二話 文句無しの勝ち組である


 日に日に春が近づく時分。髪を揺らす夜風は肌寒く、それでいながらどこか柔らかい。屋上に出て肺を大きく膨らませるように深呼吸をすると、これまで吸っていた空気がどれだけ汚れていたのかを自覚する。

 いや、これまでというのも違うような……ま、良いか。


「すごい……本当に、ゲームと同じだ……本当に転生したのか、俺」


 時刻は夜中だが、大きな満月が照らしている為に視界はとても明るい。だから、城からでも眼下に広がる景色がよく見えた。

 これまでに見ていた灰色のコンクリートジャングルではなく、中世の西欧風な街並み。下品なネオンも、居酒屋巡りをする酔っぱらいの騒々しさもどこにもない。静かな夜に、出歩いている人はほとんど居ない。

 ここはオルディーネ王国。人や物が盛んに行き交い、王が治め騎士が護る大国。夢にまで見た、異世界ライフ! これを勝ち組と言わずになんという!?


 ……まあ、ちょっと問題がある姿になってしまったが。


「……ふっ、くく。これで、闇堕ちフラグは回避出来た。屈辱が何だ、汚名が何だ。生きていれば何とでもなる。そうだ、生き延びてみせる。そして、人里離れたダンジョン付近で暮らす意味深なよぼよぼのジジイキャラになってやる!」


 ふははは! と、我ながら悪役っぽく声を上げて笑った。夜中にそぐわない声だったからか、それとも傍から見て気が触れたように見えたのか。見張りの間で、しばらく噂になってしまっていたことを、俺が知ることはなかった。



 社会人として働くようになってから、十数年。それなりの技術と信頼と地位を築いた俺だが、ある日凄まじい頭痛に職場で倒れ、そのまま息を引き取った。死因は恐らく、くも膜下出血とかその辺りだろう。

 最近忙しかったし、新人教育のストレス……ではなく、プレッシャーも凄かったからなぁ。でも、死は終わりではなかった。


 『デーモンブレス』というゲームがある。略称はデモブレ。剣と魔法のファンタジーを舞台に、プレイヤーは勇者となった主人公ラスターを操作して敵である悪魔達を倒すという王道のストーリーで子供にも大人にも人気を博した。幼少よりゲーマーである俺もプレイして、全クリした。文句なしの名作だった。

 そして俺は、驚くことにデーモンブレスの世界に転生してしまったようなのだ。それも、城仕えの騎士団長に。

 最近のラノベでよく聞く話だからか、パニックになる程の衝撃でも無かった。でも、ラノベなら主人公に転生する筈なのに、まさか敵に寝返る闇堕ちキャラであるヴァリシュになるとは。

 だったら、俺は決意した。せっかく大好きなゲームの世界で生きられるのだ。復讐なんかに人生を捧げて死ぬなんて勿体ない。


 俺は、あらゆる闇堕ちフラグを徹底的に回避し、地道な努力を積み重ねて幸せな異世界ライフを全うするのだ!

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