三話 どんなに腹が立っても人を的にしてはいけません
※
翌日、俺はリアーヌに野外訓練場へと呼び出された。西門の外に設営されたこの場所では、本来弓矢での遠距離攻撃や対悪魔を想定した疑似戦闘などの大規模な訓練を行う。ただ、今日は他の騎士は誰も居ない。
街から離れたここは国民や旅人が立ち寄るようなこともないので、魔法の訓練にはうってつけである。
「それじゃあヴァリシュくん。昨日出した宿題は覚えてる? どういう風に魔法を使いたいか、イメージ出来た?」
「まあ、なんとなくはな」
昨日とは打って変わって、妙にすっきりしたような様子のリアーヌに対して俺は少々歯切れの悪い返事をした。
「あれ、なんとなくなの? ヴァリシュくんのことだから、しっかりイメージ出来てるんだろうなって思ってたのに」
「なんていうか、魅力的な候補がありすぎて」
「候補?」
「い、いや。とりあえず、遠くに居る敵を攻撃、もしくは牽制することが出来れば良いと考えはしたが」
魔法といえば、剣とは違い遠距離からでも敵を攻撃出来るのがセオリーだ。ただ、その方法は様々だ。空中で爆発したり、足元を凍らしたりなどなど。だが、どうにも具体的にイメージが出来ない。
大臣の書類はメラメラと燃え上がって消し炭になるところまで鮮明に想像出来たのにな。不思議なものだ。
「うーん、でも大丈夫だよ。ヴァリシュくんは器用だから、きっとすぐに使いこなせるようになると思うよ。ここならちょっとした爆発が起こっても被害なんて出ないし、用意した的も頑丈だから、思いっきりやって良いよ!」
「的って……まさかオレのことか!? だからオレだけちょっと距離があるのか!?」
聞いてない! 二十メートル程離れた場所から的役が喚いた。普段の的は円形のものだったり、廃棄寸前の防具を着せたカカシだったりするのだが。
今日の的は珍しく、勇者の形をしていた。
「えー? だってラスターくん、ヴァリシュくんの魔法の特訓に付き合いたいって言ってたじゃない」
「言ったけど! 的役だとは聞いてないんだって!」
「なーにー? 聞こえなかったよー!」
絶対に聞こえているだろうに、わざとらしく耳に手を添えてリアーヌが聞こえないと繰り返した。オレ何かした!? 怒らせるようなことをしたなら謝るって! とラスターが喚いている。多分、あれは涙目だ。
……そういえば、ルインのことを俺にバラしたのはラスターだと言うことになっていたんだったか。
よし、知らんぷりしよう。
「ラスターくんには、避けても良いけどあそこから近づいちゃダメって言ってあるから。思う存分やっちゃって!」
「あ、ああ」
「おいヴァリシュ、オレ、リアーヌに何かした!? 怒らせるようなことしたのか!?」
「おお……聖女、あの容赦のなさはやっぱりルインさんの妹さんですね。見直しました!」
ラスターが情けない声を上げて、フィアがパチパチと手を叩いている。特訓と言うには空気が和やかだが、気にしたら負けだ。
「ふむ、どうするかな。オーソドックスなのは、やはり爆発か」
「な、なあヴァリシュ……オレ達、友達だよな? 友達っていうか、親友だよな?」
「もちろんだ、何を当たり前のことを言っている。お前が俺のへなちょこ魔法ごときで死ぬような、か弱い男だとは思っていないぞ」
ニッコリと笑いながら、とりあえず俺はフィアの真似をして右手の人差し指を立てて指揮をするように振ってみた。
ラスターをいじめ……いや、勇者殿が協力してくれるのだ。遠慮せず、とにかくイメージに集中した――次の瞬間。
ラスターの顔面を、大爆発が襲った。
「ぎゃあぁー!! お、おおおお前えぇ!? 殺す気か、オレを殺す気か!」
「す、凄い。見たか、ラスター。本当に魔法が使えたぞ! CGでも合成でもないんだぞ!」
「お前は何言ってんの!? ちょ、待て待て待て! なんで顔面ばっかり狙うんだ、とにかく一旦ストップ! ストーップ!!」
