第470話 アツベリー
「考えてることって?」
4人は顔を見合わせ頷き合うと、にんまりと笑った。
「こっち来いよ、見せてやる! お前らチビだけど冒険者で強いんだろ? 仲間になろうぜ!」
「院長先生にはまだ内緒な! 上手くいってから見せるんだ!」
ぐいぐいと手を引かれてやって来たのは、孤児院の中庭だった。ただ中庭とは言うものの、少しでも生活の足しになるよう、ほとんどが畑になっている。
「ほら、これだ!」
得意気に示されたのは、オレの胸くらいの高さの低木だ。どうやらこの辺りは各自が自由に植物を植えられるスペースらしく、不規則に紐やら石やらで囲いが作られていた。
「これが何なんだよ?」
首を捻ったタクトに、少年たちがあからさまに不服そうな顔をした。
「知らねえの? アツベリーの木だぞ! ちゃんと根付かせたんだぜ!」
アツベリー? この子たちが植える木だから、きっと食べられるベリーの実が成るんだろう。
「へえ~、これがアツベリーなんだ。これを育てて売るの~?」
「えっ? 売っちゃうの? 実がなるんじゃないの?」
「実はなるんだけどね~、どっちかと言うと木質部が売れるんだよ~」
アツベリーの実は食用になるし割と美味しいらしいけど、香木としての需要の方が高いらしく、森で冒険者が見つけるともれなく根元から刈り取ってしまうそう。
「俺らがたまたま残ってたアツベリーを見つけたんだ! この木は森で育つから、人の手で育てるのは難しいんだぞ! 俺ら毎日虫取って一生懸命世話したんだからな!」
「へ~すげえ! じゃあもっと大きく育ててから売るのか?」
「違うっつうの、言ったろ? チビどものためにって! これは大事に残して実を売るんだ」
胸を張る少年に、オレは素直に感心した。子どもでなくても、日々の生活で精一杯の冒険者なんかは割と短絡的な行動をとりやすい。それなのに今すぐ手に入るものより、未来に得るもののことを考えられるなんて。
「でも、アツベリーの実だけじゃ大した額にならねえんだろ?」
タクトの台詞に、少年が笑った。どこか大人びた苦い微笑みに、つい視線を奪われる。
「そりゃあ、な。お前らにとってはそうだろうよ」
オレはハッと唇を引き結んだ。育てるのが難しい植物、それも大した額にならない実のために毎日手をかけるなら、薬草でも採ってきた方が早いんじゃないかなって思った。一般の人もそうだからこそ、アツベリーは外で採ってくるものなんだろう。だけど、オレたちにとってほんの些細な金額を得るにも、難しい人たちがいる。
「だけどよう、俺達はこいつを育てることに成功したんだ。もし、このアツベリーを増やせたらさ、薬草くらいの稼ぎにはなるんじゃねえかなって」
少年はオレの頭を撫で、にっと笑った。
「チビどもにもできる仕事だろ? それも安全に。もし金にならなくても俺らの腹の足しにはなるしな!」
いい考えだろ、なんて笑う少年の顔には、どこにも蔭りなんてなかった。
「考えは分かったけど、どうして森に行くの~? 他のアツベリーを取りに行きたいってことなら、ちょっと無謀じゃない~?」
ラキの視線に、少年たちは分かってるよと肩をすくめた。
「森へ行って……他のアツベリーを見たいんだ」
「「「見たい??」」」
思わぬ台詞に、オレたちはきょとんと目を瞬いた。
「このアツベリーはな、卒業生に森へ連れて行ってもらった時に見つけたんだ。もしかしたらその場所にまた生えているかもしれないだろ?」
そうやってたまに冒険者になった先輩が引率してくれることがあるらしい。刈り尽くされて小さな切り株だけになったアツベリーの群生地で、岩の隙間にひっそりと残っていた細い木が、このアツベリーだそう。
「それを持って帰るってことか? なんで『見たい』んだ?」
「そりゃあな、持って帰れるモンは持って帰るぜ。だけど、それよりまず見て調べたいんだよ。見ろよこの木、変だろ?」
そう言われてまじまじとアツベリーを眺めたけれど、特に病気にかかってるようでもないし、つやつやと元気そうだ。
「ないだろ? 全然なってねえんだよ、実がさ……」
4人はしょんぼりと肩を落とした。
「木は元気なんだ。何がいけねえんだ。この木、去年取ってきた時は実がいっぱいなってたんだ。今年も花はいっぱい咲いたし、実がなってる時期のはずなんだ」
俯いた少年が、ぐっと拳を握った。
「そっか……だから、他の木の状態を見に行きたいんだね」
「ああ。次はいつ森に連れてってもらえるか分からねえし、もしこれがマズイ状態なんだったら早くなんとかしねえと無駄に枯らしちまう」
こくりと頷いた4人の真摯な瞳が突き刺さる。枯れてからでは香木としての価値も著しく下がるらしい。だからって4人だけで森へ行くなんて無謀すぎる。
「僕たちが一緒に行かないって言ったらどうするの~?」
試すようなラキの言葉に、4人は目をしばたたかせた。
「どうって、そりゃ俺らは行くけど。元々その予定だしよ」
「昨日、あのままだったら死んでたのに~?」
ラキは、『かもしれない』と言わなかった。
「おう、ホント助かった! おかげで誰も死ななかったぜ」
何の気負いもなく頷く少年たちに、危機感はないように思える。これは、今後も危ないんじゃないだろうか。
そう思った時、少年の1人がああ、と膝を打った。
「違うぜ、全然違う。お前ら、無謀だって言いてえんだろ? 危ねえってな」
「なんだよ、分かってんのかよ」
拍子抜けしたタクトが息を吐いた。
「ああ、俺は分かったけど、お前らは分かってねえだろ? あのな、お前らがそう思うのは町が安全だと思うからだろ?」
少年は続けた。その顔はやっぱり大人びた苦笑が浮かんでいたけれど、濁らない瞳は真っ直ぐオレたちを見つめていた。
「俺達にとっちゃな、町は安全じゃねえんだよ。町へ行って帰って来なくなるヤツの数、怪我して帰ってくるヤツの数、知らねえだろ。森に比べたらマシってなもんだ。だからって町も外も安全じゃねえなら、ここにずっと居るか? 飢えて死ぬけどな」
幼子に言って聞かせるように、穏やかな口調で淡々と紡がれる言葉は、オレから『だけど』と言う言葉を失わせた。
「知ってんだよ。いつも感じてんだよ、命の危機ってやつをさ」
だから、いいんだよ、と少年は笑った。何が、なんて聞けなかった。
オレは知らなかった。危ないことをしなくても、危険が側にある子どもたちを。黙ってじっと安全な所にいるだけで、死の危機が迫ることを。
「分かったなら、行こうぜ! どうしても嫌っつうなら仕方ねえけどよ……」
お前らを無理矢理連れて行けるほど俺は強くねえから、なんて頭をかく少年は、やっぱり蔭りなく笑っていた。
ぐっと胸が塞いで目を伏せたオレの瞳に、あのアツベリーが写った。
彼らは、置かれた場所で咲いているんだろうか。このアツベリーみたいに。運命に抗うことなく素直に枝を伸ばすのは、いいことなんだろうか。
「一緒に、行くよ」
オレたちに言えるのは、それだけだった。
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