第17話 いつもの行動の中の変化

 沙耶の家での一件から翌日。

 陽は昇り、朝は来た。例え一個人に何が起きようが世界全体の流れと言う物は変わらない。


「美奈、起きてるのー?」

「ぅっ……ふぁあーっ……」


 美奈が朝に弱いという事も変わらない。

 一階のリビングから母親の呼び声が聞こえてくるなか身体を起こし、大きく欠伸をし体を伸ばすとボサボサの寝癖混じりの髪を擦るように撫でながら時間を確認する。


(まだ大丈夫……まだ……)


 この時間ならばまだ余裕を持って学園に行けるはず。半ば自分にそう言い聞かせて美奈は糸が切れた人形のようにベッドに倒れこむ。睡魔に負け、規則正しい寝息を立てるのに時間はそうかからなかった。


「みぃぃぃなああぁぁぁっっっ!!!! いいィ加減にぃっ起きなさああぁぁーー一いぃっっ!!!!」

「ひやぁっ!!? ご、ごめんなさああああぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーいぃっっっ!!!!!?」


 そして数十分後、ついに母の逆鱗に触れる。朝の時間帯に子を起こす親ほど鬼のような存在はいないのだ。鬼の一喝に飛び跳ねるようにすぐさま目を覚まして起き上がった美奈は条件反射の如く謝りながらリビングへ向かう。


 ・・・


「行ってきまーすっっ!」


 トレードマークのリボンで結んだポニーテールを揺らし、ブレザーの制服に着替え身支度も全て整えた美奈は家を出る。一歩外に出れば、晴天の青空に輝く心地の良い太陽の光が地面を照らしている。


「おはようございますっ」


 学園までの通学路で出会う近所の人々に挨拶をしていく。その笑顔はまるで今空に輝く太陽のように明るく、挨拶を返してくれる近所の人々もまた笑顔で返してくれる。


 これもまた変わらない日常。

 だが、変わった事は当然ある。


「さ、沙耶ちゃん、おはよう……」

「おはようございます」


 登校中に沙耶を見つけた美奈。沙耶も美奈に気づき、足を止めると美奈も足を止める訳にはいかず二人の距離は詰められる。いつも通り挨拶はするが、どこかぎこちない。しかし沙耶に関してはいつも通りの涼やかな挨拶だ。


「いつもは抱き着いてくるのに最近はしないんですね」

「えっ……と……」


 いつも登校中に沙耶に出会っては、人懐こい犬か中のようにじゃれて抱き着いていた美奈。だがここ最近、沙耶と色々な出来事が起こった為にこれまでのように簡単に抱きつくなど出来なかった。


 なにせ自分は沙耶を意識し始めてしまっているのだから。おいそれと抱き着くことを躊躇ってしまうのだ。しかしそんな美奈に沙耶は寂しそうに僅かに視線を伏せる。相変わらず表情の少ないせいで、長年一緒にいないと分からない程度の変化ではあるが。


「こ、これなら……どうかな……?」


 そんな沙耶を見兼ねて、そっと沙耶のブレザーの裾を掴む美奈。恥じらって、はにかみながら裾を掴む美奈の姿は年上とは思えない程、可愛らしく愛おしい。


「私ならこうします」


 すると沙耶は裾を掴んでいる美奈の手を取る。どうするのだろう、と不思議がりきょとんとしている美奈に沙耶は掴んだ美奈の腕をそのまま自分の腕と絡ませる。


「っ……!」


 今の自分と沙耶の状態を認識したのだろう。組み合う腕を見て一気にカーッとより一層、頬を紅潮させてしまう。しかし沙耶は気にした様子もなく、どこ吹く風か普通に歩き出した為、美奈もつられて一緒に歩く。


「もっとくっ付いても良いんですよ?」

「さ、沙耶ちゃんってホントに大胆だね……」


 腕を組んで歩く沙耶は恥ずかしそうに視線を泳がせている美奈に意地悪するように提案する。キスの一件といい、ここ最近になって沙耶の行動力には恐れ入る。それこそ十数年の付き合いになるわけだが、まさかここまで大胆な行動をするとは思っていなかった。ずっとこれまで沙耶といたはずなのに、初めて知るかのように驚きの連続だ。


「貴女だからですよ。貴女を愛しているから」


 美奈の呟きに反応した沙耶は穏やかに目を細めて微笑む。それはいつもの無口無感動無表情の三拍子が揃った表情とは違う。甘くとろけるような見る者を魅了するような優しく柔らかな笑みであった。


