第65話 ビーチフラッグス

 

 海を満喫していた美奈達。

 時刻は昼過ぎとなり、太陽の輝きは一層強くなるばかりだ。泳いだり遊んだりと動き回っていた美奈達も丁度、腹の空きも感じ始め、近くの海の家に訪れていた。お昼時と言う事もあって、店内は賑わっており来店客と従業員が慌ただしく賑わい、中々の騒がしさだ。


「はぁー……お腹減ったねー」


 人で賑わう海を一望できる座席で玲奈は提供されたカレーライスを前に表情を綻ばせる。

 向かい側には玲菜よりも料理が早く提供された美奈と沙耶が既に食事を始めており、美奈はベーシックな焼きそばを、沙耶はたらこのパスタをチョイスしていた。味は別にこれと言って特出したものもなく、値段の割にどこにでもありそうな平凡な味だが、折角、海に来たのならばと海の家に訪れて食事をとることにしたのだ。


「……ねぇ未希、胡椒入れ過ぎだと思うんだけど」


 早速、食べ始めようとペーパーナフキンに包まれたスプーンを取り出そうとする玲菜だが、ふと隣の未希に眉を寄せ、呆れ顔で声をかける。


 と言うのも未希が注文したのはこれまたベーシックなラーメンではあるものの、未希はテーブルに用意された胡椒を異様なまでに振りかけているのだ。少量ならばまだしもこの量では胡椒の辛味が強すぎて、まともに食べられないのではないだろうかと思ってしまう。


「海の家のラーメンは胡椒か砂か分かんないってくらいが丁度良いんだよっ!!」


 玲菜の指摘にも未希はふふん、と自信満々に謎の持論を口にしながら鼻を鳴らし、割り箸を小気味の良い音を立てて二つに割ると早速、胡椒増し増しのラーメンを食べ始めたのだ。


「うへぇ……」

「だから言ったのに……。交換しようか?」


 しかし案の定、入れ過ぎた胡椒の辛味が強すぎて、口にした途端、未希は露骨に顔を顰めてしまっている。見る見るうちに悲しそうな顔を浮かべていく未希に嘆息しながら、まだ手をつけていない自身のカレーライスとの交換を提案する。


「ダ、ダメだよ。これは私がやっちゃったんだし、私が食べないと……っ!」

「そう? じゃあ無理しない範囲でね?」


 流石に自分の不手際で玲菜に迷惑をかけるのは忍びないのか、涙目になりながらも決意を固めるようにまっすぐラーメンを見ながら答える。未希の自業自得と言ってしまえば、それまでだがそれでも未希を気遣いながら、玲菜も漸く自身のカレーライスを食べ始めた。


「……なんだか姉妹みたいですね」

「まあ、玲菜ちゃんと未希ちゃんは小学校からの付き合いらしいから、距離は近いよね」


 玲菜と未希のやり取りを見て、ポツリと思った事を口にする沙耶。

 沙耶の呟きを隣にいた美奈も同じことを思っていたのか、苦笑しながら玲菜達の関係について知っていることを話すと、沙耶も道理で……と目の前で話している玲奈と未希を見ながら納得する。


「それで午後からどうしようか?」

「私と沙耶ちゃんはボートを借りる予定なんだっ」


 食事を進めていくなかで、ふと玲菜が食事後の午後の予定について話題に出すと、美奈がすぐに答える。元々、海に来た時点で二人で予定は立てていたのだろう。待ち切れないとばかりにうずうずとした様子で沙耶を見やりながら嬉しそうに話す美奈に沙耶もつられるように微笑を零す。