まるで現代の特撮映画のような光景だった。火薬や爆弾など何もない場所に、次々と爆発が起こる。肌を叩く熱風は本物だ。凄い、本当に魔法が使えるようになったんだ。
物凄く楽しい。しかし、新たな問題が浮上した。
「はあ、はあ……し、死ぬ。殺される。オレ……ヴァリシュにも何かしたのか?」
「むう、どうにも狙い難いな」
その場に大の字になって大袈裟に呼吸を荒らげるラスターに、俺は腑に落ちない思いだった。いや、決してラスター本人にムカついているわけではない、少なくとも今は。
と言うのも、俺の魔法はラスターに一度も命中しなかったのだ。無論、彼との実力差はある。
だがそれ以前に、自分の思う通りに魔法を使うことが出来ていない。自分勝手に暴れ狂う馬にしがみつき、何とか前に歩かせようとしているような感覚だ。
「ヴァリシュさん、当たらないならもっと爆発を大きく強力にすれば良いんですよ! この辺り一帯を消し炭にするくらいの大爆発なら、勇者さんだって一瞬で消し炭ですよっ」
「フィア……! お前、今日は頭が良いじゃないか」
「えっへへ、ヴァリシュさんに褒められました!」
「わあ! 良かったね、フィアちゃん」
いつの間にか随分仲良くなったらしい女性陣を眺めながら、考える。フィアのアイディアも悪くはないが、場所と状況によっては取り返しのつかない大惨事になるだろう。
ううむ、何か良い方法はないものか。暴れ馬を従わせるなら、鞭などの道具を使うのだが。鞭では魔法騎士っぽくないし、妥当なのは剣か槍だろうか。アスファが持っていたような。
「そういえば、アスファが持っていた槍……いや、ハープか。あれは、どういう仕組みをしていたんだ。その辺の武器屋や楽器屋で買ったものなどではないだろう?」
「あー、あのハープはアスファさんが自分で作ったんですよ」
俺の疑問に、フィアが特に興味も無さそうに答えた。
「作った? 何だあいつ、随分器用だったんだな」
「そうですかぁ? 無駄に格好つけで凝ってはいましたが、そんなに難しくないと思いますよ。自分の魔力をこねて形作るだけですから」
「は? 魔力をこねる?」
「そうですね……例えば、こんな感じです」
ぼふん、と紫色の煙がフィアを包んだかと思いきや、リアーヌと似たような修道服を着込んだフィアが得意げな顔で立っていた。ただ、リアーヌのものとは違いスカートの裾にはいつものドレスと同じ深いスリットが入っている。
そして見覚えのある眼鏡を取り出し、クイックイっと厭味ったらしく押し上げる。
「あ、わたしとお揃いだー! フィアちゃん凄いね!」
「ふふん、でしょう? こんな風に、魔力が豊富で強い悪魔は武器や服を自分好みに自分の魔力で作るんです。アスファさんが亡くなった時、ハープも一緒に消えて無くなったでしょう?」
「ふうん、なるほど。便利じゃないか」
「へー、わたしもやってみようかな」
むう、と難しい顔をしてリアーヌがろくろを回すように手を動かし始めた。彼女が魔力で何を作りたいのかも気にはなるが、とりあえず自分のことに集中しよう。
魔力をこねて、自分の思い通りの武器を作る……か。
「遠距離から攻撃出来る武器と言えば、弓矢かな? ヴァリシュくんって弓矢も上手なんでしょ?」
「下手ではないと思うが……どうせなら、アスファのハープ以上に魔法騎士らしい格好良い武器が欲しい」
「え、格好良さ?」
「ヴァリシュさん、発想がアスファさんと同レベルですね」
「ていうか魔法騎士って何だ」
三人が揃ってツッコミを入れてくる。何と言われようが、魔法に格好良さは必要不可欠である。意外性があって、格好良くて、ついでに扱いやすくて狙いを定めやすい武器が欲しい。自分の手をわきわきと動かしながら悩んでいると、ふと前世の記憶を思い出す。
そうだ、アレならイケるのでは! 俺はこねるという言葉通りに魔力をパン生地のような塊だと想定して、形作るイメージを頭の中に浮かべる。
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