第10話 ツッコミだらけのタケノコ掘り
肥料泥棒の件が進展しないまま、食育イベントの日となった。
快晴、と言いたいところだが、あいにく晴れたり曇ったりを繰り返す天気だ。まあ、日焼けや熱中症のリスクを考えるとこのぐらいがちょうどいいのかもしれない。
すみれを始め若葉苑の者と浅葱小学校の子供達が朝早くから近所の
また、葱之山も浅葱一族の所有なので権利関係も所長に許可を取るだけという簡便さもあって、毎年恒例のイベントなのだという。
「懐かしいね、葱之山は昔はよく登ったものだ。まだ幼かった息子の手をひいては山菜や野草を教えたものだよ」
すみれが懐かしそうに独りごちると、健三が不思議そうに尋ねてきた。
「え? 葱之山は浅葱家所有の山だから気軽に入ると怒られるぞ? 今回もイベントのために整備してもらったし、普段は立ち入り禁止だ。すみれさんは勘違いしてないか?」
「え? あ。ああ、そうだった。似たような別の山と間違えたかな」
すみれは慌ててとぼけた。この苑では浅葱一族の出身ということは伏せてある。総一郎からも固く口止めされているのにちょっとうかつであったかな、と後悔した。
「おいおい、すみれさんよ。ボケるにはまだ早いぜ。ボケ防止のためにも足腰動かさなきゃな」
「いや、既に動かしてるし、ボールを蹴ってるけどね。いや、斜面でのリフティングは平地とは違って難しいね」
「そもそも山でリフティングはしないだろ……」
「この厳しい条件がいいんだよっと、ととと」
今回のイベントの参加者は小学三年生の学年全体だ。と言っても合わせて四十人しかいない。少子化の影響で他の学年も似たようなものだという。
「それで、引率が子供十人に対して老人と大人が二、三人という割合か。まあ、苑の皆は頑丈だから大丈夫だね」
「おうよ、すみれさんも飲み込み早いな。さて、そろそろ竹林だな。タケノコのポイント到着というわけだ。よーし、皆、軍手とスコップを配るぞ」
子供たちは配られた軍手などを付けてはしゃいでいる。やはり何かを掘るというのは子供をワクワクさせるものだ。
「じゃ、どのタケノコを掘るかはだな。あれは伸びすぎているから採っても固くて食えたもんじゃない。長さとしては……」
健三は慣れたもので、タケノコ掘りのレクチャーを子供達にしている。他の班も同じように悦子がレクチャーしている。見事だ……とすみれが思ったのもつかの間だった。
「それでな、こうしてタケノコを掘って空いた穴だがな、落ち葉をカムフラージュに掛ければ落とし穴の完成だ。ただ、最近は相手が大怪我すると厄介だから十センチくらいの浅さにしてズボッとさせて驚かす程度にしておけ」
「はーい」
「こらこらこらー! 健さん、どさくさに紛れて落とし穴の作り方をレクチャーしない!」
ふと不安になってすみれは悦子と千沙子の班を見ると予想通りというか、お約束の展開となっていた。
「でね、こうやってタケノコ掘りの後の穴を大きくしてね、死体を埋めて殺人を隠したの。これで殺人は隠せると彼は思ったのね」
「ところが死体はね、夜中になるとムクムクと這い上がってゾンビになって犯人の元へ復讐に向かい始めて……」
「キャー、こわーい」
「こらこらこらー! 千沙子さんに悦子さん、どさくさ紛れに適当なミステリー&怪談話をするんじゃない!」
まさかと思いつつ、徳二と松郎の班を見てみる。タケノコではなく、立派に育った青竹をペチペチと叩きながら何か話している。
「でな、こういういい竹は竹細工に持ってこいだ。竹はクセがあるから木材のように彫刻できないが、竹細工ならローソクであぶりながら作ると簡単に曲がると作れるぞ。ほれ、証拠はこのタブレットの中にあるぞ」
「すげー!これ、ボカロのミライちゃんだ!!」
「こっちはクルミちゃんだ!」
「俺にも見せろよ!」
子供たちがタケノコ掘りよりタブレットに夢中になっている。
「こらこらこらー! そこ! 竹細工だかオタクの沼に引きずりこまない! さっさとタケノコ掘って!」
「いやあ、今年は大叔母様がツッコミ役になって助かります。あれ、毎年私が突っ込んで止めてたので」
総一郎は慣れたもので、澄ましたというか、達観というか、もはや諦めの境地でつぶやく。
「本当にクセがある人達だねえ。しかし、相変わらず見事な竹林だね。ここでパス練習したら竹に当たって軌道が変わるから一人練習にはもってこいかね。いや、いっそこの竹林をなぎ倒すくらいの強烈なシュートを放てれば……。条件によってはタケノコもシュートでなぎ倒して収穫できるかも」
「大叔母様も大概ですね。ちなみにシュートだとタケノコは上だけが折れるから根っこの部分がとれないから不向きですよ」
小さな声で総一郎がつぶやいたが、すみれには聞こえなかったふりをして、皆に大きな声をかけた。
「ところで、総ちゃん。私達が最後尾なの?」
「はい、そうです」
「じゃ、遠慮なく」
すみれは手にしていたボールを軽く蹴って上に上げ、落ちてきた所をボレーキックをした。
「いてっ!!」
薮の中から悲鳴が聞こえ、跳ね返ってきたボールをキャッチしながらすみれはガッツポーズをした。
「よし、計算通りのキック、と。頭の黒いネズミがいるようだね」
「ひどいなあ、俺ですよ。綾小路です」
両手で押さえた前頭部が赤くなっている。
「あ、すみません。しんがりに綾小路さんを付けてるの言い忘れてました」
「あ、あら、そうだったのかい。悪かったわね」
「すみれさん、こないだはともかく、今回は無実ですよ。この髪の毛が無くなったらどう責任取ってくれるんですか」
「い、いや、ボールをぶつけたショックで血行が良くなって生えるかもよ」
目をそらしながらすみれはとぼける。
「そんな訳無いでしょう!」
「は、はいはい。皆、遊びはそこまで! タケノコを掘るよ! 早く掘らないとタケノコは成長が早いからえぐみが出て美味しくなくなるよ!」
「はーい」
すみれは誤魔化すように子ども達に声掛けして軍手とスコップを配り始めた。自分は二班の担当だ。鍬で根っこを切るのは大人の役目で子供達はスコップで丁寧にタケノコの周りを掘っていく。
そうして掘ったタケノコを集めている途中、一人の児童の格好に違和感に気づいて声をかけた。
「あれ? あんたは体操着なの? 安全のために長ズボン履くようにとプリントに書いたのだけどな」
各自私服で長袖長ズボンなのに一人だけ半袖に短パンの少女が一人居た。確かに汚れてもいいのだろうが、木の枝や笹の葉でケガをするかもしれないから長ズボンだと周知したはずだ。
「すみません、うちに無かったので……」
小さな声で少女は答えた。なんだか見た目通り細くて弱々しい声だ。
「もしかしたら朝ごはん抜いてきたかい?」
「はい……。お母さん起きなくて」
「ダメな母ちゃんだねえ。とりあえずあめ玉があるから少し食べなさい。何も食べないよりましだから」
すみれはザックの中からあめ玉をいくつか少女に渡した。受け取った手も年齢の割りに小さくて、すみれは少々引っかかるものを感じた。
「ありがとうございます」
「いいってことよ。えーと池内さんかな」
すみれは体操着の名前を読みながら呼び掛ける。
「はい、
「え? 桜の字が入ってるのか。今の季節の名前だねえ」
それがすみれ達と美桜との出会いであった。
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