バカップル誕生ー”ぶりっこ”との和解ー

M夫くんと籍を入れて、まだ同居してないころ、M夫くんの住む街で新居を探すため、私は彼の一人暮らしの部屋に泊まりに来ていた。


M夫くんがふつうに出勤することになっていたその日の朝。

感心にもM夫くんは洗濯物をせっせと干していた。出勤前に洗濯するなんて、私にはできない芸当だ。


私はまだ着替えてもいなかった気がするのだけど、ブティックハンガーに洗濯物を次々と吊るしていくクマちゃんを後ろからうっとりと眺めていた。

いやもう、それがすごくかわいいのだ。


「三匹のくま」というか、ムーミンママというか、シャンシャンというか、トトロというか。

もうなんでもいい。差し込む朝日を逆光にして、手際よく洗濯物を干していく後ろ姿のあまりの愛らしさに、私はふらりと立ち上がると、後ろからギュウっと抱きしめてしまった。


M夫くんは、黙ってそれを受け入れながら干し続ける。

今思えば、内心はビックリもしていたのかもしれないし、どうしていいかわからなかっただけかもしれない。

何の反応もないかわりに拒絶もされないので、私はそのままM夫くんの動きに後ろからピッタリと密着しながら、こう言っていた。「言った」のではなくて、知らんうちに言っていた、ということだ。


「あぁ〜!先生ったら、朝からイチャイチャしてぇ〜。んもぅ、学生さんに言いつけちゃうよぉ?」(注:M夫くんは大学の先生)


反応なし。


「いいのかなぁ〜?朝からこーんなことして」


すると、後ろから回されていた私の腕をポンポンと叩いてM夫くんは言った。


「こらこら。先にこんなことしてきたのは、みさえさんでしょう?」

すごくやさしい声だった。


これが忘れもしない、バカップル誕生の瞬間だった。


バカップルと言えば、私が完膚なきまでに全否定していたものだ。

驚きだった。自分がやると、こんなに気持ちいぃ〜ものだったとは。。。


そして、このあと私は、その存在自体が理解に苦しむとあんなに嫌っていた「ぶりっこ」に自分がなっていくのだった。


あまりにかわいいものを見ると、人は「んもぅ〜か・わ・い・いぃっ♡」となってしまうものだったのだ。人差し指で、かわいいものをチョンチョンしながら、そんなふうに言ってしまうものなのだ、人間は。

かわいいものはかわいいんだから、しょうがない。誰にも止められない。

いや、そうせずにはいられないのだ。それでも足りないくらいなのに、どうしろというのか。


そして、それが受け入れられる環境があれば、ぶりっこは増長する。


ぶりっことは、ぶりっこしたくなる対象があり、ぶりっこ受け入れ環境があれば、自然発生的に出現し、ごくふつうのスタイルとして定着していく、理にかなった生き物だったのだ。


知らなかった、まったく想像もできないことだった。。。


私にとっての禁断の扉を開いてしまったM夫くん、おそるべし。


M夫くんメモ:

M夫くんが「女性」「カップル」「結婚生活」「私的な人づきあい」について学習していくうえでは、おおむね私を基準としているようだ。

下手をするとスポンジのように吸収してしまうので、公的な問題につながりかねない行動様式を植え付けないように注意が必要。

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