第5話 沙耶とのこれまで

『ねー、お名前は聞かせて?』


 最初に彼女に出会ったのは幼稚園の園庭だった。


『さ、沙耶……』


 今でこそ彼女は人と関わろうとはしないが、その時は引っ込み思案で大人しくビクビクしていた子だった。園庭で友達と遊んでいる園児達を日陰のベンチに座りながら、いつも寂し気な様子で羨ましそうに見つめている彼女に声をかけたのが始まり。


 それが私、小山美奈と寺内沙耶の出会い。


 沙耶ちゃんは元々私が住んでいるこの二郷市に引っ越してきた女の子だ。彼女が転入してきた時は私が年長組で彼女は年中組。その時は既にある程度、幼稚園にいる園児達のコミュニティと言うものは形成されつつあり途中から入った彼女はその性格も相まってか周囲に馴染めず誰とも打ち解けられないまま一人でいる事が多かった。


 その時。声をかけたのがきっかけで私は彼女の手を取って一緒に遊んだ。


 今でもよく覚えてる。あの時、手を引っ張った時、驚きながらでも嬉しそうなあの笑顔が凄く可愛くて、その笑顔がまた見たくって幼稚園でケーキや友達と一緒によく遊んだんだっけ。それから家が近くだっていう事も分かって、お家に呼んだりとか……色んなことをした。


『美奈ちゃん……寒い……』

『だったらお手て握ってあげるっ!』


 そうそう、沙耶ちゃんが風邪をひいた時はお姉ちゃん気取りだった私は看病もどきをしてその風邪が移ったんだっけ……。


 今思えば、あの時から沙耶ちゃんは私以外と特に関わらず、いつも私の後ろで服の裾を掴んでいた。私もそんな沙耶ちゃんがまるで本当の自分の妹みたいで、可愛がってたな……。最初はビクビクしてたけど、そんな風に接してたお陰かよく笑う様になったんだっけ。


『美奈ちゃんのこと、大好きっ!』

『うん、美奈も大好きだよ!』


 こんな会話もした覚えがある。

 今思えばその時から? なんて思う時もあるけど、流石にこの時は違うとは思う……。いや、思いたい……。


 でも、その関係は少しずつ変わっていった。


 最初に変化を感じたのは私が小学4年で彼女が小学3年の時。幼稚園を上がった時、彼女は引っ込み思案と言うより段々と他人に関心がなくなって来たように感じられた。クラスでは当然、浮いてたみたいでその容姿から男子にはモテてたみたいだけどいくらアプローチをしたところで彼女は無反応に無関心。取り付く島もなかったようだ。


 少しでも余裕があれば休み時間の大半などはいつも私の傍にいた。クラスの子といないの? って聞いたところで…………。


『美奈ちゃんの傍にいる方が楽しい』


 彼女は屈託のない笑顔を私に向けて答えた。そう言われると何だか私は褒められてるみたいで嬉しかったけど、でもたまたまクラスの子と話してるところを見ても、やっぱりその態度は素っ気なかった。


 それはクラスの子だけじゃなくて私の友達やそれこそケーキにもだった。そう、私とその他の人達との態度に明らかな温度差があったのだ。


 次に変化を感じたのは中学でまた一緒になった頃だ。


『小山さん、借りていた本、返しに来ました』


 中学に上がって、ある日を境にそれまではタメ口でそれこそ友達や姉妹のように話してたのにいきなり敬語に変わって距離が置き始めたのだ。


 その時は何かに影響でも受けたのかな、って深くは考えなかったけどそれが1ヶ月、2ヶ月、どんどんと日を重ねていけば、ただの影響ではない事が分かり、それとなく何で敬語に変えたのか聞いてみた。


『私達は先輩と後輩なんです。接し方を考え直しただけです』


 それが彼女の返答だった。

 でも私にはそれだけじゃないような気がして、追及したが『それ以上の理由はありません』の一点張り。


『小山さんも先輩らしい態度をしてください』


 逆に突き放すようにこう言われる始末だ。

 納得は出来ないし、寂しかったけど私はそれ以上の追及を止めた。いくら先輩後輩と言えど私達の関係は変わる事もないと思ったし、いつもと変わらず接し続けた。


 そう、私達の関係は姉妹のようであり、かけがえのない親友なんだって。


 でも……。


『私は貴女に友情なんて感じた事はありません』


 違った。

 彼女は私をそんな風には思ってなかった。彼女は私に好意を寄せていると言っていた。互いに一方通行に想っていただけだった。


『……もう私達は元の関係には決して戻れません……。だから……貴女を私のモノにする』


 彼女の言葉通り、私達はもう元の関係には戻れない。

 あの時の事を思い出しては唇の感触が鮮明に過り、犯されるように蹂躙された口内の記憶も過る。


 あの時まではケーキの告白も受けても良いかなって思ってたけど、今はどうすれば良いのか分からない。だってケーキの告白について考えようとすれば、必ず沙耶ちゃんの事が浮かんでしまうから。それだけあの時の出来事は私の記憶や心に強く刻み込まれた。


 別にあの事を口外する気はない。

 言ったところで沙耶ちゃんは益々孤立し、奇異の目で見られやがては苛められるかもしれない。沙耶ちゃんは気にしないだろうけど、私は気にする。初めてのキスを奪われちゃったけど、沙耶ちゃんから何かを奪う気はない。


 でも他にも気になる事がある。

 彼女は本当に私を自分のモノにしようとするのだろうか?


 今迄、ケーキもそれこそ沙耶ちゃんもそういう対象で見た事がないから、益々分からなくなる。二人とも私は友達だって思ってた、でも二人とも違ってたんだ。


 ケーキは私の答えを待ってくれている。

 沙耶ちゃんは私を手に入れようとしている。


 私は二人の想いになんて応えれば良いの? どう応えれば正解なのか見えてこない。まるで迷宮に閉じ込められた気分だ。


 私は……どうすれば良いの……?


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