第515話 不慣れな感覚
「っ構えて!」
切羽詰まった叫びに慌ててセバスさんが剣を構えた。既に抜いていたタクトは、ラキの前へ飛び出す。
「どこだ?! 強いな、気配分かんねえ!」
レーダーで分かるのは方向くらい。オレに倣ってタクトが向きを変えた時。
「違う!」
しまった……! 刹那の瞬間に回り込まれたことを察知、振り向きざまに飛び上がった。
「セバスさん!」
激しい金属音と共に、受け流したはずの短剣に重い衝撃が走った。
ただの一撃じゃない。連撃……? うまく流しきれなかった……! じいんと痺れる腕に歯がみした時。
「――あれ」
「……」
流した短剣が刃を向けていなかったことに気付いた。峰打ち……? 盗賊が?
パッと離れた盗賊が、だらりと両手の武器を下げた。
「……お前、何してる」
低い声に、つい口角が上がった。真っ暗な中に溶け込むような装備、なぜか口元まで黒い布で覆って、本当に盗賊みたい。モスグリーンのきつい瞳が、訝しむように細まった。
オレはたまらず駆け寄ると、その首めがけて飛びついた。
「久しぶり! それはこっちの台詞だよ!」
飛びついたオレをどうしたらいいか分からず彷徨う両手。相変わらずだ、キースさん。
「……武器を持っている相手に飛びつくな」
「キースさんがそんなヘマするわけないもの。どうしたの? どうしてセバスさんを攻撃したの?」
「盗賊の見分けはつかん」
どうやら攫われた人(オレたち)を盗賊(セバスさん)がこっそり移動させようとしていると思ったらしい。それにしたって盗賊じゃない可能性も考慮しての峰打ちだったんだろうに、まず声をかけるなりなんなりしたらどうなんだろう。
「ひとまず戦闘不能にしておけば、邪魔にもならん」
ラピスみたいに大雑把な扱いだ。だけど、本当に盗賊だったら子どもを人質にされると厄介なことになるのかもしれない。
何にせよキースさんたち『放浪の木』がいるなら悪者なんてへっちゃらだ。なんせBランクパーティだもの!
怯えるお嬢様たちに味方だと説明して、お互いの状況を確認した。
「――そっか、キースさんたちは依頼で来てたんだね」
頷いたキースさんは、まだ訝しげに目を細めている。あまりにも凶相なので口元の布は外してもらったけど、にこりともしないからあまり意味はなかったろうか。
「なあに?」
「……なぜここにいる」
だから川遊びに来て冒険をって言ったのに。
「お前たちはハイカリクにいたはずだ」
もう一度説明しようとして、きょとんとする。
「そうだよ? ハイカリクだよ?」
「ここまで遊びに?」
「うん、暑いから遊びに来――ひょっと、ふぁに?」
唐突に遠慮なく両頬を引っぱられて目をぱちくりさせた。
「確かにお前だ」
ほっぺで確認しないで?! どう見てもオレでしょう?!
言葉が少なすぎて一体彼は何を疑問に思っているのかサッパリだ。問いただそうとした時、ちょいちょいと袖を引かれた。
「あなたたちがハイカリクから来たって言うからよ……近くの町の名前はエリスローデよ。そこから来たんでしょう? ほ、ほら、ちゃんと説明しないと、彼相当怒ってるわよ」
お嬢様がキースさんを気にしつつ、こそっと耳打ちした。
「えっ? それどこ――あ!」
思い出した。そう言えばオレたち、相当なスピードでシロ車を飛ばしてきたんだった。
もしかして、思ったより遠くへ来ているのかもしれない。
「ねえラキ、エリスローデってどこ?」
「僕たちエリスローデまで来ちゃったの~? ハイカリクから町2つ離れてるよ~。さすがに川遊びに行く距離じゃないね~」
「シロってすげーな!」
褒められたシロがオレの中でしっぽを振っている。だけど、町2つか……少なく見積もっても半日かかる距離だよねえ。キースさんはシロを知っているけど、フェンリルってバレちゃうだろうか。
「あ、あのね、オレたち特別な馬車を作ってて――」
なぜか背中を向けているキースさんに声をかけたものの……目が合わない。顔は怖いままだけど、なんだか、えーと、しょんぼりしてる?
