第465話 脱出方法
「――もっと長くかかると思ったのにね」
「これくらいでいいぜ! ずっと暗いとつまんねえし!」
ゆっくりと目を慣らしながら外へ出て、オレたちはうーんと伸びをした。早くても1週間はかかると思っていたけれど、これなら食糧の心配をするまでもなかった。
ただ、早まったせいで、若干1名は残りたいって駄々をこねていたけれど。
「ああ~僕の楽しい時間が~。せめてあと1日~!」
タクトに引きずられるように連れ出されたラキは、未練がましく作業の続く坑道を見つめた。
お魚さんを救助した後、くたくたになって戻ったオレたちは、すぐさまテントに転がり込んだ。
オレ、明日は一日寝ていよう。
そう心に決めて目を閉じたところで、遠慮がちな声がかかった。
――ユータ、アリスから連絡があったの。渡した物を出しておいてって言ってるの。
渡した物……? ああ、アリスからの連絡ってことはカロルス様たちの伝言だろう。ぼんやりする頭を振ると、おととい渡された物をぽいと取りだした。ひとまず設置は明日考えるとして、出しさえすればいいだろう。
「――ちょっと、君、いいかげん起きたらどうかね?! 私、こんな暗いの嫌なんだが! 目つむってもいいかね? ほら、君も嫌だろう、目閉じたおっさんが枕元に居たら!」
何度も体を揺すぶられて眉根を寄せた。まだお昼ご飯にはならないはず……。
誰? 聞き覚えはあるけれど、ここで聞くはずのない声だ。何やらこまごまと一生懸命小声で訴えている。ラキとタクトは採掘に行くと言っていたはずだし……。
「――ちょっとちょっと、私そろそろ本格的に怖くなってきてると思うんだが?! もう起きたらどうかね?! 添い寝するよ、添い寝!!」
もう、勝手にどうぞ。そうは思ったものの、ゆさゆさされながら忙しなく訴えられては寝苦しい。
「………おはよう……バルケリオス様、どうしてそんな小声なの?」
「他に何か言うことはなかったのかね?! ここは差し伸べられた救いの手に、瞳を輝かせて感涙するところじゃなかったかね?!」
救いの手が必要そうなのはむしろバルケリオス様みたいだけど。オレの服を握りしめて小さくなっている様は、まるでオバケが出た時のオレみたいだ。
「救い? あれ……? そう言えばどうしてここにいるの? 助けに来てくれたの?」
まぶたをごしごしこすると、あふ、とあくびを零しつつライトを2つ浮かべた。寝起きの瞳には眩しいほどの明かりは、くっきりとテントの中を照らし、バルケリオス様は途端に背筋を伸ばした。
「そうとも、感謝するがいい。特別に私が来てやったのだから。ちなみに小声で話すのは魔物が来ると嫌だからだ!」
そんなことは胸を張って言わなくていいと思うよ。オレは目をしょぼしょぼさせると、テント内の一画に目を留めた。そう言えば昨日、預かった転移の魔法陣を出しておいたんだった。ごちゃごちゃとした荷物置き場に転移してきたバルケリオス様は、さぞ困惑したことだろう。
「えっと、だけどバルケリオス様が来てどうするの?」
言っちゃなんだけどバルケリオス様は、本当にシールドを張るしかできない人だ。Sランクだけど。素朴な疑問と共に首を傾げると、バルケリオス様が枕に突っ伏してしまった。
「じょ、『城壁』自らが来て下さったのですか! な、なんでまた……?!」
「光栄に思うがいいよ。単に手段がそこにあったからだね。……あとメイメイちゃんが行けと言うし」
後半の小さな声は、隣にいるオレには聞こえた。
避難所内は、突如現れたバルケリオス様に大騒ぎだ。それもそのはず、彼曰く今日中にもここを出られるとか。
「ひとまず、今日中に出るには移動の必要がある。中央坑道は概ね直線だろう? 崩れた部分まで行こうか」
言われるがままに全員で移動すると、バルケリオス様が土砂の前に立った。
「では、後ろに下がっていたまえ。あ、君は前に」
