第27話 私だけの太陽

互いの存在を確かめるかのように重ねた唇をゆっくりと離すなか、沙耶はこれ以上の幸せがないかのように頬を緩ませる。

 

美奈とキスをした事はこれまでもあった。

 一回目と二回目は無理やり、三回目は美奈の意思で行われた軽いフレンチキスだが今回は明確に違う事がある。


 美奈だ。

 以前は嫌がる美奈の唇を無理やり奪った。

 

 だが今は違う。

 美奈もまた自分の意思で唇を重ねているのだ。


 まさに美奈が受け入れている証でもあった。

 それが嬉しくて、何より愛おしくて……。


 美奈が自分に身を委ねた。

 美奈が自分のモノになった。

 その身も心も手に入れる事が出来たのだ。

 目の前で自分に対しての想いをそのままに表してくれる美奈に対して沙耶は歪な笑みを浮かべる。


「ん……っ」


 美奈の白い首筋に啄ばむように口付けをする。そこから頬に唇に……。何度も何度も吸い付くたびに美奈は擽ったそうに身をくねらせるが、その表情に嫌悪感はなくそれどころか嬉しそうに微笑んで沙耶に委ねている。


「──美奈ー? 夕飯の買い物行ってくるからー」


 だがそんな二人の空気に水を差すように一階の廊下から母の声が響いて聞こえてくる。


 時間帯としてはもう夕方。

 今日の夕食の買い物に出かける為、家に残る美奈に声をかけたのだろう。


 途端に美奈は我に返ったように眼を見開いたと思えば青ざめて慌てる。

 流石に沙耶を受け入れたとはいえ、こんな場面を見られてしまってはこの家で生きていけない。

 そんな美奈を悟ってか、密着していた沙耶はゆっくりと彼女から離れる。


「う、うん! 行ってらっしゃい!!」


 キスをしていたこともあってか、どこか上擦った声で扉越しに一階にいる母を送り出す。

 まもなくカチャリと玄関の開閉音が聞こえやがて静かに扉が閉まる。

 窓からチラリと確認すれば母は自転車に乗って、早速近所のスーパーへ向かっていった。


「心臓に悪いよぉ……。ねえ、沙耶ちゃん?」


 何とか母に発覚する事は避けられたようだ。

 心底安堵のため息をついて背後で自身のベッドに腰かける沙耶に苦笑交じりに話しかける。

 しかし、沙耶はと言うと先程の行為もまるでなかったかのように目を閉じて澄ました顔で座っているではないか。


「聞いてるの、沙耶ちゃん……?」

「当たり前です。私が美奈ちゃんの声を聞き逃すわけがありません」


 そんな顔をしているのでは聞いているかどうかも読み取れない。

 だがやはりそこは沙耶なのだろう。

 美奈以外に興味を持たない彼女が美奈の声を聞き逃すわけもなく、さも当然だろうと言わんばかりにゆっくりと目を開いて答える。


「……それに……嬉しかったんです。美奈ちゃんが愛してるって言ってくれたから」


 いつものように澄ましたように見えていただけで実際は違う。

 美奈があの時、紛れもなく自分に対して愛していると言ったのだ。


 聞き間違えるはずもない。

 ずっとずっとそれこそ幼い時から美奈が自分にそう言ってくれるのを夢見ていたのだから。

 幼い時に生まれて初めて美奈に告白をした時、彼女と自分の“大好き”の違いに愕然とし衝撃を受けた。

 だが今この瞬間、自分と美奈の想いは一緒なのだと口に出さなくても分かる。

 それが堪らなく嬉しくてその喜びを噛みしめていた。


「ねぇ、沙耶ちゃん……」


 そんな事を幸せそうに言われたら、もう何も言えないではないか。

 照れ臭くなって視線を彷徨わせる美奈はやがてコクリと頷くと沙耶の名を口にしながらベッドに腰かける沙耶に向かい合うようにその両膝の上に跨ると両手を沙耶のうなじの位置で組んで彼女を見つめる。


「私達はどんな関係? 恋人になるのかな……?」

「敢えて言うならば運命共同体でしょうか」


 かつて似たような質問をした事があった。

 今の美奈と沙耶の互いへの想いは紛れもなく一緒。

 果たして今の自分達はどんな関係になれたのだろうか。

 わざわざ言葉にするのは愚かしい気もするが、折角の美奈の問いかけだ。

 答えないなどと言う選択肢はなかった。


「じゃあ……ずっと離れられないね」

「元よりそのつもりです。貴女への愛を誓います、だから……これからも傍にいてください」


 運命共同体ともなればもう離れられない。

 とはいえ、わざわざそれを口にしなくても沙耶には美奈から離れるという意志はない。

 それどころかプロポーズか何かのように跨ってくる美奈の腰に手を回して愛を誓う。


「うんっ」


 美奈は幸せそうににっこりと満面の笑みで頷く。

 この笑顔を見たかった。

 あの時、美奈のファーストキスを奪ってから彼女の顔からは笑顔が少なくなり物憂げそうになっていた。

 だが今、こうして自分自身に嵌めた枷を外し、自分の想いに向き直ったお陰で彼女は自分自身を苦しめる選択ではなく、自分にとって幸せな選択を選ぶことにしたのだ。


 そのお陰でこの笑顔がある。

 自分が恋をした太陽のような笑顔。

 窓から見える今も輝く夕陽にさえ劣らない程、眩しい笑顔だ。


 ずっと見たかった笑顔。

 自分だけに向けて欲しかった笑顔。

 紛れもなく今、美奈のこの笑顔は自分だけに向けられている。

 眩しそうに目を細める沙耶は決して離すものかと美奈に回した手の力を強める。


「大丈夫……私はもうどこにも行かないよ? だって私は沙耶ちゃんのモノなんだから」


 そんな沙耶に気付いた美奈はそのまま抱き着くように沙耶の胸に身を沈める。

 身体に感じる美奈に沙耶はそのまま安心したように美奈の背中に手を回して抱きしめ返す。


 互いに抱き合ってまたしばらくの時間が経った。

 その間でも互いの鼓動を感じ、今まさに自分の想い人がそこにいるのだと声に出さなくても幸せを感じる。


 二人は少しだけ顔を離す。

 と言ってもほんの少しだ、大した距離ではない。

 そのまま二人は互いに目を閉じて、何度目かの唇を重ねる。

 それはどちらか一方的なものではない、愛する者に送る優しいキスであった。

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