒れてはいなかったはずだ。


「不良たちが花火で遊んだ跡、に見えますわね」


 千沙子が足元のゴミを手にしてつぶやく。


「これは誰かが不法侵入したのですね。道中も行きがけの駄賃とばかりに植物が抜かれた跡がありました。自生していたケシだとしたら犯罪に使われてしまいます。もしも貴重な高山植物だとしたら、それらを摘むなんて言語道断です」


 総一郎は怒りを込めながらカメラであちこちを撮影している。


「ひでえなあ。空き缶にタバコの吸い殻、花火のかすと好き放題に遊びまくった後みてえだ」


 健三が缶をぐりぐりと踏みながら毒づく。


「健さん、まだ現場の写真を撮り終えてません」


「ああ、すまねえ」


「浅葱さん、どうするんだい? 警察に通報かい?」


 すみれが尋ねると総一郎はカメラをバッグにしまい、何やらガサゴソと探り始めた。


「いえ、通報は一応しますが、警察は届けを受理したらそれっきりでしょう」


「浅葱一族の山でもダメかい」


「現時点では不法侵入と不法投棄ですからね。爆弾の実験場にされた疑惑はあくまでも我々の推測に過ぎませんから、警察が動くには弱いですよ。ならば我々で動くしかないです。手始めに……」


「手始めに?」


「ここのゴミを回収しましょう!」


 総一郎はバッグからゴミ袋と軍手を取り出して皆に配り始めた。


「え? ちょっと浅葱さん。ハイキングって名前の調査じゃなかったのかい。そこまでやるのかい」


「ゴミを回収して分析するのです。何か手掛かりがあるかもしれないし、空き缶や吸い殻からDNAが採取できるかもしれない」


 浅葱は冷静に、しかし静かにキレていた。


「おいよう、浅葱さんよ。いきなりゴミ拾いなんてそんな」


「では何か? このゴミを見ながらお昼を食べられます?」


「う……しかし」


「とにかく、拾います! 所長命令です!」


「健さん、浅葱さんがこうなるとダメですよ。ここは従いましょう」


 千沙子の言う通りだ。すみれは心の中で頷いた。親戚だから慣れているが、総一郎がこうなると触らぬ神に祟りなしだ。

 こうしていきなりゴミ拾いのボランティア活動となってしまった。


「ゴミの中に証拠が残っていればいいのだけどね」


 すみれは独りごちながら、回収をしていくのだった。

 しかし、この独り言は後に現実となる。








  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る