第31話 魔導フェスタ2

 隊長の指示通りに目の前に立ちはだかる男を無視して、フェンリルの隊員の四人は目的の三ヵ所に向かう。

 目的地に向かう際、なぜか、男は邪魔をしてこなかったが、恐らく二人相手に精一杯になったのだろうと考えて先を急ぐ。

 一瞬で倒された仲間は心配だったが、助けにいって共倒れになってしまっては、元も子もない。

 結果、見捨てることにはなったが、隊長の言うとおり、ここは仕事を優先すべきだろう。

 隊長たちならきっと、あんな男など倒して合流してくるだろう。

 四人の隊員は残した仲間を信じて前に進む。




 目的の場所は綺麗に三方向に別れていたため、速度重視により、別れることになった。

 ここにいるのは精鋭ばかりで、其処らの警備兵が数人程度で勝てるはずがない。

 そんな油断の現れでもあった。

 確かに、彼らの実力は自信を持っても可笑しくない程に高い、いや高すぎた。

 だからこそ、彼らのこの判断は自分の首を絞める。

 


 彼女は他の三人と別れて、自分の仕事を果たすため、学部棟にある学園長の部屋に向かっていた。

 そこの曲がり角を曲がった先から校舎に入る予定だったため、つい飛び出してしまうが、この判断は誤りだった。

 確認を怠ってしまったため、彼女は見つかってしまった。

 目の前の男は突如として現れたかのように気配を絶っていた。

 黒髪の東洋人のような顔の男性が目的地に入るための入り口前で、こちらを見ながら、佇んでいた。


 しまったと感じても、もう手遅れだった。  

 いつも隊長に周りを確認して動くように言われていたのに、つい確認を怠ってしまった。

 目的地も近く焦ってしまった結果だろうが、今更反省しても遅いだろう。

 もう自分はばれてしまったのだから。

 ならば目の前の敵を殺せば問題ないだろうし、さっさと終わらせて、仕事をしなくては。


 そう考えていると東洋人風の男は声をかけてきた。


「お嬢ちゃん、こっから先は学部棟で部外者は立ち入り禁止なんだよ。悪いんだけど、引き返してもらえるかな?」


 彼女は目の前の男にお嬢ちゃんと言われたのが、腹立たしく感じた。

 確かに、今のは自分のミスだが、それでも誠に遺憾であった。

 彼女は、実行部隊で唯一の女性であり、未だに成人はしていない。

 だが、剣の腕だけでここまで来たという彼女のプライドが目の前に立つ男の、「お嬢ちゃん」という発言に怒りを覚えた。

 ふざけた男だ。

 こんな奴はすぐに血祭りにあげてやる。

 そう思い双剣を両手に握りしめる。

 一瞬でやれば、どうせ仲間に連絡は取れない。

 私を年端も行かない少女と侮ったことを死んで後悔するがいい。

 彼女は男との距離を詰める。

 先程のマルクト程ではないにしても、目で追うのが難しい速さ、だが、カトウは動かない。

 動く必要なんてないのだから。

 

「嘘っ!?」


 彼女の体はカトウに双剣を突きつける一歩手前で完全に停止する。


 何が起きたかは、わからない。

 ただ、衣服は引き裂かれ、体のあちこちにも軽傷程度の切り傷ができていた。

 これは、正直不味いと感じた。

 体が動かないのであれば、捕まってしまう。

 とりあえず、仲間に連絡しなければ!

 そう思い、大声で悲鳴をあげようとした。

 だが、なぜか声が出ない。

 それどころか、意識が朦朧としてきた。

(まさか、毒?)