「怒っては……いない」
あー、聞こえていたらしい……さっきのお嬢様の台詞。
「キースさん大丈夫! オレは怒ってないって分かるよ! 初対面だから……そうだ、にっこり笑えばいいんだよ!」
「無茶を言うな」
何も無茶なこと言ってないからね?! だけどオレもキースさんがにっこり笑った顔は見たことないかも。
「コホン、お話を伺うに私共を助けに来て頂いたと思ってもよろしいか? まだ1人囚われているはずなのですが……」
「そうか」
そのままスタスタ歩き出したキースさん。説明! 説明して!! 助けに行くんだよね、そうだよね?
「ねえ、あの人は本当に冒険者なの? 知り合いなのよね? 信用していいの?」
キースさんが離れたとみるや矢継ぎ早に質問が来た。お嬢様、声! 声抑えて!
「絶対に大丈夫、すごく信頼できる人だから! あの、ちょっと顔は怖いかもしれないけど、優しい人だよ。それに、とっても強いから」
にこっと微笑むと、まだ怯えた様子ながら緊張は緩めてくれたようだ。そもそもオレだって初対面なんだけど、そこは信用してくれるんだろうか。
キースさんがずんずん行ってしまうものだから、オレたちも慌てて追いかける。
「……お前達はそこにいた方がいい」
ちら、と視線を走らせたのは牢代わりの小部屋。
「い、嫌よ! だってそのまま置いて行かれるかもしれないじゃない! それにあなたはミーシャを知らないでしょう?!」
セバスさんの後ろから精一杯虚勢を張ったお嬢様は、視線が合う前に完全に背中に隠れた。
「1人で全員は守れん」
キースさん、超近接戦闘員だもんね。正直、彼なら1人で全員守って出られると思うんだ。だけど無理に連れて行くよりここの方が安全ってことなんだろう。
「全員って俺たちも入ってんじゃねえ? 戦えるぜ!」
「僕たち、Dランクになったので邪魔にならないと思う~」
そう、オレたちは前回キースさんに会った時より成長してるんだから! そう言えば前に会ったのはランクアップ試験の時だっけ。あの時はほとんど戦闘らしい戦闘もなかったし、もしかしてあまり戦闘能力がないと思われているかもしれない。
「オレ、強くなったんだよ! 信じてもらえないかもしれないけど――」
「お前は、強い」
ぬっと伸ばされた手が、オレの頭にぽんと置かれた。鋭い眼光がしっかりとオレを見据える。
「俺の攻撃を逸らせるヤツは、そういない」
いつも下がりっぱなしの口角が、ほんの少し……上がった気がした。
「……うん!!」
胸がいっぱいになって、思わず飛びついた。
あのキースさんに、強いと言ってもらえた。ぐっと喉が詰まって、こんな時に目頭が熱くなってくる。
まずい……。ぎゅうっとキースさんにぶら下がったまま、急いで深呼吸した。せっかく強いと言われたのに泣くなんて、それだけはなんとしても避けたい。
その時、ぶら下がって中々離さないオレの身体がそうっと持ち上がった。おずおずと支えてくれた左腕は、確かにキースさんのもの。そうじゃないよ、手の平じゃなくて腕全体で支えるんだよ。
随分下手くそな抱っこに思わず頬が緩んだ。涙も驚いてすっかり引っ込んでくれたみたいだ。くすっと笑って顔を上げると、思ったより間近にあったモスグリーンの瞳は、のけ反らんばかりに逸らされてしまった。
「……下りろ。戦えん」
キースさん、子どもや動物は好きだったはず。嫌がってるんじゃないと信じて、もう一度ぎゅうっと縋り付いた。
「褒めてもらって、嬉しい……。ねえ、師匠!」
ねえ、こっち向いて! 師匠呼びに反応したキースさんが、そろりとこちらへ向き直った。
「誰が、師匠――」
「ありがとう!」
お礼は、ちゃんと目を見て言うんだよ。視線が絡んだ瞬間を逃さず、オレは満面の笑みを浮かべて言った。
う、ともぐ、ともつかない声を漏らしたキースさんは、そうっとオレを下ろしたかと思うと唐突に一人で走って行ってしまった。
「えっ? 待ってキースさん! 速っ……?!」
瞬時に見えなくなってしまった彼を追って、オレたちは慌てて走り出したのだった。
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