第538話 存分に遊んで

「ふんふ~ん」

タクト、頑張ってるかな。相手はマリーさんだから、ラピス部隊との訓練みたいに命がけってことはないだろうけど。

チャッチャッチャッ、卵を混ぜる音が軽快に響く。

だって、身体強化の訓練ならオレができることはない。すごすごと……いや、オレはオレでやりたいことがあるから! いそいそと館へ引き返してきた。

ほら、王都に行くんだもの。色々と準備がいるでしょう。


「お前、王都で店でもやんのか……?」

「作り置きしてるだけだよ! 手土産もいるし」

呆れた視線は寄越すけれど、その太い手は淀みなく作業を続けている。手土産だけでも結構な量がいるし、さらに滞在中はあまり作れないことを思えば、今たくさん作っておかないと。

そう、こうして厨房を使ってジフたちに手伝って貰える絶好の機会にね!

「そろそろ夕食の支度だ、オーブンはこれが最後な。で、お前、もちろん……分かってんだろうな?」

低く凄む声に、こくりと頷いた。

「もちろん手伝うよ! タクトがお腹を空かせてると思うから、お肉がいいな!」

「ほう、あいつはよく食いそうだな。カロルス様と同じニオイがする」

よく分かったね! 多分同じ人種だと思うよ。ただカロルス様と違って、タクトは野菜もしっかり食べるけどね。


用意するお肉の量について思案しだしたジフをよそに、重いオーブンの扉を閉める。ちょうどその時、ひょこ、と顔を覗かせたプリメラがするすると厨房へ入り込んできた。

「わあ、いい香り~」

プリメラを追うようにラキも顔を覗かせる。部屋で加工しつつプリメラと遊んでいたけれど、さすがに飽きた頃だろうか。

「プリメラ、珍しいね! どうしたの?」

プリメラは基本果物を食べるので、匂いに惹かれて厨房にやってくることはない。それに、怒号飛び交いゴツくて怖い顔の男が蠢く戦場(厨房)を苦手としているみたい。

「僕がユータはどこにいるのかなって聞いたから、案内してくれたんだよ~」

ラキは、お利口~と破顔して大きな頭を撫でた。この短期間に随分と仲良くなったらしい。ありがとう、とオレも長い首を抱きしめれば、ちょうど抱き枕のようにすっぽりとフィットする。今夜は久々にプリメラを抱っこして眠れるだろうか。


と、外からドオンと大きな音がしてふわふわの身体がビクリと顔を上げた。大丈夫だよ、この館は最高に安全な場所だから。

「えっ? タクトの訓練ってそんな激しくやってるの~?」

突然の音に一瞬首をすくめ、ラキが訝しげな顔をする。やってるかもしれないけど、マリーさんがいるからこんな騒ぎにはならないはずなん――。

『待ってマリーちゃん! それ誰?! さすがに違うよね?!』

……賑やかな声が耳に届いて、ああ、と頷いた。

「お客さんが来たみたい。ラキも見に行く? 珍しい魔法とAランクの戦闘が見られるかも」

「……お客さんじゃなかったの~?」

『招かれざる客』って言うしね。客は客なんじゃない? オレは久々に会えて嬉しいけども。


「待って待ってマリーちゃん! お土産があるんだぜ!」

「不要!!」

「おわぁっ! ち、違うって! ほら、あのチビだって喜ぶだろっ? かわい~お菓子なんだけどな~? こんな攻撃受けてたらかわいいお菓子が潰れちゃったり……?」

ラキを連れて庭に出ると、激しく戦闘を繰り広げているのは案の定アッゼさん。懲りない人だなぁと思うけれど、最近は作戦を立ててきているらしい。かわいいお菓子を使うとは……中々賢いと思う。


一瞬ぴたっと止まったマリーさんが、再び肉迫して蹴りを放った。

「嘘を言いなさい! あなた収納を使えるでしょう! 潰れるはずがありません!」

鋭く睨む視線に、アッゼさんがぱあっと顔を輝かせた。

「えっ……マリーちゃん、俺が収納魔法使えるの知ってくれてたんだ……。ちゃんと俺に興味を持ってくれて――ちょっ?! どっちにしろ、俺が死んだら取り出せなくなるけどぉ?!」