 気付いた時にはすでに手遅れだった。

 彼女は意識を手放さないよう必死に抵抗しようとするが、その行動は実を結ばなかった。

  

「無用心なお嬢ちゃんだな。確認もせずに勢い良く飛び出してくるとは。マルクトの罠にかかっていたのに、罠の可能性を考慮しないなんて」


 カトウの戦闘スタイルは支援型で、罠や毒で、相手を弱らせることに特化している。

 特に、鋼鉄製の糸を使ったワイヤートラップは、マルクトにも見抜くのが難しいと褒められた程に得意としていた。

 先程の罠には体が麻痺する即効性の神経毒と即効性の睡眠薬が塗ってあったため、彼女の意識はすぐに途絶えたのだった。

 彼女がここに来る前にとっくに罠は張り終えていたのだった。

(まさか、少女が来るとは思ってなかったな。まあ、とりあえず運ぶか)


 カトウは鋼糸で侵入者の女の子を縛ってかつぎ上げると、他の支援に向かうことにした。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




 実行部隊フェンリルの副隊長の男は、部下の男を連れて、二人で資料室のある施設に向かっていた。

 早く作業を終わらせて、隊長に合流しなくてはならない。

 そう考えていた副隊長に、部下が進言した。


「副隊長、誰かいます」


 そう言われて気づいた。

 なかなかに隠密がうまいのだろう。

 索敵能力の高い部下がいなければ、死角から不意討ちを受けていたかもしれない。

 姿を隠しているが、どうやら、二人いるようだ。


「やっと来たんだ。おじさんたち遅かったね。迷ってたのかな?」


「お姉ちゃん、集中してください。油断してるとすぐに足元をすくわれますよ。私のかけた光学迷彩の魔法もすぐ見破られてしまいましたし、なかなかの実力者だと見るべきです」


「そうかもね。でも私たちならそうそう負けないでしょ」


 校舎の角から現れたのは、制服を着た顔のそっくりな銀色の髪をゆらす二人の少女だった。

 話の内容から察するとおそらく姉妹なのだろう。


 左のほうは、強気な長髪の少女で、自分たちを倒せると豪語した少女、おそらくまだ成長途中だと思われる。

 右のほうは、慎重派で俺たちに対して一切の油断をしておらず、胸が左の少女より大きい。

 副隊長の男は冷静に目の前に立つ少女二人を観察して言葉を発した。


「右」


「右っすね」


「……殺す」


 エリスは、男たちの発言にキレて、怒りを込めたその言葉を宣言した。

 


 殺すと宣言した姉のエリスの周りに氷でできた礫が浮かんでいるのを見て、エリナは、頭が痛くなってきた。

 姉のエリスは今にでも発射しそうな雰囲気を漂わせていた。

 

「お姉ちゃん落ち着いて。冷静になって。殺しちゃダメだよ」


「うるさい! こんな奴ら死刑よ死刑! だいたい、なんであんたはそんなに大きいのよ。私だって毎日同じもの食べてるのに。この差は何? 何があったというの?」


 エリスは妹よりも小さな胸にコンプレックスを抱いており、そのせいで目の前の連中の発言に苛立ちを感じていたのだが、


「大丈夫。マルクト先生は胸なんかで判断しないよ。」


 そのエリナの発言でエリスの顔はみるみるうちに赤くなっていく。


「ばっ!! 先生は関係無いでしょ」

 

(そう言って照れるお姉ちゃん可愛いなぁ)

 エリナがそう心の中で思っていた時、敵の男の一人がエリナに向かってナイフを投げて来た。



 副隊長の男は戦闘中でありながら、楽しく団欒している二人を見て、正直落胆していた。

 こんな戦闘を知らない子どもが資料を守っているなんて、ここの教師陣の無能さに呆れかえっていたのだ。

 確かに、左の少女が展開している氷の礫は当たったらひとたまりもないだろう。

 しかし、撃ってこないのなら、ただのこけおどしでしかない。

 正直強者との戦いを期待していた自分としては肩透かしを喰らった気分だった。

 副隊長の男は、つまらなそうに部下に攻撃を命じた。

 部下の男は懐から出した棒手裏剣を右の頬が緩んだ少女に向かって投げた。


 エリナ自身も攻撃されたことに気付いたが油断していたせいで一足遅かった。

 目の前に太陽の光を反射しながら迫る棒手裏剣をただ見ているだけしかできなかった。

 戦闘では一時の油断が命とりになる。

 だが、エリナに棒手裏剣が当たることはなかった。

 敵の投げた棒手裏剣はエリスの展開した氷の防壁に阻まれていた。

 