何するんだろう? オレは前らしいので駆け寄ると、何かを察したラキがバルケリオス様の真後ろに移動した。
「ここで何するの?」
「私は守るべく生まれついた男だからね、皆を守る以外ないだろう? ……ただメイメイちゃん割とぶっ放すから、念のため君のボール君も一緒にやろう。いいね?」
ぶっ放す……? 首を捻ったものの、シールドを張ったらしいバルケリオス様に倣って、オレもシールドを展開する。
「め、メイメイちゃん……準備はできた――多分。こっちにはたくさん人がいるからね、ちゃんと加減をしなさいね?」
ごくりと喉を鳴らしたバルケリオス様が呟いた。通話の魔道具だろうか、どこからか微かにメイメイ様の声が聞こえた。
「了解致しました! 大丈夫ですよ、そちらにはバルケリオス様がいらっしゃるのですから! いきますよ!」
バルケリオス様が何か言いかけて、ひいっと息を呑んだ。
不吉な振動と、まるで重機のような音が響いたと思った時、既に目の前は圧倒的な力の奔流が荒れ狂っていた。猛烈な破壊音に鼓膜がびりびりとする。
渦巻く破壊の力をことごとく押さえ込み、『城壁』は、頼もしくも必死の形相でシールドを支えていた。
……この光景、先日も見た気がする。
一応、オレもシールドを張ってはいるものの、役目は回ってこないだろう。さすがのバルケリオス様だ。そして相変わらずのメイメイ様だ。
「だから……加減をって……」
メイメイ様の特大の技からオレたちと坑道を守り切って、バルケリオス様は崩れ落ちた。
「さすがはバルケリオス様です! お見事でした! この活躍を目にすれば、タダ飯食らいの役立たずの木偶の坊、なんて言われることはなくなりますよ!」
「メイメイちゃん、私そこまで言われたことないと思うんだけど……」
嬉々としたメイメイ様の声と、弱々しいバルケリオス様の声を尻目に、背後から大きな歓声が上がった。
「す、すげー! バルケリオス様ありがとうございます!」
――オレたちの目の前には、出口まで貫く道が出来ていた。
「ユータちゃん! 大丈夫だった? 心配したのよ~!」
「ユータ様ぁ! ご無事でしたか?!」
どうやら迎えに来てくれたらしい。
ラキを引きずって坑道を離れようとした所で、ロクサレン家の面々に抱きしめられた。
だけど、心配するようなことあったかな? ちゃんと館に帰っていたのにね。ふんわりと柔らかな香りをいっぱいに吸い込んで、くすくす笑った。オレの中は、土やすえた匂いと全く違う、とびきり甘く優しい香りで満たされていく。
「ただいま。大丈夫だったよ」
色んなことはあった。
何もなかったよ、とは言えないけれど、だけど大丈夫だったよ。
「それでいいぞ。大丈夫だったんなら、それでいい」
伸びてきた大きな手が、わしわしと頭を揺らした。両手を差し伸べると、望んだままにふわりと体が浮かぶ。
「うん、ありがとう」
ぎゅっと首筋に頬を寄せると、カロルス様は苦笑した。
「なんでお前が礼を言うかな……お前の方が大人みてえじゃねえか」
そんなことないよ、カロルス様はこんなに大きいから。
だけど、それならこうしてあげよう。
オレは短い手をいっぱいに伸ばすと、金色の頭をわしゃわしゃと撫でた。小さな手ではわしわしと出来なかったけれど、カロルス様は大きく唇を引いて笑った。
静かな森の中、カサ、カサと小さな足音が響いた。つられるように、大きな黒い耳がピピッと動き、尻尾がゆらりと揺れた。
でも、動いたのは耳と尻尾だけ。
許されている、なんて思うと、ささやかな優越感に頬が上気した。
巨大な獣に静かに歩み寄ると、逃げない体にそっと手を触れた。ふわ、と触れる極上の被毛に小さな指が埋もれる。
何も言わないオレに、金の瞳が少し訝しげにちらりとこちらを向いた。
「……勝手に触るんじゃねー」
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