……不憫。そんな些細なことで喜ぶアッゼさんに、この二文字しか浮かばない。

レベルの違う戦闘に表情を固くしていたラキが、無言でオレを見つめる。そんな目をしたって、知らないよ! これはオレのせいじゃないもの。ああいう人たちなんだよ。

「なあ、すげーんだけど! あれ誰なんだ? 魔族だよな? 知り合い?」

汗みずくになっているタクトが、きらきらした瞳でやって来た。

「そうです! 悪い魔族なので全力でヤッてしまっていいですよ! 悪い魔族、タクト様を傷つけたら容赦致しません。あと館と庭と草木その他諸々を傷つけても同じく」

「手厳しいッ?!」

さあ、どうぞ! とにっこり促され、タクトが『いいの?』と言わんばかりにオレに振り向いた。いいんじゃない? アッゼさん強いし。


「やった! じゃあ、行くぜっ! お願いしまーす!!」

「えっ? ちょっと、なんでちびっ子まで頷いてんの?! お前ストッパーだろ?!」

嬉々として地面を蹴ったタクトを避け、アッゼさんが裏切られたと言わんばかりの視線を寄越した。

『あなたがストッパー役になるわけないじゃない、ねえ?』

『主はいつも燃料投下役だよな!』

同意を求めないで欲しい。左右からオレの頬をつつくモモとチュー助にムッとしたところで、ラキがオレを見つめてにっこりした。

「ユータにブレーキはないもんね~?」

……なんて気の合う3人なんだ。聞こえていなかったはずの会話に参加するラキに、その通りと肩の二人が喝采を送る。

――ブレーキはいらないの、何事も全力でするのがいいの! フウゥルスウィングなの!!

群青のつぶらな瞳を煌めかせ、ラピスがくるりと回った。大切な心意気だけども、ラピスは何事もせめてセミスイングぐらいにしてほしい。


「うおっ? 魔法剣使うとか聞いてねえっ! あ、待って雑草がっ!」

時折マリーさんも加わって、どうやらタクトに指導しているみたい。ちょうど良かった、とてもいい訓練になるだろう。

「ラキ様、ご一緒にどうぞ! 遠慮無く狙って構いませんよ! タクト様にだけは当たらないようお気をつけ下さいね」

「マリーちゃあぁん?!」

どうやらラキも一緒に訓練できるようだ。オレはまた今度でもいいから、頑張るアッゼさんのためにジフに声を掛けてこようかな。きっと、お腹が空くだろうから。

「じゃ、頑張ってね~!」

オレはにっこり笑って手を振ると、悲痛な声が響く庭を後にした。



「うっまぁぁー!! 俺、俺……生きてて良かった!!」

なんだかすごく実感のこもった声をあげ、アッゼさんは感涙せんばかりにお料理を頬ばっている。少々服が哀れな状態になっているけど、ちゃんと回復魔法をかけたから大丈夫。

「てめえ、もうちょっと遠慮しやがれ! 俺の肉!」

ここでも戦闘が始まっている。きらめくナイフとフォークの応酬に、いつ物理的に雷が落ちるかとヒヤヒヤして執事さんを盗み見た。あるいはかかと落としかもしれないし、いずれにせよ食卓に被害が及びそうだから……!

「い、いっぱいあるから落ち着いて食べて! ほら、アッゼさんこっちも美味しいんだよ! カロルス様はお肉ばっかり食べないの!」


こうして見るとタクトやラキは十分落ち着いていると思える。貴族にあるまじき賑やかな食卓も、以前王都で一緒だったから慣れたものだ。

やがてみんなのお腹が満足しだした頃、隣でカチャンと音がして視線をやった。

「んん? タクト、眠い?」

「……おぅ」

持っていたフォークが落ちたのにも気付かず、ぐらぐら揺れていた頭がハッとオレを見た。もやのかかったような眼差しに、つい吹き出しそうになる。体力があるだけに、こんなタクトは珍しい。よっぽど全力で訓練したんだろうな。


「もう寝る? 行こっか」

こくっと頷いた頭が、そのまま下がってしまいそう。手を引けば素直に立って着いてくる様子に、手のかかる弟みたいでにまにましてしまう。

ゆらゆらしながら何とか部屋までたどり着いて戻ってくると、セデス兄さんがくすくす笑って指さした。

「あっ? ラキまで!」

完全にほっぺをテーブルにつけて、すうすうと寝息が聞こえる。どうやらタクトが寝たのを見て、ラキのスイッチまで切れてしまったみたい。

まったく、お兄さんは大変だ。

腰に手を当て、もう! とやったところでカロルス様たちが盛大に笑った。

「みんな、まだ子どもだからね! 仕方ないんだよ」

笑っちゃダメだよと見回せば、その笑い声はさらに大きくなったのだった。




------------------


マリーさんはショタ好きじゃないですから!ちゃんと女の子も好きですから!!(笑)

ちなみに自分より小さいものは大体かわいいらしいです。人間なら10歳以下はもれなくスイッチが入る可能性があります…。

ユータとセデス兄さんは特別枠。自分ちの猫は別格だけど他所の猫もかわいい心理。



◆11/25まで、ツギクル5周年記念キャンペーンだそうです!!◆

もふしらも色んなサイトで電子書籍1~3巻が半額!! この機会にぜひ!

書き下ろしそれぞれ…


1巻:あの兄弟のその後。ユータの考えたお礼とは?

2巻:若かりし?頃のカロルス様たち。アッゼさんとマリーさん出会いの話

3巻:村でエリちゃんご一行歓迎パーティの話。カロルス様にとっての花火は…


1、2巻は少ないですが、後半になるにつれ書き下ろし部分は長くなってますね…最近の書き下ろしは割と大ボリュームで挿絵まであったり。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る