妹とピックニック:カウントゼロ

 僕の隣でベッドから身を起こしたデリラは明らかに着替えてから忍び込んでいた。悪戯っぽくデリラがニヤニヤと微笑んでいる。

 あっやられた。数瞬の間の後に揶揄われていることに気付く。


「アレンお兄様が起きないから、ちょっと悪戯をしてました。」


 様子を窺うように上目遣いで見つめる姿は卑怯なくらい可愛い。

 こういう時に僕がデリラを怒ったり邪険にできないのを妹は良く知っているのだ。僕はため息を吐いて少し落ち着つかせる。


「さあ、お着換えしましょうね。」


 デリラは既に僕の服を手に持っていて、楽しげな雰囲気で僕に近付いてくる。


「いや、流石にそれはちょっと。」


 僕はモジモジしながら言う。妹にそんな事させるのは駄目だと思う。とはいえ兄の矜持はグラグラである。


「本日は私の誕生日ですわ。私の我儘を聞いてください。」


 えー、逆じゃないのこっちが奉仕されようとしてるよ。僕の方が。

 むしろ、こっちが聞き分けのない子供のような扱いである。勿論こんな我儘は初めてだ。

 既にエーとかアーとかしか言えないゴーレムと化した僕は、完全にデリラに良いようにされていた。そして、遂には乗馬服へと着替えさせられていた。

 デリラの動きは妙に手馴れて手際よく、僕の成長を確かめるようにボディタッチが妙に多かった。恥ずかしいやらくすぐったいやらで大変な目にあった。


 一方の最初から着ていたデリラが、乗馬服に着替えた僕を厩へ導いて歩いていく。寝ぼけていたせいか外に出てからしばらく経って、日の高さを見てからまだ朝早い時間だと気付いた。


「デリラ、今日はちょっと早すぎるんじゃないかな。」


 明るいがまだ朝の霞がかかっている。


「いいえ、アレンお兄様。朝食の詰め合わせは用意してありますし、見晴らしの良い丘で一緒にいただきましょうって約束したではありませんか。」


 そうだっけと頷きながら、今日のデリラはやけに積極的だと考える。

 厩にたどり着くとお互いの愛馬を出して、目的の丘へと駆けていく。ペースちょっと早いけど、朝食にはその方がいいのかもしれない。



 小高い丘にたどり着くと普段はこの丘が邪魔して見えなかった領地の景色があたりに広がる。中々の景色だ。これは来た甲斐があった。

 デリラは草原に布を敷いて、せっせと朝食の準備をする。今日のデリラは凄くかいがいしく世話を焼いてくれる。誕生日なのに僕の方が世話をしてもらっている気がして悪いな。


「アレンお兄様、準備が整いました。ご一緒に召し上がりましょう。」


 今までデリラが料理をしてくれたことが今までなかったから楽しみだ。僕のために随分早起きしたに違いない。


「うん、これはなんという食べ物だい?」


 初めて見る料理をデリラが作ったというので興味が湧く。


「サンドイッチといって、薄いパンに様々な食べ物を挟み、携帯に向いた料理でございます。」


 卵を挟んだものや、ハムやチーズと野菜などが挟まっているのが見える。この季節にあまり手に入らない野菜も交じっているので、準備を張り切ったに違いない。


「温かいお茶も用意いたしました。お楽しみ下さい。」


 食べると簡単な料理に見えて中々においしい。お茶も特別な容器を用意したのだろうか、想像以上に温かく香りがいい。最後にジャムとフレッシュチーズを挟んだものをデザートとして食べて凄く満足した。


「アレンお兄様、ご満足いただけましたか。」


 上目遣いで見つめるが密かに自身のある雰囲気がしているのを抑えているのが可愛い。


「うん、凄く美味しかったよ。満足だよ。」


 デリラは満面の笑顔で喜んで手元のナプキンをクシャクシャにしていた。



 それから僕はちょっとみっともないけれど敷物の上に寝ころんだ。

 それを見たデリラは回り込んで、膝を僕の頭の上に滑り込ませる。デリラを見上げる形になる。デリラはくすりと笑い、僕もくすりと笑った。

 柔らかい膝の感触に包まれ、お兄様とデリラが呟きながら僕の頭を優しく撫でる。その撫でられる感触に愛しさよりも恥ずかしさが込み上げてきた。

 止めようして伸ばした手はデリラに掴まれ手を撫でられる。仕方ない、今日はデリラの日だ。

 不思議なくらいデリラも嬉しさと恥ずかしさに隠し切れないほど溢れて包まれていた。二人で目を合わせては、はにかむ。


「アレンお兄様、実は昨日、お渡しできなかったプレゼントが御座いました。」


「どうしたんだい、デリラ。」


 ちゃんとプレゼントは受け取ったはずだ。奇妙なことを言われている気がする。


「実は私も指輪を用意しておりましたが、姉様と同じものだったのでご遠慮いたしました。しかし、やはりアレンお兄様に受け取っていただきたいのです。宜しいでしょうか。」


 デリラが懇願するような目で僕を見つめる。僕は身を起こして向き直る。そんなの異なる理由がないじゃないか。可愛いデリラが用意したなら嬉しい。


「勿論だよ、デリラ。」


 デリラは懐から箱を取り出して、開けると緑色の宝石のあしらわれた指輪が納まっていた。デリラの綺麗な手が指輪を摘み上げる。植物柄の見事な細工に宝石が絡めとられるように嵌め込まれている。


「アレン兄様、左のお手を。」


 僕は言われるままに手を胸の高さに差し出す。いつにも増して声が魅力的に響き、甘く沁みわたって身体と心を揺さぶる。指輪の宝石の煌めきがデリラの瞳の輝きに重なり、僕の体の芯と心が痺れて吸い込まれる様だ。

 

「デリラ、綺麗だよ。」


 僕の口から思わず言葉が零れ出す。


「嬉しい。」

 デリラの瞳が・・・。


「やめなさい。」エルダ姉さんの声が僕らを制止する。

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