「……どうかしましたか?」

「な……なんでもないよっ!」


 反則だ、あんな表情で面と向かってこんな事を言うのだから。そして自分は本当に沙耶を一人の人間として意識し始めているのだと再認識する。ドキッと心臓が跳ね思わずその表情に茫然と見惚れていた美奈に沙耶は怪訝そうに問いかけると我に返った美奈は慌てて歩くことに集中する。


「本当に二人は仲良しだね」


 暫く二人で腕を組みあったまま歩く。後少しで白花学園だ。腕を組んだままの美奈と沙耶に声をかけたのは啓基であった。振り返って見れば、爽やかな笑みを浮かべる啓基がいた。美奈の笑みが太陽と例えるならば、啓基の笑みは涼風だろうか。


「おはよっ、ケーキ」

「おはよう、二人とも」

「おはようございます」


 朝の挨拶もいつもと変わらない。このまま啓基が合流するのも変わらない。美奈と沙耶が腕を組んでいる姿を見ても、以前から沙耶にじゃれていた姿を見ている為に特に不思議には思わない。


「そう言えば明後日くらいかな、バイト先で新メニューが始まるんだって。まだ確認できてないんだけど」

「へぇ、じゃあ今度行ってみないと」


 そのまま三人で会話を、というよりは美奈と啓基が話し、沙耶はたまに適度な相槌を打つ程度で学園に登校していくのであった。


 ・・・


「おはよーっ」

「おはよう、二人は安定してるね」


 美奈と啓基はいつも通り教室に足を踏み入れてクラスメイト達と挨拶を交わしながら、それぞれ自身の机まで向かっていく。すると教室に入って一番最初に玲菜が話しかけてくる。相変わらず一緒に教室に入ってくる二人をからかうような意地悪そうな表情で、だが。


「家が近い以下略って感じかなー」

「──美奈ちゃん、おはよっ!」


 玲奈に関してはいつもの事なので気にした様子もなく答える。そんな美奈の両肩を背後からポンッと触れ、舌ったらずな喋り方で挨拶してくれる人物がいた。


「お、おはよ……未希ちゃん」


 特徴的な可愛らしい子供のような舌っ足らずの喋り方を聞けば、それが誰だか振り返らなくても分かる。教室に入った時点でいたのは分かっているが、正直会うのは気まずい。しかし挨拶をしてくれた以上は返さなくてはいけない。


 ギギギ……とまるで油が切れたブリキ人形の如く確認すれば、トレードマークのような長いツインテールにくりくりっとした翡翠色の瞳と愛嬌のある笑顔をこちらに向ける未希がいた。


「どーしたの? 美奈ちゃんなんか変だよ?」


 いかんせん未希とはファストフード店での一件がある。あの時、謝ったとはいえ、それではい、終わりという気にはなれず負い目を感じていた。もっとも美奈とは違い、ファストフード店での一件がなかったように美希自体の態度はいつもと変わらぬ為いつもと違う美奈の様子に未希は首を傾げる。


「あっ、もしかしてこの間の事かな? 気にしてないよっ! もーっ美奈ちゃんってば変なところで引きずるなー。これ以上、引きずるなら怒っちゃうんだからねっ?」


 美希の問いに言葉を詰まらせ、何と答えるか言葉を選ぶ美奈に先日の事だと気付いた未希はあっけらかんとしながら笑うと、これ以上、美奈が気にしないようにとあえて膨れっ面を作る。


「うん、ありがとう。未希ちゃんっ」

「じゃあこれでお終いねっ! えへへっ」


 ぷんぷんと膨れっ面を見せ、ツインテールを揺らす未希に感謝しながら微笑を浮かべて礼を言う美奈に未希は仲直りが出来たと心底、嬉しそうにはにかんだ笑みを見せ喜びを表すように抱きつく。


「なにかあったの?」

「さぁ……」


 蚊帳の外に置かれてしまった玲奈と啓基。今一、話が呑み込めず近くの啓基に問いかけると、啓基が知る由もなく肩を竦める。その間でも美奈と未希は喜んで笑い合っている。


「あっ、そう言えば美奈ちゃん、今日ね、ゲームセンターにブレストの景品があるんだって! 今日、行かない?」

「良いねっ! 行こう!」


 ふと思い出したように提案する未希。ブレストとは二人がハマっているソーシャルゲーム、ブレイブストライカーの略称だ。早速放課後、美奈と未希、そして玲奈の仲良し三人組で遊びに行く事に決定するのであった。

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