「あっちゃー……。こればっかりは邪魔できないねー。じゃあ、私達は私達で適当に遊んでようか」


 早い話、恋人同士で過ごそうと言うのだ。

 流石に二人の時間に割って入るのも気が引けるのか、玲菜は隣で胡椒増し増しラーメンを食べ終え、体力が尽きたかのように机に突っ伏している未希を見ながら答える。


「うぅっ……私も恋人が欲しぃ……。出会いが欲しいよぉぅ……」


 自己責任とはいえ、あのラーメンを食べ終えて机に突っ伏しては唸っていた未希は顔をあげながら、美奈と沙耶を見て、羨ましそうに見ている。


 やはりこれでも花も恥じらう思春期の少女。

 大好きだと愛を深められるような恋人を欲しがるのは何ら不思議なことではないだろう。


「そうだよねー。声とかかけられないかなー」

「えぶりばでぃかもんだよ。……あぁ、でもやっぱりそれはそれで怖いなぁ」


 それは玲菜も同じ事なのだろう。

 海の家の客席から色とりどりのパラソルが並ぶ浜辺を見やりながら呟く。やはり海と言う事もあって、同性だけではなくカップルやそれこそナンパをしているのではないのかと思われるようなやり取りをしている男女グループの姿もあり、様々だ。


 出会いを求める未希はナンパもかかって来いとばかりだったが、いざそうなった時の事を考えると、やはり気が引けるようでしおらしくなってしまう。出会いと言っても、やはり何でも良い訳ではなくそれこそ乙女な素敵な出会いを求めているのだろう。


「沙耶とかはよく声をかけられたりするんじゃないの?」

「そ、そうなの沙耶ちゃん!?」


 ふと玲菜は玲菜と未希の話に関しては興味がない為に我関せずでいた沙耶に話しかける。沙耶のはっきりとした美しい顔立ちとモデルでもやっているのかというくらいのスラリとしたスタイルの良さは異性を刺激し、誘惑することは間違いないだろう。


 とはいえ、それは沙耶の隣に座っている美奈からすれば聞き捨てならなかったのだろう。

 沙耶の魅力を知っているからこそ多くの異性に声をかけられているのではないかと心配して、席まで立ってしまっている。


「……されませんが」

「本当にぃ?」


 あわあわと沙耶が声をかけられているのか否かと気が気ではない美奈を一瞥しながら静かに答えるも、沙耶のその容姿やまさにクールビューティーという言葉が当てはまる彼女が声をかけられないなどと思い、美奈の手前、適当に誤魔化しているのではと考えた玲菜がニヤニヤと笑いながら更に追及する。


「ええ、時間が許すのなら美奈ちゃんの傍にいるので」

「……なんだろう、その説得力」


 時間が許せば、美奈の傍にいる。

 それだけ美奈以外の接点を必要最低限に減らして、美奈の傍にいると言う事なのだろう。確かにこうして仲良くなる前の沙耶は教室に尋ねて来ても、いつも美奈を探しに来ていた。そう考えると、やはり目の前の物静かな少女の頭の中には美奈のことしか考えていないのだろうと思えてしまい、何だかその何とも言えない沙耶に苦笑してしまう。


「まぁでも、美奈も気をつけなよ。二人とも声とかかけられそうだし」

「ナンパなんてされた事ないから、大丈夫だと思うけどなー」


 沙耶の話を聞き、安堵して胸を撫で下ろす美奈にも注意をしておく。

 あの輝く太陽にも負けぬ魅力的な笑顔を浮かべる愛くるしい少女も異性を引き寄せる事は間違いない。そんな玲奈の注意に美奈は考え過ぎで杞憂ではないかと軽く笑う。とはいえこの少女、長年の二人の幼馴染からの好意に全く気付かなかったので、そもそもナンパをナンパと認識しないという可能性も多いにある。


「それとボートを借りるにせよ、潮に流されないようにね?」

「大丈夫だってもぅ」


 まるで子供に注意するかのように心配そうに話す玲菜に美奈は苦笑交じりに一蹴する。とはいえ、フラグとはよく言ったものだ。この後、思いもしないことが待っているとはこの時の美奈は考えもしなかった。

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