「……あんたたち、誰の妹に手だしてんのよ。……全く、あんたは。油断してんのはどっちよ」


「……ごめんお姉ちゃん。ありがとう」


 姉の言葉に、気を引き締めなおしたエリナは、目の前の敵に集中する。


「せっかく楽に殺してやろうと思ったのに。まぁでも、そっちの胸の薄い嬢ちゃんは案外面白そうだな。おい、お前は胸の大きい方を相手にしろ。俺は、こっちと遊ぶ。」


 恍惚の表情を浮かべる副隊長の男は、エリスを挑発する意味合いも込めてそう言ったのだが、エリスは、その挑発に乗らなかった。

 自分の胸のことを馬鹿にされたことよりも、自分の妹に攻撃されたことによる怒りが上回ったのである。

(私が最初の挑発に乗らなければ、エリナが油断する事なんてなかった。だったら、私はエリナが全力を出せるように、全力でこいつの相手をする。いくら、私たちが強くても、全力を出さなければ、負けるかもしれないからね)

 エリスの手元に氷で出来た剣が現れる。

(今こそ先生からの個人指導の成果をみせる時!)



 エリスは対中距離では相当高い戦闘力を誇っていた。

 エリスの得意とする氷の礫を放射する攻撃は威力が高く、近付くのが困難になる程の連射性能の高さで、戦闘においてはそうそう負けないだろうと自負していた。

 だが、それはマルクトには通用しなかった。

 マルクトに一度本気で相手をしてほしいと頼んだことがあった。

 その際に、放った氷の礫は全て防がれ、近接による戦いで敗北した。

 正直大人げないと思ったのだが、


「エリスの氷の礫は確かに強力だが、それだけで勝てる程、戦闘は甘くない。エリスの弱点は近接戦だ。いかに、近付けないように放っても、俺のように近付ける奴らは世界にはざらにいる。だから近接を磨けば、それはいずれお前の役に立つ」


 マルクトにそう言われて、己の未熟さに気付き、マルクトに教えを乞う。

 マルクトに鍛えられた一ヶ月は本当に辛いものだった。

 エリナとベルとメグミもそれぞれ先生の元で腕を磨いていたが、それでも未だに、誰も先生に一撃を加えられた者はいない。

 確かに、目の前の男に剣のみで勝てる気はしないが、それを魔法で補えば勝機はある。



 お互いが剣を構えると副隊長は、駆け出した。

 そして、エリスに近付くと剣を振り上げる。 

 予想以上の速さで間合いを詰めた男の剣による一撃をエリスはかろうじてかわす。

 そして、エリスは手に持つ氷の剣を横に薙ぐ。

 副隊長の男はそれをバックステップで避け、再度攻撃に入ろうとするが、エリスの周りにいつの間にか漂っていた氷の礫が副隊長目掛けて襲いかかる。


 最初に漂わせたまんま、途中でエリナに攻撃されたため、使っていなかった氷の礫を、機会を待って、効果的なタイミングでエリスは放ったのだった。

 エリスは次の礫をすぐさま用意して、氷の礫を弾き終えた男目掛けて、剣を振り上げ攻撃するが、男はそれを剣で受け流した。


 離れるのは不利と見た副隊長の男はあえて少女からあまり離れずに応戦する。

 剣のみでの戦闘力では圧倒的に男の方が上だったため、男とエリスの剣による攻防はあまり長く続かなかった。

 男の剣を受け止めた際、エリスの剣が折れたのだ。


 氷の剣の弱点とも言える脆さ、それが剣戟に耐えられなかったのだ。

 男は勝ちを確信し、トドメを刺そうとした。

 その時だった。

 氷の礫が何の前触れもなく降ってきたのだった。


 エリスは最初の一回目以降、一発も氷の礫を放てなかった。

 放つ隙がなく、恐らくすぐに弾かれると思って、だからエリスは作っていなかった。

 最初の礫による攻撃が終わった以降は。

 男にとって完全な不意討ちだった。

 無警戒の一撃。

 なんとか弾けるが、それは、エリスにしてみれば隙だらけだった。

 エリスは新しく作った氷の剣で礫の対処に手一杯の男に渾身の一撃を加えたのだった。

 

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