第691話 鍛治と加工
上の方から、ぱたん、ぱたんと雫の滴る音がする。
きっと端に寄せた木箱に、昼下がりの雨が滴っているんだろう。
秘密基地は頑丈な地下設備だけど、カモフラージュにした廃屋部分は、あまり手を加えていないから。
「ねえラキ、ちょっと相談があるんだ」
いそいそと特訓しに行ったタクトを見送り、オレは真剣な顔でラキに声をかけた。
「どうしたの、改まって~」
指輪の下準備らしい作業の手を止め、振り返ったラキがソファーへと移動した。ぽんぽんと隣を叩き、どうやら座れということらしい。
「うん、指輪に使う魔石のことでちょっと……」
オレたち以外に誰もいないけれど、つい声をひそめて身を寄せる。
「なに~? 最高級の魔石を持ってきちゃったとか~?」
くすくす笑ったラキに、え、と拍子抜けた。いくらオレの心が読めると言ったって、これは読みすぎじゃないだろうか。どうして分かったんだろう。
だけど、それなら話は早い。
「そう! これなんだけど……リンゼは最高品質って言ってた」
言うなりローテーブルへざらざらと魔石を広げてみせる。色々選べるようにと思って作ったので、色とりどりでとても綺麗だ。
「あと、これ。あのね、これって貴重なものらしいから、バレないように指輪の中に仕込むことってできない? お守り代わりになる石だから」
こちらはどれも水晶のように透明な、生命の魔石。
消却加工で空になった魔石はぼやっとした半透明だけれど、生命の魔石は澄んだ透明で、時折虹色の遊色が見える。
「この透明の魔石を隠して、カモフラージュも兼ねた色魔石をメインに据えたらどうかなと思ったんだ! それでね、色魔石はみんなに好きなのを選んでもらうんだ!」
にこにこしてラキを見上げると、ちょっと見たことのない顔をしている気がする。
「…………」
凍り付いたように微動だにしない彼の視線は、魔石に固定されて動かない。
「あの、ラキ?」
おずおず声をかけても反応はない。少し考え、テーブルの魔石をサッと収納に戻した。
「それで、ラキどう思う? 指輪って小さいけど、そういう加工は可能なのかな?」
こほん、と咳払いして続け、そうっと彼を見上げたものの、まだ視線が合わない。
無言に耐えきれずもう一度名前を呼ぶと、ラキはゆっくりとこちらを向いた。
温度の低い、淡い色の瞳が熱を孕んで色を濃くしたように見える。
「……僕、今、見てはいけないものを見た気がするんだけど……?」
手つきだけは優しく、かつ強引にオレの顔を両手で固定して、うっすらと笑った。間近で見つめる瞳からは、どうあっても逃げられそうにない。
で、でも、引っかかってるのは一体どの部分なの……?! 最高級の魔石は大丈夫なんでしょう? じゃあ、生命の魔石?
大汗をかいて混乱中のオレを深々とのぞき込み、ラキは嬲るように目を細めて微かに首を傾げた。
「んん? あのね、さっき言ったの冗談だから。ううん、もしかして1個や2個最高級を持ってくることはあるかもって思ったけど。これは想定外だから」
きゅうっと唇を引いて笑う。……ラキってさ、怖いよね。あのね、こういう時のラキ、本当に怖いからね。
「えっと、でも、そのために揃えたし、何て言うか、その」
ふるふるしながら沙汰を待っていると、気付いたラキが手を離して大きく息を吐いた。
「あ~、まあ具体的にどんな魔石をって言わなかったしね~。羽目は外すだろうけど、せいぜい高ランクの魔物から出た魔石くらいかなと思ってたから~。最高級を持ってきてもらって文句は言えないね~」
顔を上げて苦笑し、いつものラキに戻ってくしゃくしゃとオレを撫でた。
「だけどこれ、簡単に作……手に入ったんだよ。魔道具にもすごく向いているらしいから、問題ないと思って……」
ホッと安堵してつらつら言い訳を並べていると、怒ってないよと苦笑された。
「どうやって手に入れたんだとか、色々心配なだけ~。あ、入手方法は言わなくていいから~!! いつリンゼに会ったんだとか、全然、気になってないから~!」
ぱっと口元を押さえられ、どうしてリンゼと同じ事をするんだと笑った。
「じゃあ、これで作れそう? だけど、指輪より魔石の方が大きいけど、どうやって作るの?」
指輪に収まるサイズの魔石なんて、相当小物じゃないと無理だ。だけど、そんな小物の魔石じゃあ大した指輪にはならないだろう。
