少年の騎士と王

桜井キセ

第0話 観客達

――どれほどPVPコロシアムにいる人間は、彼らの戦闘を待ち望んでいただろうか。


 VRMMOのKnight・Queen・Online、通称KQOのコロシアム。その中で響き渡る大歓声とともに、大衆に祝福されたのは2つの紅白のギルドだ。


 紅はギルド人員13名と少数精鋭ながら、ランキングで6000位に入る『八百万の指標』。白は絢爛豪華の白金鎧が特徴な、ランキング3000位の15200名の中規模ギルド『Knight_Soul』。プライドとランキングポイントをかけた戦闘が始まることになる。下馬評は大衆の7割が『Knight_Soul』は勝つと確信している。たかだか13名で万を超えるプレイヤー達に勝てる者はいない。


 賭博場でも『Knight_Soul』への賭け率が圧倒的だった。店頭に並ぶ二人も『Knight_Soul』に賭けるようだ。


「お前はどっちに賭ける? その結果によって俺の懐具合がかなり違うんだが」


「Yeah! Yeah! ヒャッハー、『Knight_Soul』の旦那ァ! 楽しみにしてるぜぇ!……80だか800万だか小せぇやつなら、勝てる! 完全勝利に近い形で勝てるぜ!」


「……聞いちゃいねぇ。まぁそれだと『Knight_Soul』か。確かにギルドの規模もでかい」


「あたぼうよ! ただし、ギルドの大小じゃねんだ。『Knight_Soul』の旦那には狩場譲ってもらったしな、その縁だっつううの!」


「OK。顔馴染みか。オヤジ、『Knight_Soul』に1500チェクで」


「まいどー」


「全く、観客席を見る限り『Knight_Soul』でよかった……。もう片方は席がガランガランだ。賭けるやついるのか?」


 しかし、なかには『八百万の指標』に己の運命をかける奇特な者もいる。


「オヤジさん、私は『八百万の指標』に10M(1000万)チェクをかけます!」


 背格好から140cmと思われるほど細い少女は、店員の前に身を乗り出して答える。頭に緑のベレー帽をかぶり、斜めから白と緑が交差したコートを着ている格好が特徴的だ。

 少女の一言で、周囲の観衆から感嘆のため息が漏れた。


「おぉ……10Mチェクだと……まさか俺の聞き違いじゃねえよな。ガキなのによ」


「物好きな野郎だ」


「これでいいですか?……ひぃ、ふう、みぃ。はいどうぞ」

 

 少女は慣れているのだろう。周囲の騒ぎは余所に、至って自然な動作で小切手に賭け金を記載した。

 

「まいど。賭けた人は自由席ね。それと証明書見せて」


「はい!」


 奇特な少女は小切手と証明書を店員に渡した。証明書には職業・メイジ、名前にP-chanと記されている。 


「どうもね。……ところで、あんた。メイジのP-chanさんだっけ。正気なのかい?」


 店員は興味津々といった顔でP-chanに疑問をなげた。P-chanは予想していたのか、つぶらな青い瞳を瞬かせて答える。


「正気ですよ。大金です」


「悪いが正気には見えないんだ。……俺は店員だから強くは訊けないけど、10Mチェクは城が2つか3つも建てられる金額だ」


 店員は具体的な数字を挙げて、三本指を立てた。チェクとはこのVRMMOで通貨として扱われる。1Mチェクは100万チェクになる。それが10倍だ。回復ポーションが1つ100チェクで買えるため、大金と表現されても仕方がない。

 

「場合によっては賭けから締め出すよ。賭博操作のため強制退場、とルールブックにも書いてある」


「大丈夫です」


「理由はなんだい? 大金を賭けるのに値するかどうか訊いておきたい」


「理由は3つです! 1つ目に『真紅の姫』、2つ目に『廃人のトップランカー』のシュンさんです」


「あぁ、真紅と廃人ね。確かにそれで勝率は0から3割に上がるね。でも3割りだ。もう1つは?」


 少ない返事で店員が納得したわけは、廃人の存在がある。名前から廃と付くように現実の生活を犠牲にしてまで、KQOのトップに登りつめる者たちのことだ。


 到達限界がLV4500にあるのに対して、平均LV3500以上。一般的のプレイヤーが平均LV700とあるから、強い弱いとは別に考えたほうがいい。 ランカーともなればLV4000クラスだろう。


 もう1つは『真紅の姫』。最近ひょっこり現れた天才児。圧倒的な指揮と人身術で幾多ものジャイアント・キリングを起こしてきた。


 最近では1000人規模の小規模ギルド『ドングリの箪笥』が『八百万の指標』によって倒されている。 今回の『Knight_Soul』が1000人より多い1万人だとしても、『八百万の指標』は勝てる相手と見ているのだ。


「3つ目は、誇りです。想いの強さでは『八百万の指標』が上回ります。勝率は5割です!」


「……はぁ?!……思い出したけど、誇りとかは別に評価に入らないよ。HAHAHA」


「……むかっ。思い出したことのついでに、観客席を一番前にしてもらえませんか?」


「なにか気に障ることでも言ったかな」


「そうです! こう、胸に思うことがありました!」


 失礼な態度を取られたP-chanは、それでも笑顔のままで希望を申し込んだ。しかし店員はこちらも商売だと前置きをした上で、


「ダメだ。お金かけた人は自由席。決まりは曲げられない。ホラ、行った行った」


「チェッ。しかもごめんなさいも無しですか……」

 

 憤懣やるかたなしのP-chanは賭博場を後にする。観客席に向かいながら、一つだけ呟いた。


「……シュンさん、真紅さん。勝って下さい。貴方達なら勝てますよ!」

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