「ふふ、普通の指輪や細工物は、鍛冶職人だって作れるでしょ~? 加工師は、それとは違う方法で作るんだよ~。だから、杖代わりの指輪が作れるのは、加工師だけなんだ~」
ラキは生命の魔石を手に取り、先ほどの机に広げられていた金属らしきものを手に取った。
「ここまで来ると、金属だってこだわりたくなるけど~。見た目の価値を上げちゃうわけにいかないなら、仕方無いね~」
両方を手の平に乗せ、小さく詠唱を口ずさんでいる。
みるみる研ぎ澄まされていく精神が、目に見えるよう。針の先端みたいな、集中力。
あ、と声を上げそうになって慌てて口を押さえた。
注視していた手の平の上で、魔石と金属がゆるりと形を崩し始めたのが分かる。それは、まるで融解するように徐々に個体から流動物へ変化し、混じり合っていく。
手の平に乗る小さな物体には、目一杯ラキの魔力が内包されているのが分かる。光が溢れないのは、きっちり魔力を満たしつつ、漏れを許さないコントロールの賜だ。もしオレが同じことをやれば、目も開けられないほど光が溢れそう。
完全に混じり合った2つが、今度は徐々に液体から固体へ。その変化のさなか、ラキは何のためらいもなく素手でそれを取り上げ、飴細工を作るように形を変化させ始めた。
「熱く、ない?」
声をかけまいと思っていたのに、つい心配が漏れてしまった。まるで融解した鉄をそのまま触っているようで、気が気でない。
「熱く? 大丈夫だよ~。鍛冶とは違うからね~」
くすっと笑われ、改めて不思議な光景だと思う。
「ほら、土台はこんな感じ~。完全に溶かし込むのは結構魔力を使って大変なんだけど、今回はやった方が良さそうだね~」
そう言って肩をすくめた手には、既に細工の施された金属指輪が乗っていた。魔石など、どこにも見当たらない。
「すごい……これならバレないね! 色魔石の方も溶かし込むの?」
「さすがにそんなに溶かし込めないよ~。それに、属性の石は外側に見える方がいいからね~」
こんな風になるよ、とラキは自分の指輪を目の前に掲げた。
色とりどりの魔石が、まさに目一杯、といった風にはめ込まれた指輪だ。超派手だけど、いろんな属性魔石を入れた実用性重視の逸品らしい。
見える魔石は数ミリからせいぜい1センチほど。溶かし込まずに外側の装飾として使うとこうなるんだそう。
「これは大した魔石じゃないものを使ったからこんな風だけど~、あの魔石ならひとつで十分……というより、ひとつしか入れられない気がする~」
催促に応じて赤い魔石を渡せば、またラキの集中と加工が始まった。
「わあ……! すごい……」
赤い魔石が、ぐるりと指輪を囲う装飾の一部となっていくつも現われている。大きなひとつが小さな欠片になってちりばめられたように見えるけれど、ラキに言わせれば指輪全体でひとつの魔石となっているんだとかなんとか。うん、全然分からない。
「これで1つできたね~。こういうのでいい~?」
「うん! すっごく素敵だと思う!! だけど、こんなにたくさん、大丈夫?」
ひとつを作るでも、割と魔力を消費していると思う。オレができればいいのに、ちょっと見ただけで絶対にできないと断言できる。
だって、そもそも手の平の上で溶かすってどういうこと? オレの想像の範囲を超えている。オレがやれば、手の平ごと焼け落ちること間違いなしだ。
「お、すげー! もう指輪できたのか? なあ俺、ドラゴンがいい! ドラゴンの模様にしてくれよ!」
特訓を終えたらしいタクトが、汗を拭いながら隣に腰かけた。
土と、汗と、それと微かに石けんの香りが鼻腔に届く。とても覚えのあるその香り。
オレとお揃いの香り。だってみんなまとめて洗濯しているから。反対側のラキからだって、同じ香りがする。
なんでもないこと。だけど、なんだかくすぐったい。
3人一緒に生活しているんだなと、オレは改めて噛みしめ笑ったのだった。
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あらすじも載せているので、お気に入りがあればぜひ印刷してみてくださいね~
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